第9話トラックに姉の顔がデカデカと載ってたら、そりゃビビるわ

 ちょうどそのころ、ジョウジのスマホにメッセージが入った。通知画面に「ナツキです」と題名だけが表示されている。


 ジョウジは、すぐにそれが数年来連絡を取っていない姉からだと推測したが、思えば大阪に越して来た後、ジョウジは電話番号を変更していた。故に姉が今の番号を知っているはずが無かった。


 とすると、迷惑メールか。ナツキなんて名前の女はどこにでもいる。迷惑メールを開けば、開封通知を発信元に送ることになりかねない。


 ジョウジはそのメッセージを開くかどうか迷った。本当に姉かもしれない。電話番号は祖父か祖母が教えた可能性だってある。


 ジョウジは妙に身構えてしまった。結局、夜に帰宅してから――このころのジョウジは一人暮らしを始めていた――恐る恐るメッセージを開いた。


 すると、恐ろしいまでの長文がジョウジの目に飛び込んできた。


「これ、ジョウジの番号であってる? ってか、違ってたらマジごめんなさいって感じだけど、でもいいや、話進めるわwww めっちゃ久しぶり☆ 元気? お姉はねー、今ヘラっててマジ死のうかなって思ってるんだけどwww でもその前にジョウジに伝えなきゃならないことがあるから、それ伝えてから死ぬわ笑 でもね、その前に聞いて? なんでお姉がこんなにヘラってるかわかる? それはね、今日お店に行ったら、最近入ったばっかりの娘がいたんだけど、そうしたらね、お客さんが、『ミサちゃん(最近入った娘の名前)は若くって肌がつやつやしてるなあ チラッ』みたいなこと言って、お姉に意味ありげな目線を送ってくんの!! はぁ~? と思って。ありえんくない? お姉の肌だって、プルップルなんですけどぉ? って思って。だからね、お姉はそのお客さんの股間をガッとつかんで……」


 ジョウジはここまで読んで一度メッセージを閉じた。


 姉に違いなかった。


 この一方的な感じ。そして、なかなか本論に入らないところ。


 ジョウジが記憶する姉そのものだった。


 何か伝えたいことがあるようだが、その前のどうでもいい話が長すぎた。なぜ生き別れた弟に対する一発目のメッセージがこのような蛇足まみれになってしまうのか。


 全く連絡を取っていなかったものの、ジョウジは姉の近況をある程度把握していた。それは、ナツキが業界の有名人になっていたからだ。


 ある日、ジョウジが近所の交差点で信号待ちをしていたところ、妙にクセのあるアップテンポな曲を大音量で流す宣伝トラックが横に停まった。


 あまりの大音量に辟易しながら何の気なしにトラックを見ると、ギラギラとしたド派手な荷台部分に、見覚えのある女が決め顔で掲載されている。我が姉、ナツキであった。


 ジョウジは、ナツキが、大阪にも系列を持つ大手キャバクラの人気キャストになっていたことを、その後の調べで知る。


 ナツキが高校卒業後に北千住のキャバクラに就職していることは知っていたが、まさかそこまで成り上がっているとは知らなかった。ジョウジは姉の活躍を内心誇らしく思ったが、陽の当たらない道を歩んでいる自分には関係のないことだと考えていた。


 そんな姉からの連絡。


 ジョウジはもう一度メッセージを開き、長ったらしい途中部分を飛ばし、最後の一、二行を読んだ。


「今度、お母ちゃんのお墓参りに行こうよ。アオイとツバサも来るからさ」


 久しぶりに、自分の眉間が緩むのを感じた。


 偽物の家族に辟易していたジョウジは、久しぶりに自分の故郷、柴又へ帰る決心をする。

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