第8話メタバース上で風俗を経営するのは名案と思ったんだけどなあ

 ジョウジは、昨年の十一月二十六日、久しぶりに姉、妹と再会した。この日はキアの命日だった。


 キョウダイたちと離ればなれになって、実に七年の歳月が経過していた。


 この七年間、ジョウジが姉、妹と親密であったかというと決してそうではない。ジョウジは、キアが他界する三、四年前から家を空ける時間が増えていた。コロコロと男を変える母親に強い反発心を抱いていたからだ。その間、ジョウジは同世代の不良たちと行動を共にするようになっていた。


 そして、キアが他界して、大阪に移り住んだ後はさらにその傾向が顕著になる。


 大阪移住後は、祖父、祖母のいる家が正式な居住地になったが、祖父、祖母はジョウジのことをあまり良く思わなかった。


 祖父、祖母からすればキアは家出した後に連絡もよこさなかった娘であり、その子供であるジョウジは目つきと態度が悪く、とても出来の良い孫には見えなかったからだ。


 このギクシャクした関係の中、ここでもジョウジは家を空けることが多くなる。


 昼はロクに学校にもいかず、繁華街やその路地裏で悪い大人たちの手伝いをして日銭を稼ぎ、夜は不良グループの拠点であるボロアパートで夜を明かす。


 繁華街からほど近いその木造アパートには同じグループのメンバーが入り浸っており、ジョウジは彼らと激安スーパーで買ってきたマズい弁当を分け合って食べ、夜は台所の片隅で同じ毛布にくるまって寝た。


 はたから見れば悲惨な生活だが、当時のジョウジにとって、このボロアパートこそが安住の地だったのである。


 このアパートに出入りするのは、みなそれぞれの理由で行く場所の無い少年少女たちだった。彼らは一緒に過ごすうちに、みな似た境遇であることを知り、傷を舐めあって家族のようになっていった。


 母親に反発心を抱き、母親だけでなく姉、妹とも距離を置いていたジョウジだったが、故郷から遠く離れた場所で、無意識に家族を求めていた。


 このジョウジの渇望を、ボロアパートで一緒に暮らす擬似家族が満たしてくれたのである。


 元々、腕っぷしと度胸には自信があったジョウジは、このグループの中でもすぐに一目置かれるようになり、グループのナンバーツーと兄弟分の契りを交わすまでになった。


 一定の地位を持つようになったジョウジは精神的に満たされた毎日を送り、気が付けば数年が経過していた。


 しかし、この幸福を粉々に打ち砕く出来事がジョウジを襲う。


 そのきっかけとなったのは、大阪のスタートアップ企業が、あるVRサービスをローンチしたことだ。


 そのサービスがMVCこと「MetaverseChat」である。


 発表当初、MVCは世に出回っているソーシャルVRサービスの一つにすぎなかった。


 しかし、MVCが新しいバージョンのSDK(ユーザ向けの開発ツールのこと)をリリースすると、アバター改変の自由度・精度が大幅に向上した。この改善は、密かな変身願望を胸に秘めていた弱者男性の心に激しく遡及し、爆発的なブームを引き起こしたのである。


 一年後には、VRという枠組みから飛び出して、メタバースプラットフォームとしても世界最大級のものになった。


 MVCを提供しているスタートアップ企業「株式会社MetaverseChat」の本社がジョウジの住む淀川区にあり、MVCの人気が加速するにつれ、本社の回りに関連サービスを提供するスタートアップ企業が雨後の筍のように乱立した。


 元々ITには縁もゆかりもなかったジョウジは、自分の地元で起きているITバブルに無関心であったが、その手の話に詳しい友人――不良ではない数少ない友人――からMVCの素晴らしさを聞き、初めてその存在を意識する。


 その後、ジョウジはその友人とMVCの可能性について語り合い、最終的にMVC上でバーチャル風俗業を経営することを思いつく。


 ジョウジは猛勉強した。


 MVCの利用方法や開発環境の構築手順を調べ、SDKを使ったプログラミング――MVCではC#をベースにした「RaMeN」という言語を使う――まで勉強した。


 やがて簡単なプロトタイプを作成し、ジョウジは自分の兄弟分である組織のナンバーツーに構想を打ち明けた。自分の構想を組織のシノギとするためにはボスの承認を得なければならず、そのためにはナンバーツーの口添えが必要だったからだ。


 兄弟分はジョウジの構想を聞いて素直に驚き、ボスへの口添えと、ビジネス化した際の協力を約束してくれた。


 しかし、しばらくしてジョウジは信じがたい現実を知ることになる。


 ジョウジが構想したそのビジネスは、いつの間にか兄弟分が発案したことになっていたのだ。


 つまり兄弟分は、新しいシノギによってジョウジがグループ内での発言力を高め、自身の地位が脅かされることを恐れていたのである。


 ジョウジは、本当の家族だと思っていた兄弟分に裏切られたことに深く傷ついた。そして本当の家族とは、キョウダイとは何なのかを自問自答し続けた結果、所詮不良グループ内の家族、兄弟分は、本当に血が繋がっているわけではなく、利害関係の上に成り立っている、吹けば飛ぶような脆い関係ということに気が付いたのだ。


 ジョウジは、自分の求める家族がここにはないことを理解した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年9月20日 23:02
2024年9月27日 23:02
2024年10月4日 23:02

オレたちキョウダイはVR上でしか会えない 常夏 @tokonatsu20231015

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画