第7話四人目こさえたときは、ほんと、出てこうかと思ったわ

 ここで、この四人がなぜこのような回りくどい方法でキョウダイ愛を温め合っているのか、その理由を説明したい。が、その前に、まず四人の母親と父親について話す必要がある。


 ジョウジ達の母親は湯島キアという。七年前に他界している。


 父親は、なんとキョウダイ全員違う。つまり、キアは四人の男と結ばれ、それぞれ一人ずつ子をもうけたということだ。


 キアは結婚する前、両親と大阪・淀川区に住んでいたが、二十一歳の頃にたまたま東京から帰省していた幼馴染と再会し、その後駆け落ちして上京。東京で入籍し、葛飾区は柴又で一緒に暮らし始めた。このとき一緒に駆け落ちした幼馴染が、ナツキの父親である。


 一人目の夫は柴又でテキ屋稼業を営むいわゆるアウトローで、経済的に安定しておらず、やむなくキアは家計のためにスナックを始めることとなった。


 キアはとてもにぎやかな性格をしており、同時に人との距離が近い女性だった。この手のタイプは、一緒に生活すると騒がしくて仕方がないが、人の暖かみを求めて来店する寂しいミドルエイジには喜ばれた。つまり、キアにとってスナックのママは天職だったのである。


 スナックを開業させてからぽつ、ぽつと常連が増え始め、一年後には店の経営が軌道に乗り、家計を安定させることに成功した。


 キアが持つ人間的な暖かさは、スナックの常連客だけでなく、この後生まれる四人の子供にもたっぷりと注がれた。その点、キアは非常に良い母親でもあったと言えるだろう。


 しかし、キアには二つの大きな欠点があった。


 一つ目の欠点は、男を見る目の無さだ。


 ナツキが二歳のころ、一人目の夫が詐欺罪で逮捕される。彼には前科があり、それらも考慮されて懲役四年を言い渡された。


 もともと、夫の無頼漢ぶり、破滅的かつ退廃的な生活スタイルに嫌気が差していたキアはこれを機に離婚したが、すぐに別の男と結婚した。これがキアの二つ目の欠点である。


 キアは大の男好きだったのである。


 キアの体内には大量の愛情が埋蔵されていて、その愛情は子供達に十分に注いでもまだ消費しきれず、結果、自分の色恋のガソリンとなってしまうのだった。


 二度目の結婚は一人目の夫と離婚した翌年で、相手は元夫の弟分だった。そしてその翌年にジョウジを出産する。


 二人目の夫は優しい性格で、実子であるジョウジだけでなく、兄貴分の子供であるナツキのこともよく愛した。


 しかし、ある日のこと。ジョウジの育児で忙しいキアにかわって、彼はナツキを幼稚園に迎えに行った。その帰り道、手をつないで上機嫌に歩いていたナツキがふいに昭和歌謡「女のみち」を口ずさんだ。


 彼は衝撃を受けた。その曲は前夫、つまり自分の兄貴分の十八番だったからである。慌ててその歌をどこで覚えたのかを問いただすと、ナツキは無邪気に答えた。


「お母ちゃんがよく歌ってるよ」


 彼は苦しんだ。一つは、家庭を持つ幸せと忙しさですっかり忘れていた兄貴分に対する不義理、罪悪感に。もう一つは、愛する女房が未だに前夫を忘れていないということに。


 優しすぎる性格も考えもので、彼はその苦悩と罪悪感に打ち勝つことができず、ついには失踪してしまう。ジョウジがやっと一歳になったころの話である。


 キアは夫の帰宅を待ったが、夫が自宅の敷居をまたぐことは二度となかった。


 失踪から数年後、やむなくキアは家庭裁判所に離婚訴訟を提起し、正式に離婚。再びシングルマザーとなった。


 そして、その年、早々に三回目の結婚を経験する。


 三人目の男は、常連客が連れてきたアートサロンの経営者である。


 その男は当時四十代前半で、髪は白髪交じりのソバージュヘア、くっきりとした眉とメッセージ性の強い鋭い眼光が印象的な、見るからに芸術家肌の男だった。


 最初、「口がきけないのでは?」とキアが疑うほど男は無口だったが、酒が進むと速射砲のように自身のことをキアへ話し始めた。


 聞けば、話す内容の大半は「自分のコレクションの一部をどこそこ美術館に寄贈した」とか「有名な建築家のだれそれと自分は知り合い」という、真偽のほどが定かでない話ばかりである。キアは非常にとまどった。


 キアは常々、接客業をする上で重要なのは、客が好きなジャンルの知識を持つことだと考えており、主要な経済新聞やスポーツ新聞には毎日目を通し、中年男性が好きそうな野球、ゴルフ、歴史、株、政治ニュースなどの知識は一通り持っているつもりだった。


 しかし、この男が話すアート関係については全くの守備範囲外である。「へえ、そうなんやねえ」と相槌を打つのが精いっぱいだった。


 キアはこの男の相手をして心底疲労を覚えたが、不思議と悪い印象は持たなかった。この男が、アウトローな二人の前夫とは全く正反対で、新鮮だったからかもしれない。


 かくして、複数回の逢瀬を繰り返した後にこの男と籍を入れ、翌年に女の子を授かった。それがアオイである。


 しかし、この男とも長くはなかった。アオイが二歳の頃、この男が覚せい剤所持で逮捕されたからだ。


 この男は過去にも覚醒剤所持で逮捕歴があり、当局からマークされていたのである。


 逮捕された日、男は上野駅不忍口のパチンコ店で中東の売人から覚醒剤を購入。不倫相手だったババクラ嬢とその周辺のビジネスホテルに入り、二人で朦朧としているところを逮捕された。


 この一件で、キアは三回目の離婚を経験する。


 さすがに懲りたのか、以降、再婚することはなかったが、前述の通りキアは恋多き女である。


 最後のロマンスは、帝釈天の講堂へ講演に来ていた、都市環境工学を専攻している五十代の大学教授だった。


 講演後に地元の常連客に連れられてやってきたこの教授は、笑うとへの字型に目尻が下がるところが最初の結婚相手に似ていて、かつ少し低めの声色もそっくりだった。


 そのくせ、ステータスはまったくの正反対で、最初の男がアウトローならこの教授はインコースの高め、つまり、高学歴、高収入、そして高い社会的地位を持っていた。


 それにしても、妊娠した理由がわからない。


 さすがに三回の離婚で懲りており、もうこれ以上子供を作るつもりはなかったので、しっかりと避妊はしたはずだった。


 さしずめ男が持っていたコンドームがもらいもので、この社会的地位の高い男を陥れるために穴でもあけられていたのではないか、とキアは考えたがもう後の祭りだった。


 そうして生まれたのがツバサである。


 このころになるとナツキ、ジョウジはもう難しい年ごろになっており、ナツキは特有のおおらかな性格で母の失敗を許したが、ジョウジはそれを認めることができず、彼がグレる原因となった。


 そして、数々のロマンスの花を咲かせたキアも、ジョウジが十五歳のころ、この世を去ってしまう。


 キアの遺体が発見されたのは自身が経営するスナックの台所だった。


 ジョウジは詳しい死因を知らない。当時の大人たちに尋ねても、どこか煮え切らない返事ばかりだったことを覚えている。


 キアが他界した後、ジョウジたちキョウダイは激動の時代を迎える。


 ジョウジは祖父、祖母に引き取られて大阪は淀川区へ、アオイは叔父のいる愛知県の岡崎市へ、ツバサは叔母と一緒に山形県寒河江市へ。既に北千住のキャバクラで働き始めていたナツキだけが東京に残った。


 かくしてキョウダイたちはバラバラになり、しばらく会うことはなかった。


 こうして、母親は同じながら父親も現住所も違う、血はつながっているがいい意味で距離が近すぎない、家族のような懐かしい幼馴染のような、不思議なキョウダイ関係が出来上がったわけである。

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