第12話はい、お兄の大好きな『お砂糖』ッスよ

 さて、ババアと呼ばれたナツキは「ふん」と鼻を鳴らして立ち上がった。


「言っときますけど、お姉はババア呼ばわりされても全く動揺しません。なんでですか? はい、ピッ、ピッ、ピッ、ポーン。それは、『くっそー、オレの姉貴、若くてかわいいなあ。でも、それは照れくさくって認められないから、ババアイジりでもしてごまかそーっと』っていうアンタたちの心の声が良く聞こえるからです。はい、大人しくお姉のことを若者扱いしてください。わかりましたか? ねー、アオイ?」


「え? あ、ああ、そうッスね」


 大飯食らいであるアオイは、ナツキたちの茶番に全く興味を示さず、餃子を自分の腹に放り込むことに夢中のようだった。


「何アンタその微妙な反応。もういいよ、お姉、怒ったよ。せっかくいいの買ったのに、お姉一人で使っちゃおーっと」


 ナツキはキッチンに移動し、何かを取り出してテーブルの上に並べた。


「あ、どうしたんスか、これ」


「へへー、すごいでしょ。調味料セットだよ。BOOTH(誰かが作った電子創作物を購入できるWebサイト)で買ったの」


 ナツキがテーブルに並べたのは、塩、しょうゆ、コショウ、お酢、マヨネーズ、ケチャップなどの卓上調味料のアセット(ここでは3Dモデルの意味)だった。


「また無駄な買い物を……。これ、お姉が自分でワールドにインポートしたんスか?」


「ううん、ジョウジにやってもらった。だはははは。ねー、ジョウジ。ヤンキーなのにパソコンに詳しくってエライねえ」


 ナツキがババアイジリされるように、ジョウジはヤンキーとしてイジられていた。


 アオイはバーチャル調味料をしげしげと眺めた後、そのうちの一つを取り、ジョウジの目の前に置いた。


「はい、お兄の大好きな『お砂糖』ッスよ」


「ええー、ジョー兄ちゃん、餃子さ砂糖かげで食うの? ぜーったい、んまぐねぁ(おいしくないよ)」


「心配すんな。誰が砂糖なんざかけるか」


「なーんだ、お砂糖使わないんスか。大阪人なのに、ノリ悪いッスねえ……。じゃ、ジブンはこの調味料使うッス」


 アオイはお酢をバーチャル取り皿になみなみと注ぎ、そのお酢の上にコショウをたっぷりと振りかけた。


「じゃ、いただきまー……」


「ちょ、ちょ、ちょっとまて」


 ジョウジは思わず椅子を飛び降りて、砂糖袋の体を引きずって、アオイの足元へ駆け寄った。悲しいかな、砂糖袋のジョウジは圧倒的にタッパが足りず、座っているアオイを見上げる形になった。


「え? なんッスか?」


「オマエ、なんだその食べ方」


「あ、お酢とコショウのことッスか? ほら、餃子って油をいっぱい使うから、ちょっと口の中がギトギトするじゃないッスか。この食べ方だとさっぱり食べれるんスよ。お兄もやってみるといいッスよ。餃子を食べるとき、コショウとお酢はマストバイッス」


 アオイは、人差し指と親指で銃を作ってジョウジに向け、それから舌をコッ! と鳴らした。


「いやいやいや、何がマストバイだ。そんなクシャミが出そうな食い方、誰がするかよ」


 ジョウジは呆れ笑い交じりに、首を振った。(と言っても、バーチャルの世界では砂糖袋なのでなんの所作も相手に伝わっていないのだが)


 すると、アオイはむっとした声色で、ジョウジに詰め寄った。


「じゃあ、お兄はどうやって食べるんスか? ぜひ教えてほしいッス」


「そりゃオマエ、決まってるだろう。こうやってな……」


 ジョウジはまず醤油を注ぎ、お酢を同量入れて、最後にラー油を数滴たらした。その後、餃子をちょんちょんと浸してから口に運び、


「うん、うめえ! やっぱこれが正しい食べ方だな!」


「はあー、オジサンの食べ方ッスね」


 アオイはせせら笑った。


「なに? これのどこがオジサンの食い方なんだよ」


 今度はジョウジが色をなす番だった。


「どっから見てもそうッスよ。いにしえの餃子の食べ方じゃないッスか! 昭和の食べ方ッス! お兄、いいッスか? 時代は常に変化してるんスよ。ジブンがさっき見せた食べ方が令和の餃子の食べ方なんス。時代の変化に対応できずして、この激動の現代社会を生きていけるんスか?」


「餃子の食い方に令和も昭和も……」


「んー、すこだまんまぇ!(すっごくおいしい!)」


 ジョウジの反論に、ツバサの弾むような声がかぶさった。


 ツバサは左右の足をブラブラと前後させながら、バーチャル餃子を黒い液体につけながら食べていた。


 ――よかった。ツバサは醤油で食べている。


 ジョウジは心底ほっとした。


「おお、ツバサ、醤油で食ってんのか。でもな、お酢とラー油を入れるともっとうめえぞ。あっそうか。ラー油はまだ子供には辛いか。だったら、お酢だけでも……」


 そこまで言いかけて、ジョウジは我が目を疑った。

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