第5話お砂糖おねだりするなんて、マジありえないんだけど

「ちょっと待て!」


 三姉妹はぴたりと動きを止め、ジョウジを振り返った。


「なに、どしたの。だめだよ、もう一回パンツを見たいって言っても。お姉のパンツはそんなに安くないの。次からはちゃんとお金を払ってね。はい、百円」


 ナツキは手のひらを上に向けて右手を差し出したが、ジョウジはそれを無視した。


「あんな汚えもんは二度と見せんなよ。……んなことはどうでもいい。言いたいことはそれじゃねえ。やれ乳がデカくなっただの、やれ制服を着てみただの、みなさんファッションをお楽しみのようだけどよ」


 ジョウジはダイニングテーブルの奥にある壁に向かって歩いていった。


 その壁には、大きな黒いプレートが埋め込まれており、その左上に「04人」と表示されている。


 ジョウジは、プレートの脇に取り付けられた「Mirror」と表記されたボタンを押した。


 すると、プレートが巨大な鏡になり、前に立っているジョウジ、その後ろにいるナツキ、アオイ、ツバサを映し出した。


 ナツキの頭上には「natsukizm_1225」と表示されたプレートが浮かんでおり、アオイの上には「aoi_ch4n」、ツバサの上には「283ーツバサー」が表示されている。


 そして、三姉妹の他に映っているのは、白地の上に青字でデカデカと「おさとう」と表記された砂糖袋だった。袋の最上部には、「MVC印」とこれまた青い文字で記載されていた。


 この砂糖袋の頭上には、「George【JP】」と表示されている。「George」は日本語で発音すると、「ジョウジ」である。つまり、人どころか生き物ですらない、この砂糖袋がジョウジなのであった。


「オレが言いてぇのはよ。いいか? オレが使っているこのアバターはご覧の通り、砂糖袋だ。人じゃねえ。いや、生き物ですらねえ。そんなアバターしか使えないオレの前で、みんなキャッキャ、キャッキャ言いながら、ファッション談義かよ? もう少しオレに対する配慮があってもいいんじゃねえのか?」


「それは罰ゲームで負けたジョー兄ちゃんが悪いんだず」


 ツバサがばっさりと切って捨てた。


「そうよ、誰も望んでなかったのに、勝手に罰ゲーム設定して勝手に負けて。自業自得だから」


「それに罰ゲームは一ヶ月だけじゃないッスか。お兄、ガンバ」


 アオイは片目をパチっと閉じて、舌をペロっと出した。相手を煽るときにアオイがよく使うムカつくエモート(感情表現)であった。


 要は、こういう事情だ。


 ジョウジたちが滞在しているコテージは現実のものではなく、「MetaverseChat」と呼ばれるSNSの、バーチャルリアリティ(VR)空間だった。


 各自の頭上に浮かんでいる「George【JP】」や、「natsukizm_1225」といった表記は、各々のユーザ名である。


 とある事情から、現実世界ではバラバラに暮らしているジョウジたち四人キョウダイは、「MetaverseChat」――「MVC」と略される――にバーチャルな自宅を作成し、自分の分身となるアバターを操作して「バーチャル団らん」を楽しんでいるのだ。


 様々なアバターを身にまとって他のユーザと交流できるのが、MVCの魅力である。


 VRプラットフォームとしては世界最大の規模を誇るMVCでは、世界中のクリエイター、コミュニティがユーザーに対して様々なアバターを提供している。そのため、ユーザーは金を支払わずとも十分なクオリティのアバターを使用することができた。


 ジョウジたちも、「バーチャル団らん」を始めた当初は各々自由に好きなアバターを使っていたが、あるときナツキがオーダーメイドのアバターを作ることを提案した。


 すなわち、「プロのモデラーに頼んで、自分たちそっくりのアバターを作ってもらおう」ということである。その背景にあるのは、「できるだけ本当の団らんっぽくしたい」というキョウダイ最年長者・ナツキのこだわりである。


 アバターの制作費は四人分の合計金額で六十万を超えたが、それをナツキはこともなげにポンッ、と全額支払った。ジョウジはナツキがいかに六本木で荒稼ぎをしていたかを思い知らされた。


 かくして、四人それぞれ高額アバターを使用してバーチャル生活を楽しんでいたわけであるが、つい先週、キョウダイ全員で「人生ゲーム」を遊べるワールド(MVCにおける部屋のようなもの)に行った際、ついついハイボールを飲み過ぎて上機嫌になっていたジョウジは、「よし! 最下位だったやつは、自分専用アバター使用禁止な! 一ヶ月間、みんなが選んだ恥ずかしいアバターしか使っちゃいけないことにしようぜ!」などと勢いで提案し、自分が圧倒的に最下位になるという不名誉を被ってしまった。


 そして、現在に至る。


「まったく、折角本当のキョウダイっぽくするために高い金払ってアバター作ったのにさあ、なにやってんの、アンタ」


 ナツキはあきれた視線をジョウジに向けた。


「ほんと、もったいないッスよ……。でもびっくりしたッスよね。ジブンたちにこんなに似せてアバター作ってくれるとは思わなかったッスよ」


「それに、めちゃくちゃめんごい(かわいい)な」


「ねー! やっぱプロってすごいよね。高い金払っただけあったわ。あ、でもひょっとして、こんなかわいいのって、やっぱ素材がいいってことかなあ。やだー。どうしよう、こんな美少女三姉妹、悪い男に狙われちゃうかも。ねえ、ジョウジ。もし悪くてエッチな男たちが近づいてきたら、ちゃんと守ってね。あ、でもそんなお砂糖袋のアバターじゃ女の子は守れないか。ぶははははは!」


 ナツキの高笑いがジョウジの鼓膜に突き刺さり、ジョウジはますますイラついた。しかし自業自得であるため、あまり強くは言えない。しかたなく、「お前らがこのアバターを使えって言ったんだろうが」とつぶやくように反論するに留めた。


 しかし、ツバサはジョウジのそんな小さいボヤキすら見逃さない。


「違うよ。わだすたちは、他にも何種類かアバターを用意してたでねが。そん中から、ジョー兄ちゃんがルーレットば回して選ばれたのが、このお砂糖袋だったんだず」


「他のアバターも大概だっただろ。なんか食パンに手足が生えたやつとか、シンプルな段ボールとか、そんなんばっかだったじゃねえか。思いっきりふざけてただろ」


 ジョウジが真面目に不満をぶつけると、三姉妹はみなケラケラと笑った。


「ほんと、やばいッスよ、お兄。いくらなんでも『おさとう』って。お砂糖関係(VR上で恋人関係のようにイチャイチャすること)をおねだりしてるみたいじゃないッスか」


「マジで最悪。現実の世界ではゴリゴリのヤンキーのくせに、VRでは『にゃんにゃん♪ ボクとお砂糖してほしいにゃん☆』とかマジありえないんだけど」


「オレはお砂糖なんて望んでねえ!」


 あわれ、ジョウジがどれだけ真剣に叫んでも、VR上では砂糖袋がジタバタしているようにしか見えなかった。


 ナツキはジョウジの肩……というか砂糖袋の端に手をポン、と置いた。


「がんばんな、ジョウジ。アオイが言うとおり、あと一ヶ月だからさ……さ、ごはんにしよ」


 言うが早いか、ナツキはジョウジをその場に置き去りにして食卓についた。すると、「いやー、もうお腹すいたッス」「今日はわだすの大好物だず」と言いながら喜々としてアオイ、ツバサも後に続いた。


 後に残されたジョウジも止む無く、「なんであんな罰ゲーム提案しちまったんだよ」とブツブツ言いながら着席した。

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