第3話ド変態女子小学生、湯島ツバサ

「ツバサ、この絵の秘密を教えてくれてありがとな」


「んだべ?(そうでしょ?) わだす、とってもええ子だからよ」


 ツバサと呼ばれた東北弁女子は、両手を腰に当てて大げさに胸を張った。自信満々に東北弁を話してはいるが、聞く人が聞けば、ところどころ間違っていることに気が付くだろう。それは彼女がネイティブな東北人ではないからである。


 湯島ツバサ、十歳。キョウダイの末っ子である。


 上は白シャツに赤いネクタイ、下は紺の半ズボン。頭にはすっぽりとベレー帽をかぶり、背中にはブラウンのランドセルを背負っている。


 短めのボブカットとキリリとした眉。一見、髪の長いハンサムな男子に見えるが、ぱっちりとしたまつげで女子だと気が付く。そしてその自慢のまつげの奥にあるのは、年齢以上の自我を感じさせる瞳だった。


 ツバサは、その瞳をきらりと輝かせ、アオイのほうを向いた。


「アオ姉ちゃん、アオ姉ちゃん。今日これからご飯食べたらよ、その後、マリカすっべ(マリオカートしよう)」


 アオイは、腰をかがめてツバサに目線を合わせた。


「お、いいッスよお、でも大丈夫ッスか? またコテンパンに負けて、半べそかくことになるんじゃないッスかあ?」


 ツバサは、アオイの言葉をみなまで聞かず、両手のこぶしをぶんぶんと上下に振った。


「だいじょぶだ! いーっぱい、いーっぱい、練習してきたがらよ。アオ姉ちゃんこそ、負けても泣かねでけろな。アオ姉ちゃん泣かしたら、わだすがナツ姉ちゃんからごしゃがれっから(怒られるから)よ」


 アオイは両手で自身の口をふさぎ、わざとらしく驚いてみせた。ツバサの精一杯の背伸びをからかっているのである。


「えー、そうなんッスか。そんなに自信あるなら、何か罰ゲームでも用意するッスか?」


「んだな。じゃあ、わだすのクラスで流行ってる罰ゲームがあっから、それやっべ」


「お? どんな罰ゲームッスか?」


「勝った人が、負けた人のおっぺえ(おっぱい)揉み放題ゲーム」


 ジョウジは飲んでいたレモンサワーを吹き出した。


「なんッスか、そのゲーム!」


「みんな大好きな罰ゲームだべ。特に、男子は大喜びで『やんべ、やんべ』って言うんだず」


「男子も参加するんスか!? ダメッスよ! 罰ゲームっていうか、男子ご褒美ゲームじゃないッスか!」


「んでも、男子が負けたら、おつんつん(男子の股間のこと。方言ではない。)揉まれっから、男子も『絶対まげねぞ(負けないぞ)』って感じになって、盛り上がんだず」


「ヤバいッス……。最近の小学生は恐ろし過ぎるッス」


「わだすが流行らせたんだず」


「オマエが仕掛け人かよ?!」


 むせていたジョウジは、やっとツッコむことができた。


「オマエ、そんなことして何が楽しいんだよ」


「わだす、前からアオ姉ちゃんのでっかいおっぺえさ、触ってみだがったんだず。ジョー兄ちゃん、知ってっべ? アオ姉ちゃん、陰キャのくせに、めちゃくちゃスタイルいいっけ」


 ツバサは、両手で自分の胸に山を作るようなジェスチャーをした。


「いや……オレは男子の股間を揉んで、何が楽しいんだってことを聞きたかったんだけどよ……まあ、もういいや」


「陰キャ呼ばわりされたのは、モヤっとするッスけど……。まあ、スタイルほめられて悪い気はしないッスよ。ほれ、ほれ」


 アオイは自分の胸を両肘で寄せてみせた。しかし、慣れないセクシーポーズをしてすぐに恥ずかしくなったのか、


「うーわ、しんどっ。だははははは!」


 アオイは、両手足をジタバタさせて、笑い転げた。


「ジョー兄ちゃん、見てけろ。アオ姉ちゃんさ、おっぺえに全部栄養を吸い取られて、脳みそまで届かないっけ、だからこんなあんぽんたんなんだ」


 アオイはガバと跳ね起きて、ツバサにつかみかかった。


「誰が、あんぽんたんッスか! お姉ちゃんは国語と数学と地理と世界史と英語が少し苦手なだけッスよ!」


 ツバサは、「バカにづげる薬はねってわだすの担任の先生が言ってだよ」と言いながら、ゴムまりのような瞬発力でその場を走り去った。


「ほぼ全教科じゃねえか。あとその先生、口悪すぎだろ」


 ジョウジはツッコんでみたが、もはや二人とも聞いていない。


 すると、ツバサの後を追いかけていたアオイが、ぴたっと立ち止まった。


「っていうか、ツバサ。よくよく考えたら、不公平じゃないッスかあ?」


「なにがよ?」


 ツバサも立ち止まった。


「だってえ、お姉ちゃんが勝ったとしても、お子ちゃまなツバサのおっぺえは揉むほどボリュームがないッスよねえ……。なあんか、不平等ッスねえ?」


 アオイは自身の胸をこれみよがしに両手で持ち上げ、クスクスと笑ってツバサを煽る。


 しかし、ツバサはそんな姉の挑発を「ふふん」と鼻で笑い飛ばし、アオイの元に走り寄った。


「アオ姉ちゃん、これ見て腰抜かさねえでけろ」


 言うや否や、ツバサの胸が不自然に大きく膨らんだ。


「え? うわっ、でっか!」


「うふふふ。どうだが(どうだ)? これで不公平なんて言わしぇね(言わせない)」


 アオイは、ジロリとジョウジをにらんだ。


「お兄、どういうことッスか? こんなの、ツバサ一人じゃできるわけないッスよね? マジでキショいッスよ、実の妹の胸を大きくするなんて」


「いや、オレじゃねえよ。するわけねえだろ、こんな気持ちわりいこと」


 アオイはツバサのほうに向きなおった。


「こら、ツバサ。こんなエッッッッな改変、だれにやってもらったんスか?!」


「自分でやった!」


「え? ほんとかよ?」


 ツバサは力強く頷いた。


「んだず! すこだま勉強すて(たくさん勉強して)、出来るようになった! えれえべ?」


 ジョウジは思わず額に手を当ててうめいた。不自然に大きく前方に突き出した胸はお世辞にも上出来とは言えなかったが、小学生が独学でここまでたどり着くのは相当な労力だったに違いない。


「ツバサ……そのモチベーションはどこから来るんだ?」


「わだすも、エッッッッな身体になりたかったんだず!」


 ツバサの言葉には一ミリも迷いがない。そう、ツバサはこういう女子なのである。


 キリリとした麗しい見た目に反して、頭の中は性的なことでいっぱい。


 学業優秀、スポーツ万能で、同世代の中ではリーダーシップも発揮するが、それでもって、クラスメートを妙な方向に導く。


 多少間違った東北弁を操るド変態女子小学生、それが湯島ツバサだった。

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