会話、そう、会話!

「……ぶない所だったんだよ。もう少し遅かったら……」

 聞き覚えのある声に、目が覚めた。辺りを見回す。並んだベッドにカーテン、薬瓶と薬草の詰まった棚……診療所か。

 窓から陽が差している。声の主は診療所の先生だ。カーテンの向こうのベッドにいる誰かと話している。

 

 ……ん?ちょっと待って?

 目覚めた!?

 幽霊の私が?睡眠なんてしないのに?

 

 二百年振りの寝起きに混乱していると、別の声。

「勝手なことしてすいませんでした」

 この声は……。

 カーテンに頭を突っ込む。

 思った通り。ベッドに寝かせられていたのはパティアだった。

 オレンジの髪が、シーツの白に映える。

「私に謝る必要はないよ。それに、結果的には街を救ってくれたんだ。感謝したいくらいさ。それより今は休みなさい。傷は治っても体力はそうはいかない」

「はい。ありがとうございます」

 傷……。

 ――そうだ!思い出した!

 なんやんやあって、パティアと一緒に気絶したんだ!

 たぶんあのあと、騒ぎに気づいた誰かに診療所に運ばれたんだろう。

 シャドウベアがどうなったか気になるけど、今の先生の口ぶりだと始末はついたらしい。

 とにかく、二人とも助かったのだ。

 ああ、死ぬかと思った。

 

『まったく……お互い無事で良かったね』

 労うように声をかけた瞬間、パティアの青い瞳がキョロキョロと動いた。

「え?ええ、そうですね」

「ん?何がだい?」

 ……なんだ今の?私含めた全員が不思議そうな顔をした。

「今、“無事で良かったね”と……」

 ……っ!

「……君はやはり休んだほうがいいね。何かあったらそこの鈴を鳴らしなさい。じゃあ、おやすみ」

「あっ、はい。おやすみなさい」


 ……ウソ。

 そんなこと、あるわけ無い。

 手が震えている。確かめるのが怖い。でも、確かめなきゃ!

 気を抜くとひっくり返りそうな声で、恐る恐る尋ねる。

『き、聞こえてる?』

「えっ?はい。聞こえますけど」

 心臓が止まるかと思った。この時の衝撃を、私は生涯忘れられないだろう。

『聞こえるの!?私の声が!?』

「聞こえてますよ。あなた誰ですか?どこにいるんですか?」

 誰。

 私は……私は誰?誰にも呼ばれない名前なんて、もう忘れてしまった。私はただの幽霊、地縛霊。名乗る名前なんて無い。

 何か、何か考えなきゃ!幽霊……霊……レイ。

 

 “レイ”!これだ!

 

『わ、私は、レイっていうの。二百年前、この街で死んだ女の子の幽霊』

「ゆ、幽霊!?」

 パティアは、おばけにでも遭ったような声を上げた。 


 手短に経緯を説明した。

 十歳の時、不慮の事故で死んでしまったこと。それから二百年、この街で地縛霊として過ごしていること。パティアを見ていたこと。あ、もちろんプライベートの覗きはしてないこともね?

 

 そしてもちろん、シャドウベアとの戦いの顛末も。

「じゃああの時、レイさんが助けてくれたんですね!」

『まあ、思ってたのと違う形にはなったけど……』

 二百年振りの会話。大丈夫かな。私、変じゃないかな?内心ドキドキしながら、私は嬉しさに口元が緩むのを抑えられない。姿までは見えなくて助かった。

「それにしても驚きました!幽霊ってホントにいるんですね!悪い人じゃなくて良かったです!」

『人って言っていいのか分かんないけど……ありがとう』

 幽霊の私にパティアは最初驚き、次に困惑し、今は感心半分感動半分といった様子。

 

 この世界にはゾンビやグールなどの、いわゆるアンデッドモンスターはいる。ただその正体はガス状の魔物が死体を動かしているだけ。魂や霊魂、そして幽霊やゴーストの概念はあっても、存在ははっきりとは証明されていない。まあ、私がその証明なんだけど。

 

「でも、なんで急に声が聞けるようになったんでしょうか?」

 それは私も気になっていた。

『たぶん、憑依したまま死にかけたせいじゃないかな?お互いの魂がくっつくかなにかして、声が伝わるようになった……とか』

「へ〜」

 実際なんでこうなったのかはよく分からない。でも私にとっては嬉しくもある。

 だからこそ、慎重に、嫌われないようにしなきゃ。

『ごめんね。まだ治りきってないのにおしゃべりしちゃって……』

「私は大丈夫です!レイさんは命の恩人……恩霊?なんですから!」

 恩霊は怨霊みたいだからやめてほしい。

『まあでも疲れてはいるでしょ?休んで休んで!』

「休みはしますけど、レイさんはどうするんですか?」

『街の様子見てくる。騒動がどうなったか気になるし』

 すでにパティアへの聴取で大まかな顛末は街の人にも伝わってるらしいけど。

「じゃあ、また後でお話しましょうね!」

 ああ、なんて嬉しい言葉!でもダメダメ。あんまりあからさまに食いついたら会話に飢えてる鬱陶しい幽霊だと思われちゃう。

『まあ、気が向いたらね』

 セリフが若干上ずってることに気付かれはしなかっただろうか?そんな私の心配をよそに、パティアはもう寝息を立てていた。

 

『……』

 やっぱり疲れてたんだ。無理もない。

 

『…………』

 しばらく、その可愛らしい寝顔を眺めた。

 

『……っ!……〜〜〜っっ!!!』

 我慢できなくなって、私はベッドの周りを小躍りする。

 

 やった!やったぁ!

 話し相手が!幽霊の私に話し相手ができた!

 嬉しい!嬉しい!

 だってそうでしょ?人と、それも割と歳の近い女の子とお話できるなんて夢にも思わなかったんだもの!これが喜ばずにいられる!?

 おっと!声を出さないように気をつけなきゃ!だって聞こえちゃうんだもんね!私の声で、パティアを起こしちゃうからね!それができちゃうからね!そうでしょう!?

 叫び出したい気持ちを抑えられない!私は診療所の扉に向かって駆け出した!

『……お?』

 何かに引っ張られて、扉にはたどり着けなかった。

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