二百年で初めての出会い
裏通りで何やら騒ぎが起きていた。
軽い人だかりができている。なんだなんだ〜?
「んだてめえ!舐めてんのか!?」
怒声を発したのはマドル坊。反抗期真っ盛りの典型的イキり不良。
私にとってはただの生意気な悪ガキ。最近素行が特に悪いなと思ってたけど、朝から何を騒いでいるのやら。どうやら不良仲間数人と誰かに因縁をつけているらしい。
「おいマドル、コイツよそ者のくせに礼儀がなってねえよな!?」
「まったくだ!女だからって大目に見てりゃあよぉ……」
「せっかく俺たちが遊んでやろうって言ってんのになぁ!?」
なるほど。旅の女の子にちょっかい出して逆切れってとこか。
みっともないったらありゃしない。母親によしよしされて喜んでたアンタはどこいった。
誰だか知らないけど相手の娘が可哀想だ。
人だかりを通り抜けて覗く。その子はボロボロのマントみたいなものを羽織り、目深にフードを被っていた。そのせいで姿はよく分からない。細くて白い顎と、マントの裾からスラッとした脚先だけが見えている。
もしかしてマドルのヤツ、脚フェチだったのかな?
「私、なにかしました?」
凛とした、可愛らしい声だ。
「ああ?おまえ、“嫌です”とか言いやがっただろう!失礼だろうがぁ!?」
うわぁ……引くわぁ。マドル坊、なんでこんなヤカラになってしまったんだ……
「だって、嫌なんですもん」
「もん、じゃねえ!」
不良の一人が女の子の肩を掴む。次の瞬間、彼女がその手を掴み返した。
「お!?」
なにが起こったのか、私も含めたその場の全員が理解できなかった。いや、一人を除いて。
「急に触られたら、ビックリするじゃないですか!」
不良が、地に伏していた。掴んだ腕を捻るように、女の子が瞬時に投げ落としたのだ。鮮やかなその動きに柔道か合気道を思い出し、懐かしい気持ちになる。
「て、てめぇっ!」
我に返ったマドルと不良たちが激昂し、女の子に殴りかかった!
やばい、いくらなんでも多勢に無勢……でもなかった。
「わわっ!おっとと!」
女の子は舞い散る木の葉の如く身軽にマドルたちの腕をかわしていく。
華麗な身のこなしと踊るようなステップ。
かなりの体幹がなければこうは動けない。
「なにするんですか!やめてください!」
「ば、バカにしやがって!」
これは絶対負けるパターンだからやめときなよ。心の中でマドルに忠告する。
願いも虚しく、マドルは諦めない。みんな見てるし、ここで引いたら恥ずかしいもんね。
「お前ら手ぇ出すな!こいつは俺がやる!」
おぉ〜カッコいい。きっと言ってみたかったんだろうな。
「いい加減にしてください!」
しつこいマドルに、彼女もさすがに頭にきているらしい。けどマドルの耳には入っていない。
ラウンドワン、ファイッ!
「うおおおおっ!」
マドル選手、右腕を振りかぶり突進!
「やめてって……」
なにやら呟く女の子にマドル選手、渾身の右ストレート!
「……言いましたよ!」
「!?」
信じられない光景だった。
女の子は突き出されたマドルの腕に手をついて、受け流しながら宙返りした!まるで跳び箱でハンドスプリングを決めるように!
いや、それよりも圧倒的に軽やかだ!
フードが外れ、鮮やかなオレンジの長髪が宙を流れる!マントが翻り、ショートパンツから白く伸びた脚が美しく弧を描いた!
……目を奪われた。二百年間、この街で見たどんなモノよりも。
この子は一体、何者なんだろう?
とん。
それは蹴りですらなかった。飛び越えたマドルの背中を、足で軽く押しただけだ。
それで十分だった。
「うわあああっ!!」
情けない叫びとともに、マドルはゴミの入った樽に頭から突っ込み、動かなくなった。
パーフェクトKO!
「ま、マドル!」
「お、覚えてやがれ!」
わぁスゴい。
こんな典型的な捨て台詞、この街に二百年いて初めて聞いた!
謎の感動を味わいながらマドルを抱えて逃げ出す不良どもを見送る。これに懲りてくれればいいんだけど。
「嬢ちゃん凄えな!」
「カッコいいねぇ!」
人々の賞賛の声。見ると、女の子が街の人に囲まれている。
「えっえっ?あのあの……」
困惑しているその子は大きな目に、深い青の瞳。そして……
『え、エルフ……!?』
オレンジの髪の間から長く尖った耳が飛び出ていた。
「お嬢ちゃん名前はなんて言うんだい?」
「私、パティアって言います!」
パティア……パティアか。かわいい名前だ。
私は興味を惹かれた。あの光景に目を奪われたのもある。でも謎の一人旅してるかわいいエルフの女の子なんて、気にならない方がおかしい。そうでしょう?
それにエルフなのに魔法じゃなく体術を使うなんて珍しい。珍しいことだらけだ。
『おもしれー女、ってやつかぁ……』
長生きはするものだ。いつもの退屈な日常が変わる予感がした。
その予感は的中し、その夜、人が殺された。
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