マジカルフィスト! 〜チート転生した最強魔力の地縛霊が武闘家エルフに取り憑いたら〜
暮寝イド
やった!異世界転せ……死んだ!?
足元に空。頭上に馬車。
逆さまの視界に、十年分に満たない走馬灯が重なる。その中に、見覚えのない光景が混じる。知らない街。知らない人々。大きな建物。光る板……
……いや、見覚えがある。前世の記憶――私は……女子高生だった。ちょっとゲームが好きなだけの、普通の。
思い出すと同時に、冷たい石畳に頭を打ち付けた。眠っていた規格外の魔力が今更のように暴れ出す。今の私なら、どんな魔法でも使える。でも、もう遅い。
(せっかくチート転生したの……に……ま、た……)
そうして私は、もう一度死んだ。
それから二百年経って、私はまだここにいる。
二世紀分の歳月は、自分の名前すら忘れるには十分な長さだった。でも、あの理不尽な気持ちは忘れられない。
私は生前、地水火風光の五属性全てに最高の適性を持っていた。末は大魔法使いか賢者かと、物心付く前から持て囃された。今は最強のチート魔力を持った、でも何もできない地縛霊。
『ああっ!?いい所なのに!』
本を閉じた女性に荒らげた声は、自分以外の誰にも聞こえない。享年十歳の姿のまま、踏めない地団駄を踏む。
ゲームに代わる、私の数少ない趣味。読書。ただし自分で本は選べないしページもめくれない。読書中の誰かを覗き見する以外、幽霊である私が本を読む方法は無い。途中で本を閉じられ、そのまま続きを読めていない本が数え切れないほどある。
もはや“いつかあの物語の続きが読めるかもしれない”微かな期待が、私を地縛霊足らしめているのかとすら思う。
怒り。幽霊になって最初の二日間の気持ち。チート魔力は慰めにならないどころか、もどかしい悔しさの源だった。人やモノに八つ当たりどころか、触れることすらできないのも辛かった。
孤独。それから一週間くらい。眠れず、お腹も空かない、ただ虚無のような日々。
自暴自棄。それから半年くらい。他人のプライベートを覗いて下らない満足感に浸った。人に取り憑いて、いたずらしまくったのもこの時期。取り憑けば魔法が使えることにも気づいたけど、すぐに飽きた。この時期のことは、あまり思い出したくない。
諦めと達観。それ以降から現在に至るまで。今は私を閉じ込めるこの街で、気ままな地縛霊生活を送っているってわけ。
この街は好きだ。中世の地方都市といった風情の、そんなに特徴も無い街。古臭い石畳に、煤けた看板。街の人達は特別お洒落でもなく、石と木と土でできた家々も野暮ったい。でもそれがいい。落ち着く。私が死んだ街だけど、二百と十年もいれば愛着も湧く。……まあ、他の街なんて行ったことないけど。
私の両親はこの街に住んでいた、いわゆる地方貴族。大切な一人娘を馬車に轢かれて失って、悲しみから逃れるためどこかへ行ってしまった。十年間私を愛し育ててくれた人たちとは、それきり会ってない。もう会えないだろう。
今はもう、この街の住民ほとんどが私の家族みたいなもの。最年長の老人ですら、赤ん坊の頃から知っている。二百年以上住んでいれば当然の話。
『うっそ!?いやこれは“面白い”の棚でしょうがぁ!?』
抗議の声も、やはり誰にも聞こえない。生まれたときから知っていて、本の趣味や読むペースが私と似通ったこの女性にも聞こえない。無慈悲に“微妙”な棚に本を収めて床に就いた女性を見ながら、私はため息を付いた。やはり、他人は他人だ。
……ん?人に取り憑いて本を読めばいいじゃないかって?うん、確かにそう。さっきはちょっと、ウソついた。
でもね、この“ままならなさ”も含めての趣味なのだ。釣りを楽しんでる人に、魚屋で買えばいいのになんて言わないでしょう?そういうこと。
それに読書は、擬似的にでも他人と気持ちを共有できる時間。本を開く人と、衝撃の展開に一緒に息を呑み、感動に目を潤ませる。つまらない本に悪態をつき合うのもまた楽しい。それが私にとっての読書。
ついでに言えば、人に取り憑くのは楽じゃない。背後霊みたいにくっつくだけなら簡単。体を操れるほど完全に憑依するのは、寝てたりして意識の無い人にしかできない。憑依中に目を覚まされると、意識がこんがらがって気持ち悪い。それに、ものすごく疲れる。幽霊なのに疲れるっておかしい気もするけど、そうとしか言いようがない。そして、誰だってマラソンしながら読書なんてしたくない。そうでしょう?
趣味その二。散歩。
朝の街を歩くのは好きだ。仕込みをする食堂を覗き、機神教会の門が開くのを眺める。ねぼすけな子どもたちが母親に叩き起こされる光景はいつ見ても微笑ましいし、犬の散歩について歩くのも楽しい。
朝のニュースを市場や掲示板で仕入れるのも欠かせない。
“旅に出る仲間募集!魔法使いと僧侶各一人!詳細は酒場にて!名を上げよう!”
なるほど、見つかるといいね。頑張れ。
“街道で旅人惨殺さる!はぐれ魔物か!?領主の対応が待たれる”
ほう、こりゃ物騒だ。はぐれ魔物は本来の生息域から離れた所に出る魔物のこと。怖い怖い。
“機械発掘作業員募集!詳細は役場にて”
この世界の機械とは古代文明のオーパーツを指す。大都市では便利なインフラとかに活用されている……らしい。この辺では全然見つからないのにまた募集してる。
開店準備をする人で、市場が活気づいてくる。
「おはよう!」
『おはよう〜』
「おはようございます」
市場を行き交う人々の挨拶に混じると、自分も認識してもらえてるみたいで嬉しい。
そうこうしているうちに、街全体が目覚めていく。今日もいつもと変わらない日が始まる。その日も、そう思っていた。
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