状況:状況

 地上は混乱していた。

 魔王軍の本体はまだ町の中にまでは進行していないようだが、そこかしこで怒号が飛んでいる。


「女王を探せ! あいつを差し出して終わらせるんだ!」


 そして……うん、俺を探している。

 俺を引き渡して手を引いてもらうのか、リカルドのように魔族に媚を売って助命を乞うのか。

 どちらにせよ、俺にとっては碌なもんではない。行きつく先はアンデットの王妃かな。


「アリシア様、こちらへ」


 クレアとリリィは周囲の目を警戒しながら、俺を柱の陰に引き込んだ。

 彼女たちは必死に俺を守ろうとしている。クレアの表情には焦りが見え、リリィもまた緊張した面持ちで辺りを見回している。


「なあ、アリシア。これって結構ピンチな感じ?」


 クレアとリリィの焦りと緊張した様子を見ても海斗は楽観的だな。

 そりゃそうか。ミノタウロスを素手で抑え込むだけのチート持っていれば、そういう態度にもなるか。

 なんで俺にはそのチートがないんですかねぇ。あればこんな状況になんて陥っていなかったってのに。


「見りゃわかるだろ」

「見たまんまか」


 むしろ見たまま以外になにがあるんだよ。


「アリシア様、軽く状況だけ説明しておきましょうか。この男は使えるのでしょう?」

「まあチート能力は間違いないと思うよ」

「チー……なんですか?」

「あ、いや……と、ともかく使えるよ。すごく強いと思う」


 クレアはわかりました、と言って、海斗へと向き直った時だった。


「王女がいたぞ!」


 血眼になって探している貴族をかいくぐることは難しかったらしい。

 貴族も命かかってるから、必死にもなるか。俺も瀬戸際なんだけどね。


「もう見つかるとは」

「アリシア様、逃げてください!」


 リリィが貴族とは反対の方へと俺を押すが、その反対からもすぐに貴族が現れる。

 どこに行っても逃げ場はないわけだ。

 はぁ、観念してアンデットの王妃目指すしかないのかな。

 首と胴が離れたデュラハンジョークでも考えておくか。


「なるほどな、これが好感度アップイベントってわけか?」


 好感度上げたいなら少しは手伝ったらどうだ。

 ま、元男の俺からすればお前の好感度は常にマイナス評価なんだけどな。

 好感度を上げれるのは女子限定だ。


「さて、アリシア様? 私どもと一緒に来てくださいますね?」


 クレアとリリィは貴族共につかまっている。

 どこもかしこも俺を差し出して助命を乞おうとする貴族ばかり。

 デュラハンになるのと海斗に媚売るのってどっちがいいんだろうな。

 極限の状況でそんなことを考えていると、


「おいおい、アリシアには手を出すんじゃねぇぞ」


 なんか勝手に動き出した。


「誰だ貴様は」

「俺か、俺は勇者だ!」


 いえ、邪神です。

 だいたい勇者って自称じゃないか。魔力が邪神って言われてたし。


「……勇者……だと?」


 ざわめきが広がる。

 貴族の中に迷いが生まれている。

 確かにこの人類が種の存続をかけたこの瀬戸際で勇者を名乗るような、奇特な奴はそうそういないだろう。

 だって勇者なんか名乗ったら真っ先に戦場の最前線だからな。俺なら絶対に言わない。


「だからクレアとリリィを離しな」


 海斗の動きがぶれたかと思うとクレアとリリィを拘束していた貴族は壁に激突し、打ち上げられた魚くらいにピクピクしていた。

 この動き……完全に見逃したね。何が起きたのかさっぱりわからん。


「大丈夫か? クレア、リリィ」

「え、ええ。助かりました、海斗」

「アリシア様は渡しませんよ」


 リリィの受け答えおかしくない!?

 話通じてない子になってるけど!?

 そもそも俺が海斗の魔の手に落ちることは絶対にないから安心してほしい。

 魔の手とか考えただけでおぞましい。


「やられたいやつがいたら前に出な。まずはお前らを相手してやるぜ」


 保身を図る貴族たちには海斗のチートは十分に見えたらしい。

 次は自分ではないか、と恐れをなした貴族は俺たちに迂闊に手を出すこともできなくなった。


「聞きなさい。このものは海斗。アリシア様の召喚した勇者です!」


 え!?

 クレアさん!?

 な、なんと言いました?

 貴族たちが手を出せなくなったのを良いことになんかあらぬこと言ってるんですけど。

 そもそも勇者じゃなくて邪神だし……あ、でも血を取られたな。そういう意味では俺が召喚したと言えなくない。

 そうか、俺が召喚したのか。あ、なんかそう考えると気分いいな。


「え? そうだったの? アリシアが俺を……? 運命だな」


 前言撤回。

 気分は最悪だ。


「アリシア様が……」

「勇者……?」

「しかしあの力……確かに」

「本当か……?」


 貴族たちにも動揺が広がる。

 ふ、まあ運命とかいう粗大ごみは最悪だが、こうやって見直されるのは気分がいい。最高だよ。


「そうです。アリシア様、勇者へ勅命を」


 ……ク、ククク、クハハハハ。

 いいな、この展開!

 これが俺の望んだ異世界転生(仮)ではないか。

 俺を敬い、崇める。もっと俺をほめてくれ!


「勇者よ、外の魔王軍を一掃しなさい」

「任せな、アリシア」


 ああ、最高だ!

 不遇な俺の異世界転生についに光が……!


「終わったらおっぱい揉ませてくれよな」


 ……一瞬、思考が止まった。なんでそうなる?

 俺の中で歓喜のファンファーレが一気に止んだ。海斗の顔を見ていると、全ての希望がかき消されたような気分だ。


「コロス……」


 俺は静かに決意した。

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