邪神:状況

 クレアとリリィは目を覚ますと俺を見て安堵の表情を浮かべた。

 リリィには聞いておきたいことがあったが、俺が聞くよりも先にクレアが口を開いた。


「リリィ、なぜこのようなことをしたのですか?」


 クレアの静かな調子が逆にちょっと怖いな。

 リリィは一瞬視線を落とし、震える声で答えた。


「アリシア様は……国があるから危険にさらされているのです」


 俺だったら「は? どういうこと?」とすぐに聞き返していただろうが、クレアは黙って続きを待っていた。

 リリィは震える手を握りしめながら話を続ける。


「だから、だから国をなくせばアリシアは平穏に暮らせるはずなんです。そうじゃないと……アリシア様は……」


 クレアは一瞬考え込み、そしてゆっくりと問いかけるように言った。


「リリィ、アリシア様のためにそんな決断を?」

「……はい」


 どういうことだよ。おい、なんで俺を守るためだと国を滅ぼすわけ。

 それって普通に考えたら俺も首と胴が切り離されてゾンビ異世界恋愛しないといけないんだけど。そんなの嫌だぞ。


「でも、貴族たちがアリシア様を魔王軍に差し出そうとしているのを知ってしまって……彼らは自分たちのことしか考えていない。そんな中で、アリシア様が危険にさらされるのを黙って見過ごすわけにはいかなかったんです」


 あ、なるほどな。リリィは国内部での不穏な状況に気づいていて、それから俺を守ろうとしていたのか。

 とはいえこの話題は故アリシアにはかなり、辛い話題だよな。クレアは俺の反応を見ているんだろう。心配そうにこちらを見てからリリィを抱きしめた。


「リリィ、あなたのことはわかりました。私は許します。アリシア様は……」


 え、俺も?

 許すもなにも俺は結果的に助かってるし別に問題はない。

 何事も前向きにとらえないとな。それに俺にはきっと主人公補正かかってるから、どれだけ危険があっても必ず生きて帰ると相場が決まっているんだよ。


「大丈夫だよ、リリィ」


 理由が俺のことを思いすぎて、とか前世の俺では考えられないような内容だし許す以外ないだろ。

 それにかわいいし。


「ところでさ、とりあえず状況教えてくれない? 俺、異世界転移したっかなんだよね。こういうときってほら、王様が魔王軍と戦えとかいうじゃん? ヒロインだけ見せられてもさ」

「ヒロイン? 誰ですかこいつは」


 リリィの言葉が冷たい。

 まあ俺のこと好きすぎだもんな、リリィは。


「誰って、俺がそこに伸びてるミノタウロスと、そこの男をやっつけたんだけどな。そこのアリシアも俺が助けたんだぜ?」

「……本当ですか? アリシア様」


 クレアが俺に確認するように問いかける。

 まあそうだよね、ぽっと出の男とか信用できないし。


「まあ、うん。あってるよ。気に食わないけどこいつに助けられた」

「あ、俺の名前まだいってなかったか? 桐生海斗、海斗って呼んでくれよな、アリシア!」


 絶対呼ばないから安心しな。

 いつか犬のように扱ってやるからよ。

 にしても桐生海斗……名前からして日本人で確定だな。

 転移者か、転生の俺に対してすべてを持っている転移者。ちょっと不公平すぎやしませんかね。


「馴れ馴れしい。アリシア様に向かってどんな口をきいているのですか?」

「いや、俺も状況わかんないからさ。メインヒロインのアリシアちゃんを助けて」

「アリシア様と呼びなさい、この国の女王ですよ」

「え!? そうだったの!? なんで言ってくれないんだよ! しかしメインヒロインが女王とは……ふ、これは期待できるな」


 お前の脳みそはゲームで出来てるのか。


「……はぁ。アリシア様を救っていただいた手前、その失礼な態度は一度おいておきましょう。私はクレア、クレア・ローゼンと申します。此度はアリシア様をお助けいただきありがとうございました」

「リリィ・エヴァンス……アリシア様を助けていただいたのには感謝しています」


 クレアは礼儀正しい一方で、リリィは不満顔である。

 この流れってもしかして俺も自己紹介する必要あるのか。

 しかし待ってほしい。俺は自分の本名を知らない。いや、だってみんなアリシア様って呼ぶからさ、それ以上追及しにくいじゃん。なんか性格もあんまり指摘されていないし。

 もしかして俺は俺としてこの体で転生していて、突然思い出したってこと……?


「そしてこのお方はアリシア・セレスティア・レイヴンウッド・フォン・エルドラド女王陛下です」


 あ、クレアが紹介してくれた。

 ラッキー、っていうか本名長いな。まあ王族ともなれば長いんだろうか。

 レイヴンウッドって確か国の名前じゃなかったっけ。


「そうか、よろしくな、みんな! それにしても王様ではなく女王様とは……しかも若い女王……これが俺に用意されたストーリーか……!」


 聞こえてるぞ、この駄犬め。

 そのストーリー全てのフラグを見事にへし折ってやるからな。

 しかしどうせへし折るなら、この無駄に自信のある鼻っ柱をへし折ってやりたい。

 ……こいつ、たぶん俺に惚れてるんだよな。

 そしてこいつ、うざいけどめちゃくちゃ強い。つまり……これって俺の下僕にすれば配下TUEEEEムーブできるんじゃないか。

 そうだ、影の覇者的には何も自分がすごい能力を持っていなくても俺が全能なる知略を用いてコマを動かす……そういうのもアリなのではないか。

 あ、そう思うとなんだか自信がわいてきたぞ。

 よし、やってやるぜ。俺がこいつを使い倒してやる……!


 そう思っていた矢先であった。

 ドォン!!

 と、地上から何かが落ちるような音が鳴った。


「え!?」

「な、なんですか!?」

「なにがおきた!?」


 俺とクレア、そして海斗は何事かと驚くが、リリィだけはやけに冷静であった。

 まるで今何が起きているのか知っているかのように。


「来ましたか」

「なにがですか、リリィ」

「魔王軍が攻めてきたんですよ、クレア様」

「な!? 待ってください! まだ魔王軍も先の戦の傷が……」

「確かに魔王軍も打撃を受けていましたが、追いつめられている人類とは比べ物にならない軽症です」


 絶句するクレア。

 しかしその中で俺は笑みがこぼれそうになるのを抑えるのに必死であった。

 そしてもう一人、隠しもせずだらしないニヤケ面をさらしている男。

 こいつと同じ考えを持っていると思うと虫唾が走るが……まあ今回は許してやろう。


「まあクレア、俺に任せろって。さあ……」


 おっと、それ以上は言わせないぜ。

 それを言うのはお前の飼い主である俺の役目だ!


「行こうか、クレア、リリィ。あと駄犬」

「駄犬!? それ俺のことか!」





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