裏切:邪神

 リカルドの声が合図であったかのように煙が周囲を包みこむ。

 そしてその煙が晴れると――リカルドに邪神が憑依したわけではなかった。

 なぜわかったか、それは簡単だ。

 邪神と思しき男が立っていたからだ。

 黒髪で服装が完全に日本人のそれ。ちなみにどことなく顔つきにウザさを感じる。


 ……日本人の、それ?

 ん?


「異世界転移か……」


 ……どう見ても日本人の格好。そして異世界転移という発言……本当に日本人か?


「ステータスオープン」


 ふ、バカが。この世界にはステータスオープンなんて言ってもステータスウィンドはでないんだよ。

 え、まって。

 ちょっと待ってほしい。

 なんで空をなんかタッチパネル風に指ちょんちょんしてるわけ?

 こいつもしかして本当にステータスウィンドが見えてる……?

 なんで俺にないものをこいつはすべて持っているんだ。

 しかもこの男、何もない空中を操作しているかのように動かしている。

 俺、完全に現地人じゃないか! 転生者の扱い雑すぎじゃないか、おい。


「ふ、なかなかだな。無限魔力・回復の手・幻惑の瞳、か」


 おい、ふざけてんのか。

 あのドット絵神父、あいつこそ邪神じゃねーか。

 俺の能力と思しきものすべてもってやがる。しかもこいつはなぜか男のまま、不公平だ。ストライキを申し入れる。


 だが待てよ。そういえば俺、ステータスオープンって言ったことないな。というか普通は言わない。

 そりゃ突然、王様が現れて「ステータスオープンと言ってみるがよい」とか言われたら言うよ。でも普通は絶対に言わない。

 もしいうとすれば「そのステータス、オープンマインドだな」って感じか? 誰が言うんだそれ。

 つまりどういうことか、俺にも可能性がある。実はレベルアップしていてスキル覚えらえるとか、きっとあるはずだ。


「ステータスオープン」


 で・な・い。

 なんでだ!?

 この格差よ、俺にもステータスウィンド出せよ!


「おお、邪神殿」

「邪神? つーかお前だれだ? 勇者の間違いだろ?」


 リカルドの顔が引きつってる。ざまぁって感じだな。

 しかしリカルドの言葉は効果があったようで勇者(自称)がようやくステータスから目を離して周りを見渡し始めた。


「ミノタウロス!? く、いきなり強敵だな」


 今更気づいたのか、こいつ。

 そういって謎の構えをとる勇者(自称)。

 ミノタウロスを倒すためか、何か使えるものは、と周囲を見渡していたであろう勇者(自称)と俺の目があった。

 かと思うとちょっと顔を赤らめて目を背ける。なんなのお前。


「……君が……メインヒロインか……」


 ……は?

 おい、やめろ。チラチラと俺を見るんじゃない。っていうか先にミノタウロス倒せよ。


「君、名前は……? なぜ拘束をされている……?」

「いや、状況的に先にミノタウロス倒せよ。ピンチなんだけど」


 すると勇者(自称)はハッとしてミノタウロスと改めて対峙する。


「確かにそうだな、君。俺の雄姿を見ていたまえ」


 うぜぇ、いつか絶対に闇討ちしてやる。


「邪神ではない……? 失敗……そんなはずは……」

「おい、ミノタウロス! どういうことだ!? 私は指示通りやったはず……!」

「だまれ、リカルド。貴様肉片になりたいか」


 リカルドとミノタウロスが言い争いを始めた。

 どうやら魔王軍としても思った結果ではなかった、ということか。

 そりゃ邪神を呼んだつもりが勇者(自称)なら確かに仲間割れもしたくなるか。

 いい気分だな。この状況でさえなければな!!!


「おいおい、俺をおいて言い争いか? 俺が相手だぜ、ミノタウロス!」


 そういうと勇者(自称)はとびかかる。

 うーん、素手なんだが?


「グボォ」


 もう一度言う。素手なんだが?

 成人した男よりも遥かに恰幅かっぷくの良い巨体を吹き飛ばすってどういうこと?

 ゴリラ界の世界チャンピオンか?


「どうよ?」


 中指を立てたF〇ckポーズがうざい。

 というか行動の一つ一つがうざい。


「グゾォ、この魔力……間違いなく邪神様のもの……いったいどういうことだ……!」


 鼻血出そうな声でミノタウロスがうめく。

 つーか、ドット絵(自称神)はやはり邪神であったか。俺の鋭い勘は当たっていたか。

 そうだよな、あんな精神病んでるやつが普通の神なわけがない。他人の不幸とか喜んでそうだし。


「なんだ、ミノタウロスって案外しぶといんだな。追撃いくぜ!」


 すごい、この自称勇者も「追撃行くぜ!」なんてマンガみたいなセリフを平然と吐いていく。

 まさに厨二病! 年齢からみても黒歴史を現在進行形で積み上げていくのにふさわしそうな年齢だけど。

 ジャ〇プを読んでたら少年とか言っちゃうタイプの人間かな?


「オラオラオラオラオラァ」


 と、どこかで聞いたような声とともにミノタウロスを何発も殴るとよだれを垂らして吹き飛ばされる。

 うわ、こっちにもよだれが飛んできやがった。最悪だ、獣臭い。 

 ああ、汚い、臭い。ここは牧場じゃねーんだぞ。

 一方のミノタウロス本体はドゴォォンという破壊音とともに壁にもたれ掛かってピクリとも動かない。


「どうよ? 俺?」


 こちらを振り返って親指で自分を指さす自称勇者(邪神)。

 ……俺の頭からかぶったよだれを見て言ってんのか?

 こいつ正気か。


「どうもクソもあるか! このよだれみろよ!? くせぇし何とかしろ!」

「ふ、そんな君もエロティックで可愛らしいな、ヒロインちゃん」


 こいつ目と耳と鼻がつぶれてんのか。

 つーかヒロインちゃんって許さん。確かに今はこんな可愛らしくて、10人いれば10人振り向くような絶世の美少女やってるが元々は男だ。

 俺はヒロインになるのではなくヒロインとイチャイチャしたいんだ。


「って、うわ! なんだ」


 突然、縛られた腕に強い力が加わり、身体が宙に浮いた。何が起こったのか理解する暇もなく、視界がぐるりと回る。


「ふ、ふははははは!」


 下品な笑い声で俺はようやく理解した。

 リカルドに持ち上げられている。

 陰キャそうな中年男のくせに意外と力があるんだな。あ、陰キャそうな中年男って過去の俺みたいで心に刺さるから忘れよう。


「男、どういうことだ」

「自称勇者、貴様……この女が大事なんでしょう?」


 リカルドのヤツ、バカか。

 そんなほんの数分前にあった俺のことを大事に思うわけないだろ……ってやめろ。

 助けてもらわないと俺ピンチだから、ここはなんとか助けてもらうように――


「ああ、その通りだ!」


 ……仕向ける必要はなかったな。

 自信満々で数分前にあった人を「その通りだ!」って大丈夫か、こいつ。


「でしょうね。こいつは顔だけは一流ですからね。ですが本性を知ればそんなことは言っていられませんよ」

「この、お……私のの何がわかるんだ」


 自信満々に助けてくれようとしている自称勇者。

 その自称勇者に向かって俺のネガティブキャンペーンはさすがに見過ごせない。


「わかりますとも。昔のことはよく覚えていますよ。まだ人間の領地が多少残っていたころの話。アリシア、あなたは春の収穫祭で自分で作ったお菓子を『英雄の祝福』って名前で配り歩いて、誰も受け取らずに泣きながら帰ったことがありましたね?」


 おいいいいい、アリシア!?

 お前なにやってんだよ、っていうか痛すぎだろそれ!?

 しかも誰にも受け取られないって、仮にも王女だったんだよな!?

 終わってる、なまじ自分じゃないだけに擁護のしようもない。


「す、素晴らしい! その憐憫さ、まさに俺のヒロインに相応しい」


 もっとやばいヤツがいた。

 こいつ筋金入りか。


「アリシアちゃんっていうんだな。その子を離せ!」


 絶対にドン引きさせてやろうと画策していたはずのリカルドも思わず何も言えない。

 絶句だ。俺も絶句だからな。


「……効果はありませんでしたか。ならばいいでしょう。このアリシアが惜しいのであれば私の言うことを――」

「俺のメインヒロインに手を出すってのか……? いいだろう。覚悟しろ……!」

「ゴボォ」


 一瞬であった。

 俺を宙に浮かせていた手がほどけ、同時に体が落下する。

 あ、これ痛そう、と思って目をつむってみたものの一向に痛みが来ない。

 恐る恐る目をあけると、そこにあったのは憎々しい自称勇者の顔であった。


「アリシア、大丈夫かい?」


 そしてここぞとばかりに決め顔。

 うーん、うざい。


「おろせ」

「ふ、つれないアリシアちゃんもかわいいな。あとその匂い、素敵だよ」


 こいつ煽ってんのか。

 匂いが素敵ってミノタウロスの唾液が好みなんですかねぇ!?

 舐めとらせてやろうか。


「ところで、今ってどういう状況なんだい? アリシアちゃん、ずいぶんピンチそうだったけど」


 そういいつつ自称勇者は俺を縛っていた紐をほどいていた。

 状況、か……そうだ。

 俺はクレアとリリィの腕を解き起こすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る