戦争:裏切

「ご苦労だったな、リリィ」


 目覚めは最悪だった。

 俺は体を起こそうとするもの腕が動かない。


「な、これ……」


 この部屋……俺がリカルドを尾行した先か。

 見れば隣にはクレアが眠っている。どうやら俺だけ先に気づいたらしい。


「おや、気づかれましたか」


 声の方を見ればそこに立っていたのはリカルド、そしてその横にはミノタウロス……そして


「リリィ……どういうこと……?」


 思わず声が出た。

 どういうことなんだ。

 いやこれも『幻惑の瞳』の効果でリカルドが必要と思ったことなのか?

 だがなぜリリィが?

 リカルドが魔物をスパイにしようとしていたのであればミノタウロスとのやり取りまでは理解できる。

 しかし俺を拘束しているのはいったいどいう言うことなんだ。

 わからないことだらけだ。ここまで自主性がありすぎるのも困りものだぞ。


「どういうこと、という顔ですね」


 リカルドが冷笑しながら俺を見下した。


「どういうことだ? これが俺の何の役に立つんだ?」

「あなたの役に……? 何を言っているのですか? 邪魔と思えど、あなたのためになるようなことはなにもやってませんがね」

「なにをいっているんだ、リカルド。幻惑の瞳にかかっていただろ」

「幻惑の瞳……? 何を言っているのですか。全く本当にちょこまかちょこまかと煩く嗅ぎまわってくれたもんですよ、おかげで計画を前だおす必要が出ましたから。もっとも……リリィが協力してくれたおかげでむしろスムーズに進みましたがね」


 俺は一瞬、全身が凍りついた。幻惑の瞳が……効いてなかった……? そんなはずはない。あの力がなかった……?

 じゃあ俺は本当に何も能力がない……そんなはず……だって俺は転生者だぞ?

 必要とされてここにいるんだ。


「んなわけあるかよ……」


 言葉が喉に詰まり、視界が揺らぐ。同時顔が引きつるのがわかった。


「どうやら幻想にすがっていたようですね、アリシア」


 リカルドの冷笑が、まるで氷のように冷たい。


「ううん、絶望に浸った顔。よいですね。ところでリリィ、あなたも言いたいことがあるのでは? あなたの主人がいきなりの状況に混乱していますよ」


 そのリカルドの言葉を聞いて、リリィが顔を赤らめながら俺に視線を向けた。

 そしてリリィはせきを切ったように話し始めた。


「アリシア様。愛しのアリシア様。これで私とアリシア様は永遠に一緒です」


 俺はリリィの突然の愛の告白に言葉を失った。何が起きているのか、まったく理解はできない。

 だが、その兆候は確かにあったのかもしれない。風呂の時とか、アレ絶対に普段やってなかっただろ。

 俺の心情を無視してリリィは続ける。


「アリシア様、私はずっと貴女を見てきました。貴女が危険にさらされるたびに、心が引き裂かれるようでした。でも、これで私たちは永遠に一緒です。これで国が滅んでもアリシア様と一緒……アリシア様と一緒にいるためにはこうする他なかったのです」


 と、リリィは俺の元まで歩いてきて顔を持ち上げる。

 彼女の手は温かく、その目には狂おしいほどの愛情が宿っている。


「ああ、なんて愛らしい顔……この愛しい表情、心、身体……その全てを私にものにできるなんて……」


 リリィはうっとりとした表情で続ける。


「リカルド様、アリシア様に奴隷紋をつけていただいても……?」

「ええ、もちろん……と言いたいところですがね、リリィ。お前、本当に私が約束を守ると思っていたのか?」


 そういうとリカルドが指で宙を描く。

 その動作はリリィのと比べても一瞬で終わり、空間がひび割れる。次の瞬間にはリリィも俺の横に拘束されていた。

 リリィは目を見開いて叫んだ。


「え、な、なにをするんですか!? 約束したのにっ!! これを、はなせ!!」


 リカルドはさらに冷たい笑みを浮かべて答えた。その笑みは氷のように冷酷で、彼の目には一片の情もない。


「バカですね、リリィ」


 ゆっくりとリリィの髪を掴み、顔を近づけた。


「国を亡ぼすのですよ? アリシアが死んでこそ、この計画には意味がある。アリシアを隷属してずっと一緒に……? バカなことを。最後の王を殺さずしてなぜ国滅ぼしが成立するのですか? さて、リリィ。貴女はうるさいので少し眠っていてもらいますよ」


 そういうとリカルドは宙で指を描くとリリィは意識を手放した。


「アリシア様……私は……ごめんなさい……クレア様……」

「ふふ、よいですね。ああ、私をコケにしていた者共が絶望に浸る、こんな素敵なことはありませんよ」


 深い冷笑を浮かべるリカルド。


「おい、茶番はいい加減にしろ。さっさと始めろ」

「確かにそうですね。よい感じに絶望に浸っているところ申し訳ありませんが仕上げと行きましょう」


 すると俺の指をつかんでチクリ、とナイフを刺す。

 そしてそのまま下に血を垂らすと、

 赤い鮮やかな魔方陣が周囲を展開する。

 なんだ、これは。


「邪神……聞いたことがあるでしょう? 無能なお前でも王族の血は王族の血、邪神を召喚するには最高の血ですからねぇ」


 浮かび上がる魔方陣が強く光る。

 そしてミノタウロスが呪文を唱えるとさらにギラギラと赤く強く光り始めた。


「ああ、これでついに人類を滅ぼし……私も魔族の仲間入り。追いつめられる人生は終わりです。ハハハハハ!」


 この呪文はもしや邪神を召喚し……リカルドに宿すための……?

 そうしてリカルドは魔族となるつもりだったのか。


「さあ、邪神よ。来なさい!」

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