聖女:現状

 簡素なテーブルに並べられた食事を見ながら、俺は少し緊張していた。クレアとリリィがそれぞれ俺の左右に控えているからだ。彼女たちの視線を感じると、自然と背筋が伸びる。


「アリシア様、こちらが今日の夕食です。どうぞお召し上がりください」


 クレアの言葉に促されて、俺はフォークを手に取り、目の前の料理を口に運んだ。テーブルにはシンプルなスープ、少しのパン、そして見たことのない少量の野菜が盛り付けられていた。スープは具材が少なく、出汁の味が薄いが、心を込めて作られているのがわかる。


「美味しい……」


 思わずつぶやいてしまった。

 確かに前世の食事とは違って質素に感じられる。しかし、それは前世の体が覚えている味覚や嗅覚だったということだろうか。

 今俺が食べて感じているのは素朴な味ながら美味と感じられるものだった。


「ありがとうございます、アリシア様。お気に召していただけて光栄です」


 しかし両脇で見られながら食べるってのは、慣れていないせいか本当に落ち着かないな。

 そういえばこの国……確かレイヴンウッドといったか。状況ってどうなんだろう。

 クレアや昼間の会議の様子からするとあんまりよくない状況っていうのはわかるが……さてどう聞いたものかな。


「そういえばクレア……女王になったので改めて聞いておきたいのですが……変に思わないでくださいね」

「? ええ、アリシア様、どうなさいましたか?」


「現状、国がどうなっているのか再確認させて欲しくて」

「……王女として自覚を持ったほうが良いでしょうし、この際丁寧に説明しておきましょう。ですが、結論から申し上げると現状は芳しくありません」


 やはりそうだったか。

 言葉の端々からそんな気はしていたがいざ突きつけられると俺の立場の危うさが鮮明になる。

 うーむ、詰んでない?

 いや、そんなことはない。たぶん、きっと。だって俺は転生者。つまり使命があってそれを果たせる何かを持っているのだ。今は何かわかんないけど。

 そんなことを考えているとクレアは先を続ける。


「この国は……人類最後の砦と言われています」


 ……ん?

 幻聴かな。聞いちゃいけないような言葉が聞こえたような気がしたんだが。


「えっと、クレアさん……? そうなんでしたっけ?」


 思わず俺はそう答えると、今度はクレアが怪訝な表情をした。

 そう、常識ですよって顔。

 また地雷踏んでる!? おかしくない!? 俺の周り地雷原だけど!?

 いや確かに、そういう状況なら子供でも知ってそうだけどさ!?

 言ったよね、最初に。おかしいこと聞くかもってさ。いいじゃん、ちょっとおかしいこと聞いても!


「……アリシア様、お戯れもそこそこにしてください。ご冗談としてもどこに耳があるかわかりません。王女としてこの国の状況を知らないのは困りますよ」

「あ、あはは。ごめんごめん、ちょっとクレアを試したくて」

「アリシア様……冗談はほどほどにしてください」


 クレアは続ける。


「ここからはアリシア様を思ってあまり口にしていませんでしたが……貴族たちはそういった状況なので国を捨てようとしています。そして私の情報筋では何人かは魔族に寝返ろうとし、さらには最後の王族としてアリシア様を差し出そうと画策しているものと思われます」


 私の情報筋って、闇の情報屋かな?

 冗談はさておき、それってつまり……


「お、私は生贄ということですね」


 クレアは頷く。


「悔しいですが、現状はそういう状況なのです。ですから、アリシア様には特に気をつけていただかなくてはなりません。特にリカルドという人物が怪しい動きをしています。彼を中心に警戒するようにとお伝えしておきます」

「……そうですか」


 相変わらず俺の状況がハードすぎる件について。

 この状況でチートの一つ二つ分かってれば俺も俺TUEEEEムーブできるんだけどな。

 ともかくこの状況を何とかしない限りTUEEEEどころか完全にムーブ失敗した転生悪訳令嬢じゃないか。

 しかも追放とか生易しいものじゃなくて俺の首と胴が綺麗に離れてしまう最悪の展開。

 追放系令嬢のざまぁ展開でも死んで蘇って私幸せになりましたなんてゾンビ展開は見たことない。

 いやホント転生三日で昇天しましたとか笑えない。もしかして死んでから本番とか言わないよな?


「ええ、そういうわけですのでアリシア様が本日の昼間におっしゃっていた能力。楽しみにしております」


 ……この期待感。

 これ追放系令嬢のほうが絶対よかったんだが!!!

 誰か俺を今から追放系令嬢にしてくれ。男はいらないけど贅沢はできるパターンに転生したい。


「アリシア様はご冗談がお好きですから、今日はいろいろ試していましたが本当は能力がわかっているんですよね?」


 闇の情報屋くらいの超優秀侍女のクレアはいったいどこで俺(アリシア)に対してそこまでの信頼を寄せれるようになったんですかねぇぇぇ!?!?

 有能さで言ったら俺1でクレア1000くらいだよ!?

 どう頑張っても俺を信頼しすぎだろ!?


 と、現実逃避したところで変わりはしない。

 俺の残された道は、もはや俺の能力覚醒以外に道はない。

 大丈夫だ。俺は転生者。つまりTUEEEEの要素はすべてそろっている。

 ふ、何も気にすることはない。

 俺ならできる。やってやるぜ。

 なんだかできる気がしてきた。

 自分を鼓舞するって大事だな。

 よし、ここはひとつ厨二病ムーブでも決めてやるか。

 故アリシアにのっとってな。


「ふ、さすがクレアですね。闇の力を持つ私のことをよく理解している」

「もちろんですとも」


 うーん、これ受け入れられるんだ。

 アリシア、お前いったいどんなこと言ってたんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る