魔力:聖女

 ……まあ気を取り直そうじゃないか。

 あの邪神は俺のことを相当怒っていた。当然、俺の思惑通りの能力を与えるとは考えにくい。

 そう、これは既定路線。あくまでも、もしかしたら、もしかするとその可能性があるんじゃないかな~、試しやすいしな~、的なそういうことで魔法を試したんだ。

 つまりここからが本命というわけだ。


 俺は読めない本のページをめくりながら、頭の中でドット絵神から聞いた能力のリストを思い出した。そう、「幻惑の瞳」と「回復の手」だ。まずは「回復の手」を試してみるか。試しやすそうだしな。

 それにしても読めない本を読める風にめくるって結構苦痛だな。


「……わかりました。お、私にはやはり魔法の才能はないようです」


 周囲のモブと化していたメイドたちも俺に哀愁の目を寄せているように見えるんだが、気のせいじゃないよな。

 おい、やめろその目。

 俺の心が崩れちゃう。

 しかーし、その目もそこまでよ。俺の「回復の手」を見れば癒しの聖女(?)としての地位を確立し後方から安全地帯でバカンスを繰り広げつつ無限に戦える兵を魔王軍に送り出せるのだ。

 完璧な作戦。しかも唯一無二の能力だから国宝待遇間違いなし!

 来たぞ、俺のチーレムロード。


 俺はモブと化していた赤目の侍女の近くにあったナイフを持ってきてもらおうと声をかける。


「あの、メイドさん」


 するとみんなメイドさんなのでみんな「え?」って顔をする。作業をしていた数人のメイドたちが一斉にこちらを振り向き、困惑した表情を浮かべている。

 ……またやったか。なんて言おう。目をそむけたくなるような気まずい状況だが、自分で蒔いた種だし逃げる先もない。

 やるしかない。


「えっと、そこの赤目のメイドさん」


 いやだって、こういうしかないじゃん!?

 俺は内心で言い訳をしつつ、赤目の侍女に目を向けた。


「あの、アリシア様……? いつものようにリリィと呼んでくださいませんか」


 リリィと名乗った彼女は絶望の表情を浮かべ目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 ……ごめん。名前知らないからさ。目の前で女の子に泣かれそうになるという動揺を隠し、俺はなるべく優しく微笑んでみせた。


「……冗談だよ、リリィ。言いすぎちゃったね。ねぇ、リリィ。そこのナイフを取ってほしいな」


 リリィは一瞬ためらったが、俺の頼みを拒むことはできず、静かにナイフを手に取った。彼女がナイフを差し出す様子を見ながら、俺は心の中で計画を進めるべく思考を巡らせた。


「ありがとう、リリィ」

「いえ……しかしアリシア様、ナイフなんてどうするのですか?」

「こうするんだよ」


 そういうと、俺はナイフの刃先を慎重に指先に当て、チクリと刺した。

 瞬間的な痛みがじんわりと指先に広がり、血が滲み出てくるのを感じる。

 

「アリシア様!?」

「いったいなにを!?」


 リリィの声は驚きと心配のせいか目を見開き、クレアも驚愕の表情で駆け寄ってきた。周囲のメイドたちも一斉に動き出し、部屋は一気に騒然となった。みんなが俺のそばに集まり、まるで小さな嵐が起きたようにざわめきが広がる。

 その様子を見て、俺は満足げにほほ笑む。

 見ていたまえ、君たち。

 驚愕するのだ。

 俺が「回復の手」を使って聖女としてあがめられる……そして手始めに、この場のメイドさんたちを俺のチーレム要因にするのだ。

 ……まあ自分が女になってしまっているのはこの際おいておこう。

 ともかく女の子に囲まれるという男として欲望を満たせる……そしてちやほやされる能力を持つ。つまり国宝。そして魔王軍を一網打尽。

 ふっ、道筋は見えた。


 俺は血の出ている手に、出ていないほうの手を覆う。

 来てる、来てるぞ。

 よくあるテンプレ的光ったりして回復! という視覚的に効果がわかりやすい感じはないが、確かに指先に熱さを感じる。

 これは間違いない。治っているはずだ。

 俺の脳内はラスベガスのジャックポットである。


「皆さん、見ていてください。これがお、私の能力です」


 そういって手を放す。

 ……あれ?

 血が……垂れている。

 いや、違うよね。ほら、治すって時間を巻き戻すわけじゃないじゃん?

 は~、そういうとこだよね。わかるだろ?

 俺TUEEEEしているチート系の聖女ムーブしている人たちって一瞬で治るわけじゃん?

 でもあれって実際に治してるとき血も消えてたりするだろ?

 現実は違うわけ。だって血が消えてたらそれって治してるんじゃなくて時間を巻き戻してるってことだからな。

 俺は気を取り直してリリィにお願いをする。


「リリィ、そこの布を取ってください」

「は、はぁ……」


 布を受け取った俺は血をふき取ろうと指で布でこする。なんか少し痛いような……いや気のせいだよな。

 治ったって言ったって、ほら幻痛みたいなのもあるわけだろ。そういうのだよ、きっと。

 ……血、とまんなくね。

 布を取ってみると、うん。

 治ってないね、傷。

 オイイイィィィィ!

 どういうこと!

 さっきちょっと熱かったじゃん、っていうか今も熱い。って単純に痛いだけじゃねーか!

 見ろよ、ほら。

 周りのメイドさんも俺を痛い子みたいな感じで見てるじゃん!

 リリィに至っては、哀れな目だよ!

 クレアだけがうなずいてるのが逆に辛いんだが!?


「アリシア様……御父上が亡くなられて気負っているのはわかりますが……自傷行為はお控えください」


 リリィの優しさが心にしみる。

 純真すぎて辛い。俺の邪心に純真のナイフがグサリと刺さる。


「……はい、ごめんなさい」

「いいのですよ、アリシア様。辛かったらおっしゃってください」


 そう言いながらリリィは近くの棚から包帯と消毒液を取り出し、俺の指に丁寧に巻き始めた。

 彼女の手は優しく、それでいて確実に傷口を覆っていく。クレアも心配そうに見守りながら、静かに補助してくれた。

 その手つきから感じられるのはアリシアを思う優しさ。

 俺ではない、過去のアリシアが培ってきたリリィとの関係性だった。


「はい、これで大丈夫ですね」


 気づけば傷口はきれいに包帯で蒔かれていた。

 きつすぎず、緩すぎない。リリィの優しさだった。


「……ありがとう……ございます……」


 その気遣いに俺はつい敬語で答えてしまった。


「ございます? ふふ、アリシア様。殊勝ですね」


 俺ではないアリシアを見ながら優しい目をしてリリィは続ける。


「アリシア様、私はたとえ世界中がアリシア様を敵に回したとしても私はあなたの味方ですから」

「アリシア様、私もですよ」


 クレアが続けて、その先はどのメイドも同じように「私もですよ」と続ける。

 アリシアは確かに厨二病だったのかもしれない。しかしこの信頼は俺ではない彼女が確かに作ってきたものだった。リリィの優しい目とクレアの真摯な表情こそが、過去のアリシアがこの世界でどれだけ大切にされていたのかを痛感する。

 それを俺はチーレム要因として数えていたなんて……後悔の念が過る、と同時に邪念もよぎった。

 しかし待てよ、逆に考えるんだ。

 これは既にチーはないけどレムはあるのではないか。

 前のアリシアが築いた土台の上に乗っかる形にはなるが、レムはある。これで俺が女でなければ完璧だったのだが。


 と、リリィは俺の心情を全く図らずに続ける。


「ですから、アリシア様。私たちは何があっても、どんな時もアリシア様の味方です。それを忘れないでくださいね」


 その一言が心に沁みた。リリィの純粋な思いやりが、俺の心の奥底まで届いていた。

 まさに劇薬であった。

 こんな風に言われては浄化されてしまう。

 チーレムってなんだ?

 俺は汚れていたのか、馬糞である。ドット絵神父と同じレベルのクズさだ。


 そんな自己嫌悪に浸っていると、ふとお腹が鳴った。ぐう、と響く音に、俺は一瞬何が起きたのかわからず、驚いてしまった。リリィとクレアが優しい笑みを浮かべる。そういえば、まだまともに食事をとっていなかったな。


「アリシア様、本日はいろいろありました。少し休まれてはいかがですか? お食事の準備を整えてまいりますよ」


 とクレアが優しく声をかけてくれた。

 確かにそうか。腹が減ってるから自己嫌悪に浸ったんだな。

 チーレムは男の夢、これを語って自己嫌悪とは俺らしくもない。

 これは腹が減ってるせいに違いない。


「そうだな、食事にしよう」


 そういうとクレアとリリィを含めた侍女たちがあわただしく準備を始めるのだった。

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