女王:魔力

 クレアに先導され、俺は会議室を後にした。廊下を歩きながら、部屋の装飾や外の景色に目をやる。この城は豪華絢爛で、まるでおとぎ話の中にいるような気分だ。

 一時はどうなることかと思ったがやはり俺TUEEEEのご都合主義には変わりないに決まってる。

 転生初日にしては、なかなか面白い展開じゃないか。


 部屋に戻ると、重い扉が静かに閉じられ、外界の喧騒が遠ざかった。豪華な調度品に囲まれたこの部屋も、今はただの異国の地に過ぎない。俺はベッドに腰を下ろし、思わず笑みを浮かべた。

 だって仕方ないだろう。ここから俺のチーレムサクセスストーリーが始まると思うと真顔になろうったってなれないもんだ。


 と、そんな俺のニヤニヤした笑みが嫌だったのかわからないがクレアが真面目一辺倒の顔ですぐに俺の側に来たかと思うと、だらしなく顔をゆがませてから深く頭を下げた。


「アリシア様、本当に素晴らしかったです! 貴族たちを一瞬で黙らせるその堂々とした態度、まさに聡明で完璧なアリシア様のお姿でした! いつものアリシア様に戻られたのですね……!」


 え?

 いつものアリシアってあんな感じだったの?

 戻った感じあった?

 しかしこれは乗っておけば間違いない。そう、俺は空気を読める男。


「ふ、まあね」

「ああ、まさに昔おっしゃっていた『私はこの国を守るために生まれた、異世界からの選ばれし者だ』と言っていたころが懐かしいです。まさに私はあのころの聡明なアリシア様を見ていたようです」


 ……あの、本当にそんなこと言ってたの?

 現状はあながち間違いではないんだけど……というかクレアさん? それのどこに聡明さがあるんですかね。

 俺は冷静沈着聡明そうなクレアのイメージが、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じるんだが。


「そして、覚えていますか? アリシア様が『この手に宿る力が、闇を払い、この国を救う』とおっしゃっていたときのことを」


 クレアが夢見るような目で話すのを見て、俺は内心で頭を抱えた。前のアリシアはどれだけ厨二病だったんだ。

 いや待て、もしかしたら本当に手に宿る力があったりして……


「あ、うん。そ、そうだね。そんなことも言ってたね。というかお……私ってそんな力あったっけ……?」

「え? 私が知る限りのアリシア様は王族に生まれながら魔法も使えず、血統能力も存在しない無能力でしたが」


 ……元のアリシアさんもことごとく無能すぎじゃないですかね。ちょっと期待してたんだけど……今めっちゃ不安になってるよ、俺。

 でも、と恍惚とした表情でクレアが続ける。


「私は知っていますよ」


 なにをだ。


「アリシア様はいつも仰っておりました『来るべき時に私の能力は開花し異次元より世界を救う光で私を塗り替えるであろう』と」


 おいいいいいい!

 そのせいで本当のアリシアさん消えてんじゃねーかあああああ!

 どういうこと!?!?

 しかもその光って俺なんだけど!?

 俺、太陽光浴びないと光れない頭皮してたけどさ!?!?

 ひどくないそれ!?

 異世界からディスられてた!?


「ですからアリシア様」

「……はい」

「ついに能力に開花されたのですね!」

「……はい」


 たぶんそういうことだと思います。

 っていうか待って、その理論だと……やばいんじゃないか。

 ドット絵神父神が言ってたチート能力……もしかして……あれ頼りだったんじゃね……?

 まてまてまて、そんなこと言ってほら、そんなわけないよね?

 俺は心の中で祈ってみる。


(――あの……神父様? ちゃんと俺の能力あるよね……?)


 ……何も返事がない。ただの屍のようだ。

 そうだよね、そんなご都合主義ないよね。

 バーカバーカ! 期待してねーよ、クソ邪神め!

 俺は深いため息をつき、状況整理に向き合う決意を新たにした。


 まず俺の能力。

 確かに邪神からチート能力はもらってはいない……ということになっているが、なにブラフさ。

 冷静に考えれば邪神だろうが何だろうが神は神だ。

 そして神が俺を転生させたということは何かを成し遂げて欲しいということ。

 つまり故アリシアの厨二病発現通り、俺は何か能力を持っているのだ。そのはずなのだ。

 そう……例えば俺が選んだ無限の魔力とか。

 よーし、ならばまずは魔法! そう魔法を使ってみればよいのだ。

 部屋を見渡し、魔法の書物が置いてありそうな棚……はないので、俺はクレアに向き直り、軽く咳払いをして話しかけた。


「ところでクレア……さん……?」


 クレアはすぐに反応し、興奮気味に答えた。


「さん、だなんて! いつものようにクレアとお呼びください、アリシア様!」


 大丈夫かな。失敗したみたいだけど気づいてない。興奮しすぎでは。

 俺は一瞬戸惑いながらも、気を取り直して続けた。


「えーっとじゃあその、クレア」

「なんでしょう、アリシア様!?」


 クレアが期待に満ちた目で近づいてくる。その顔があまりにも近くて少し圧倒される。

 あといいにおいがする。これが女の子の香り……いやそうじゃない。


「その……目覚めた力を試してみたいから魔法を使ってみようかな~とか……魔法の書物とかあるのかな~とか……」

「魔法……ですか」


 とたんに怪訝な顔をするクレア。今まで信仰心豊かな表情だったのに不安が噴火しそう。

 うーん……変なことを言っただろうか。いや、いたって普通である。何しろ新しい力に目覚めたのだから、魔法使ってみたいっていうのも自然だよね。

 え、自然だよね。

 なんかめっちゃ見てくるんだけど。

 みないで、消えちゃう!


「……アリシア様。アリシア様には魔力がないように見えます」


 ……え、魔力って見れるの!?


 俺は驚いて目を見開いたままクレアを見つめ返す。クレアの目は真剣で、まるで俺の内側を見透かそうとするかのようだ。女の子に見つめられる機会が少なかった俺の心臓はドキドキと高鳴るのを感じながら、俺は冷静を装って微笑んだ。


「そ、そう……見えるんだね。でも、試してみる価値はあるよね?」


 クレアは一瞬考え込み、そして深く頷いた。


「確かにそうですね。さすがアリシア様! 試してみましょう」


 俺は軽く息をついて、気を取り直した。


「ありがとう、クレア。じゃあ、まずは魔法の書物を借りてもいいかな」


 クレアは笑顔で頷き、俺を案内するために動き始めた。俺は彼女の後を追いながら、心の中で祈り続けた。

 頼むぞ。何か使える魔法が見つかってくれ……!

 じゃないと俺の計画は破綻する。


「こちらです」


 クレアが大切そうに棚から取り出した魔法の書物を手渡してくる。俺は緊張しながら書物を受け取り、ページをめくる。

 ……うん。なに書いてあるかわかんねー。

 おいいいいい!

 チートォォォォ!!

 なんでだよぉぉぉぉ!!

 普通、異世界転生したら文字読めるよね? もはやデフォだよね!?

 チートの基本じゃん、『ざじずぜぞ』だよ。

 ザ・ワー〇ド、自動翻訳、ずぇんたい強化全体強化、全知全能、属性操作。

 その自動翻訳がないとかおかしくない!?

 なんで読めないの!?

 すごく不安になってきたぞ。これ本当にチート一切なしなんじゃないか……?


 ……いや、決めつけはよくない。魔法はきっと使える。使ってみればわかるはず。

 でも読めないって言ったらまずいよね……まずいかな?

 ……もしかしたら魔法文字は特殊で、とかよくあるよね。

 よし、それだ。かけるぞ。


「えっと、そのクレア……お、私は今まで魔法勉強してなかったからあんまりこの手の字はわかんないかな~と……か……」


 怪訝な顔になるクレア。


「何をおっしゃっているのですかアリシア様。これは公用語ですよ? ほら、火をともせ、と書いてあるではありませんか。御冗談がうまいですね、アリシア様は」

「……は、はははは。お、私のことクレアはわかってるね……!」

「もちろんでございます、アリシア様!」


 ……終わった。

 終わってんだけど!?

 字読めないじゃん!!!

 で、でもほら、火をともせって言えばいいわけだろ。これで魔力があるかどうかはわかるはずだ。


「えー、ごほん。火をともせ」


 ……はい。

 クレア、そんな悲しげな眼で見ないで。


「アリシア様、自分を見失わないでください」


 とどめなんですけど、それ。

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