王女:女王
クレアと冷徹執事に促されるまま廊下を歩いている際に、少し窓の外を見た。
俺のいた日本人が騒々しそうな、西洋風の城下町というのがぴったりの景色がそこには広がっていた。
しかしそれ以上に目を引いたのは俺の今の容姿だった。窓ガラスに映る程度なのでそこまで鮮明には見えなかったが、金色の髪と赤みがかった目を持つ美しい少女を連想させるには難しくない。年の頃は16歳前後のように見える。信じられない思いで歩きながら自分の姿を見つめるのだった。
――これが……今の俺?
繊細な顔立ちと細身の体型。まるでおとぎ話の中の姫君のようだ。
こんな姿で、しかも話を聞く限りそう遠くない過去に父を亡くしている。そんな少女に会議に出ろとは、この国の状況はいったいどうなっているのか。
転生してハッピーライフ、というような良い状況ではないことくらい、状況があまり理解できていない俺でもわかる。
おそらく当事者にいるのだ。嫌な汗が背を伝うのがわかった。
「アリシア様、こちらです」
クレアの声に促されて、俺は会議室へと足を進めた。扉が開かれると、中にはすでに多くの貴族たちが集まっていた。彼らは何かを言い争っているようだったが、俺の姿を見た瞬間、ぴたりと話が止んだ。
「王女アリシア様、ご到着です」
冷徹執事が厳かに宣言すると、貴族たちは一斉に頭を下げた。しかし、その敬意の中には冷たい計算が見え隠れしていた。
「アリシア様、まずは王の戦死についてご報告申し上げます」
一人の貴族が静かに口を開いた。彼の冷静な口調には一抹の悲しみが含まれているように感じた。
だが、これはおそらくみんな知っているのだろう。ざわざわと、知っていることをわざわざ大層に、などとざわめきが聞こえてくる。
「そうですか……」
俺はなるべく悲しげに声を出した。
王が死んだ。
つまり16歳の少女であったアリシアの父だ。でも今の俺にとっては知らない人でしかない。動揺をしろと言われても無理なものだ。
しかしその死因は穏やかではない。
何しろ戦死なのだ。
今のこの国はどこかと戦争しているってことだよな……?
それにしても次はだれが王になるのか、まさか……俺とかないよな……はは。
特に取り柄のない中年だった俺が王だなんて言われても何もできないぞ。
「そうですか、ではありませんよ。アリシア様! 貴女の父であるフェルディナンド様が亡くなった……意味はお分かりですね?」
「えーっと……?」
やり取りをしている貴族は明らかに侮蔑した目で俺を見ながら、これ見よがしに盛大にため息をついた。
あの、みんな俺のこと軽く扱いすぎじゃね?
話を聞く限り王女だと思うんですけど?
アリシアってどんだけ人望なかったの?
「一人娘である貴女が王位を継承……つまりこの時よりアリシア女王陛下です」
――王って絶倫じゃないんだな。
そんなくだらない言葉が俺の頭をよぎった。
いや、そうじゃない。
女王って何をすれば良いんだ。わからん。いや16歳の娘が女王ってありなのか?
周りを見渡せば20名程の30~50歳くらいのおじさんたちがたくさんいるんだが、普通はほら後ろだて的なそういうのってあったりするじゃん?
……あるよね……ないの?
「そして……」
別の貴族が陰鬱な続けた。
ちょっと待ってほしい。
そんな俺の心の声とは裏腹に話が続いていく。
「我々は今、人類最後の砦、レイヴンウッドを守っています。しかし、四面楚歌の状況で、魔王軍の手はすぐそこまで迫っております」
その言葉に、会議室の空気が一層重くなった。貴族たちの顔には焦りと不安が浮かんでいる。
そして俺の顔には絶望と焦りがきっと浮かんでる。
やばくない?
「ちょ、ま……」
俺の小さな声は、別の貴族が声を上げたことでかき消された。
気のせいかもしれない。一瞬、言葉を引き継いだ貴族の目が俺を見下げたような気がしたのだ。
「この状況を打開するためには……アリシア様、貴女に王でいていただくことが必要です。皆が一つにまとまり、この危機を乗り越えるためには、貴女の存在が欠かせません」
そういうと、言葉を継いだ貴族はニコリと俺に笑いかけた。彼の表情は優しげだが、先ほどの見下げたような目がどうにも気のせいとは思えない。
そんな俺を見つめる貴族とは裏腹に、会議室はざわめきに包まれた。俺が見る限り貴族たちは表面的には微笑を浮かべているが、やはり不安はぬぐえないのだろう。言葉の端々に不安と焦りが漂っている。
と、周囲の状況を冷静にばかり見ていられる俺ではない。
そもそも少し待ってほしい。16歳の少女で人類最後の砦といわれる城下町の女王を普通は任せるか……?
それに、あの貴族たちの表情にはどこか冷たい計算が見え隠れしている気がするが、俺の勘繰りすぎだろうか……?
クレアの言っていた言葉も気になる。彼女は何かを知っているのかもしれない。クレアの言葉から推察すると貴族たちは俺を陥れようとしている……?
だが、ここで反論する余地もなければ、時間もない。現状の俺には拒否権がないのだ。
元来流されやすい性格である。そう簡単に性格というのは変わらない。
だから俺は答えるしかなかった。
期待の目。いや違うかもしれない。俺の観察眼が優れていないだけかもしれない。けれどもその目を向けられて俺は目を背けることができなかった。
「……わかりました……」
小さく答えた。
ああ、ハードモードすぎる。
異世界転生と言ったらハーレムでご都合主義のチート俺TUEEEEしてハッピーライフじゃないのか?
ハーレムを作ろうにもモノがない。四面楚歌の国でいきなり何もわからず王女。
いや、待てよ。
もしかしてこれが俺TUEEEEの舞台、つまりここからチート能力が発現……そういうことか!?
そうだよな?
そうに決まってる。わざわざあのドット絵神は転生までさせたのだ。当然、俺に何かをやってほしくて転生させたに決まってる。
つまりチート能力はなしだ! と言いつつチート能力の説明をしないだけで俺にチート能力を備え付けているはずだ。
勝った。これはそういう俺を引き立てる舞台。
そういうことだったのか。すべてつながった。真実はいつも一つ。
俺は深く息を吸い込んだ。アリシアとして、この世界で生き抜くためには、強くならなければならないのだ。チートとして。
「俺に……任せろ!」
その言葉に、貴族たちはざわめいた。
「……俺……?」
「気が狂ったか……?」
「しかし……そのほうが都合がよいのではないか」
一人の貴族が小声で囁く。その囁きは部屋全体に広がり、他の貴族たちも不安げな目で俺を見つめた。彼らの視線には疑念と恐れ、そしてほんの少しの期待が入り混じっている。
……あー、間違えた。慌てて訂正しなければならないことに気づいた俺は、咳払いをしてからもう一度口を開いた。
「……私にお任せください」
その言葉に、貴族たちは再びざわめきを抑えることができなかった。彼らの表情は疑念と不安が入り混じっている。クレアがすかさず前に出て、厳しい目で貴族たちを見回した。
しかしざわめきは収まらない。
「本当に彼女に任せて大丈夫なのか?」
「若い王女が果たして……」
囁き声が広がり、貴族たちの間で不安が募る。クレアが俺の側に立ち、低い声で静かに語りかけた。
「アリシア様、混乱されているのはわかります。ですが今は冷静さを保ちましょう」
「え、あ、うん」
そういいながらも冷静さを保てていないのはクレアのほうではないか?
明らかに悔しそうに下唇を噛んでいるのだから、俺でなくても気づいちゃうね。
なんだかこんな美人のメイドさんに思ってもらえるのは嬉しいな。お姉さん、後でいいことしよ?
……という冗談はおいて置き、この後は俺のチート能力が発現しちゃったりして?
今のこの状況はすぐ打破できちゃったりして?
だから大船に乗った気持ちでいてほしいね。気にするなよ、そんなつもりでポン、と俺より背の高いクレアの肩にポンと手を置いた。
あ、セクハラかな? なんて思った諸君。俺は今、同性だ、フハハハハハ。
「クレア、とりあえずこれ終わっていいのかな?」
ざわめきが収まらない場内を見つつ、俺はクレアに声をかける。クレアは一瞬考え込み、周囲の様子を見渡してから、冷静に口を開いた。
「ええ……ともかくこの場は終わりましょう。アリシア様を王女の座につく。彼らにはこれで十分なはずです」
クレアの目には決意と不安が入り混じっているように見えた。
心配しなくていいんだって。まだ何かはわからないけど俺にはチート能力が備わってるからね。
俺はその視線を受けて、少し微笑んでから言葉を紡ぐ。
「そう? じゃあ行こっか」
クレアは一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに頷いて答えた。
「え? ええ。こちらです」
そういうとクレアは俺を先導して外に出ようとした。その背中には、頼もしさと同時に、どこか不安も感じられた。
「アリシア女王陛下? もうご退席ですか?」
と、そこで俺に一瞬見下してきたかのような目をした貴族が声をかけてくる。彼の声にはわずかに皮肉が混じっているように感じられた。
ふ、お前はハメようとしているつもりかもしれないが俺には通じないぜ。
俺は振り返り、わざとらしくニコリと笑って答えた。
「そうですね。お……わたしが女王になってこの国を救う。それで文句はないはずですが?」
貴族たちは一瞬言葉を失ったように見えたが、次の瞬間にはざわめきが広がった。彼らの表情には驚きと戸惑いが入り混じっている。互いに顔を見合わせ、何かを囁き合う様子が見て取れた。
「……バカな」
「この状況で何を……」
「やはり気が狂ったか……」
内心で笑いながら、その混乱を楽しむかのように見守った。どうせ、その混乱もすぐに無意味になるのだからな。
と、そういえばこいつの名前聞いておいてもいいな。
先ほどから俺にどうにも突っかかってくる。俺が平定した暁には一番にお前をどうにかしてやろうではないか。
「ところで、あなた名前は?」
「……ふ。私の名など知っておくに値していなかった……ということですか……」
何を言っているんだ。
今から知ってやるって言ってんのに。
「バルデス家当主、リカルド・デ・バルデスと申します。女王陛下」
「覚えておきましょう」
わざとらしくニコリと笑って踵を返す。そこでクレアが小さな声で俺に話しかけてきた。
「……アリシア様、よいのでしょうか……?」
「クレア、言わせておけばいいんですよ。それにリカルド。彼は覚えました」
クレアは一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻して答えた。
「……わかりました」
そういってクレアは俺を先導しその場を後にするのだった。
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