転生:王女

「……ア様……シア様……アリシア様!」


 女性の声で目を覚ますと、そこには知らない天井があった。

 状況が飲み込めず、ぼんやりしたまま、周りをみわたす。

 豪華ごうかな部屋の中で、数人の侍女が心配そうに見つめている。


「あの……大丈夫ですか?」


 金髪、鼻が高い、赤い目——日本じゃまずお目にかかれない。

 そう……か。

 あの胡散臭い神父(自称神)が「異世界転生させる」と言っていたことを。まさか本当に……と思いつつ、赤目の侍女が再び声をかけてきた。


「アリシア様……?」


 アリシア様ってなんだよ。

 なんで俺に声かけてんの?

 オレ、アリシア、シラナイ。


「あの! アリシア様!」


 赤目の侍女が俺を強く揺さぶる。

 あの、寝起きに強く揺さぶらないんで欲しいんだが。

 それにアリシアってだれなんだよ。


「な、なんだよ!? 揺さぶらないでくれ」

「あ、も、申し訳ありません……。その……大丈夫ですか? 急に倒れられて……それに、様子がおかしいようですが……」


 倒れた?

 俺が?

 うーん……そういえばなんか引っかかるんだよな。

 アリシア……アリシア……

 ……そういえばあのクソ神父はなんて言ってたっけ。


(――生まれ変わるのだ)


 違う、そのあとだった気が――


(――お前はアリシアという名の女として生まれ変わるのだ)


 ……俺だ。

 いや、俺かよ!

 まてまて、ということは……俺は自分の体を見下ろすと、そこには慎ましやかにも小さく膨らみのある双丘が目の前に鎮座していた。恐る恐る手を伸ばし、その柔らかな感触に触れる。

 ハ、ハハハ……胸があるんだが!?!?

 クソ、まさか自分の胸を揉み下す日が来るとは思ってもなかった。


 というか触った腕も陶器で出来てるのか? ってくらい細くて繊細。うーん、にわかには信じられん。

 足はよく見えないが、もしかして今着てるのってドレスか?

 なんかレースや刺繍が施されて、やたらと豪華なんだが。

 しかもそれが、自分の身にぴったりとフィットしていて余計に違和感を感じる。

 俺が腕をふれば裾が床に広がり、動くたびに柔らかい布が揺れている。


「あの、アリシア様……? 本当に大丈夫でしょうか?」


 ……いきなり自分の体をまさぐったのはまずかったのかもしれない。

 明らかに怪訝な表情をしてるな……


「え、えーっと、その……だ、大丈夫だよ?」


 少しだけニコッと作り笑いをして見せる。

 この言葉遣いであってるのか?


 まてまて、というかアリシアの記憶とか俺にないのか?

 ほら、ご都合主義的な深く考えると体が覚えてるんだ、みたいなのはよくある話だろ。


 ――私は、突然思い出したのです。

 そう、前世の記憶が――みたいな冒頭、あれだよ。

 俺が求めてるのは、そういうことなんだよ。


 ……うん、深く考えてみたけどないな。

 ゼロ。

 まったくない。

 無。

 なにこれ?

 俺のご都合主義は出家でもしたのか?


 だが待て、出家は早いぞ。ご都合主義。

 発想を転換してみようじゃないか。

 例えば俺が憑依した瞬間、アリシア=俺とか。周囲がいい感じに合わせてくれるチート的なご都合主義。


 そういうことだろ?

 次の言葉は「良かったです!」って感じかな。

 さぁ、俺の欲しい言葉よ出てこい。


「やはり様子がおかしいようですね」


 違う、そうじゃない!

 心の中で俺は盛大に頭を抱えた。

 そんな俺の希望を正面から叩き壊した声の主が赤みがかった目をした女性の後ろから現れる。

 俺のご都合主義が坊主になってるんだが?


「ショックだったのでしょう。あの聡明なアリシア様がこんなにも……」


 おい、こんなにもってなんだよ。いきなり中身を否定するようなことを言うんじゃない。

 どういうこと?

 今のたった数分のやり取りと二言くらいしか話していない言動で何がわかるの?


「だ、大丈夫だと言ってるでしょ? 少し混乱してただけだから……」


 まあ絶賛どうすりゃいいんだって混乱してるんだけどな。


 例えばほら、バレたらまずいのかな? とか?

 いや、待て。

 むしろなんでバレたらまずいんだ?


「やはり、御父上が亡くなったことがショックなのですね……!」


 そういって目の前の真面目侍女ちゃんが俺のことをそっと包み込む。

 えーっと……?

 これってどういう状況なんだろう。

 いい加減、誰か説明して、ほんと。


 その瞬間、部屋の扉が再び開かれ、年配の従者が現れた。彼は深く頭を下げ、尊敬の意を込めた声で話し始めた。


「アリシア様、会議が始まっております。お越しいただけませんか」


 それを聞いた真面目侍女ちゃんが反論する。


「待ちなさい。アリシア様はまだ動揺から立ち直っていないのよ? 王である御父上が亡くなったばかりのこの子に……」

「しかし……クレア様。あなた様も分かっておられるでしょう……王である御父上が亡くなった結果、アリシア様が王女であると、彼らも止まらず」

「保身に走った貴族どもめ」


 真面目そうな眼鏡をかけた侍女はクレアというらしい。

 そのクレアから発せられた言葉は静かだったが、その一言には強烈な怒りと悲しみが込められていた。俺はその光景を見ながら、胸の中で、この子の胸気持ちいいと思ってた。


 いや違うだろ。

 王様が亡くなった……?

 で、俺の親が王。つまり俺、王女!?

 まてまて、そもそも亡くなったって穏やかではない雰囲気しか感じないのだが。

 こういうハードコアな展開は、ご都合主義が出家から帰って来てからにしてくれませんかね。

 あの駄神は本当にもうちょっと転生者っぽく、俺TUEEEEE的な感じで人生送らせてくれないんですかね。

 あ、俺がさんざん悪口言ったからか? そっすか、あいつ絶対許さん。


「クレア様、状況が状況です。私も苦しいことは理解しておりますが……ご協力を」

「……わかりました」


 クレアは一瞬だけ目を閉じ、深い息をついた後、俺に向かって深く頭を下げた。

 その目には心からの苦悩と決意が映し出されている。

 いや、その目、俺がしたいんだけど。


「アリシア様……お苦しいところ大変申し訳ございませんが、会議へご案内します」


 待って、声震えてない……?

 マジで行きたくないんだけど。

 でもさすがに断るのって……まずいかな?

 まずいよな。

 状況もよくわかってないし、とりあえず乗るしかないか。


「わかった」


 周辺の侍女たちも不安そうな表情してるんだが。

 でも聞いてほしい。

 一番不安なのは……俺なんだよな。


 そう思いつつ俺はクレアに差し出された手を取ってベッドから降りるのだった。 

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