第8話 おんぶをねだる少女

 俺の高校は体育祭が九月にあり、祝日のスポーツの日に行われる。なので、一学期にはほとんど行事がなく、あるのは中間試験と期末試験だけだ。


「一学期ってとことんつまんないよな」


 雄二はため息をつきながら、弁当のハンバーグを口に持っていく。

 俺たちはいつも教室だが、同じく教室で昼食を食べるものもいれば、中庭や運動場の日陰で食べる人もいる。

 さらに、大きく頑丈な柵が設置されているが、昼食時には屋上が解放されそこでお弁当を食べられるようになっている。先代の生徒会のおかげだな。


「まぁ、あんまり仲を深める前に行事してもな......」


「何とかしてよ書記えもん~!!」


「くっつくな、ブロッコリー突っ込むぞ」


 横に座っていた雄二が頬をすりすりして来るので、こいつの苦手なブロッコリーを突っ込んで黙らせる。当の本人は「突っ込んでくる前に言えよ~」と不服そうな表情をしながらもぐもぐしている。


「仲がよろしいのですね?」


「まぁな。妹さんに言われたくないけどね」


 いつもは雄二が俺の正面に座るのだが、少し前から何故か暖翔さんが俺の正面に座っている。

 理由は俺らと一緒にいると、他の男性から昼食の誘いを受けなくなるから、だそうだ。美少女ってやっぱ怖い。


「妹って言っても、やはり泉菜さんにはかなわないですね~」


「ははっそうだな。泉菜ちゃんは綾鷹大好き妹だからな」


と同じくらいですか?」


「おっふ、ばっか、だ~れがうまいこと言えと!!なんで俺が綾鷹大好きみたいになってんだよ!!」


「「ははははははは!!」」


「お前ら仲良くない?」


 さすがに、陽キャよりの雄二とはいえ、出会ってから一日目で仲が良すぎる。もはや、こいつと暖翔さんが妹って言った方がみんな信じるかもしれない。


「いやいや、俺なんか全然だぞ。暖翔さんがコミュ力高いだけで」


「そんな、蘇我さんが話しやすいんですよ」


 なんだろう、この寝取られた感。いや別に付き合ってなんかないんだからそんなことないんだが、なんかなぁ......。


 でもまぁ、妹が親友と仲良くしてくれているのは、兄としてしっかりと見守るべきだろう。


「ごちそうさま。じゃ、俺生徒会室に用事あるから」


「あ、木戸さん。私も生徒会室の場所知りたいので行ってもいいですか?」


「ちぇ~、俺はお留守番かよ」


 雄二はつまらなさそうに口をとがらせるが、弁当のおかずを口に入れて俺たちを見送ってくれた。




「失礼しま~す」


「木戸先輩か、入っていいよ」


 俺は生徒会室の扉をコンコンとノックしてから入る。

 毎月28日には生徒会の会議が行われる。形式的には俺も生徒会員なので参加させてもらっている。

 基本的に話すことは、今月の学校内での問題の共有や、来月の生徒会業務の詳細などの確認がほとんどだ。体育祭や文化祭などの行事があるときは誰がどういう仕事をするかなどを決定する。


「......その後ろのお客さんは?」


「あ、昨日転校させて頂きました神沢暖翔と言います。今回は生徒会室の場所を確認したいと思い参りました」


「あ、そんな身構えなくて大丈夫ですよ」


「ありがとうございます。では......」


 そう改まった挨拶をすると、暖翔さんは生徒会室を後にした。

 礼儀が正しいのはいいことかもしれないが、もう少し楽にしてもいいのかなと思う。雄二と話すときみたいに。


「彼女っすか?」


「いや~、そんなんじゃないけどね」


「ふ~ん。」


 生徒会の庶務、荒澤満穂がそう俺に尋ねる。


 生徒会メンバーは俺以外に五人いる。会長の甘田莉子、あまたりこ副会長の霧島愛莉好きりしまありす、会計の聖剣音ひじりけんと、庶務の花ヶ咲晴翔はながさきはると、外務の荒澤満穂あらさわまほだ。

 正直に言うと、俺は生徒会室にあまりお邪魔しない人間なので、会長の甘田さんと甘田さんと仲の良い霧島くらいしか交流がなく、残り三人とはほぼ話さない。

 なので、荒澤が俺に質問してきたのは俺にとって結構意外だった。


「では、全員そろったところで生徒会の定例会議を始めます」


 ■ ■ ■


「では、今月も集まってくれてありがとう。これで解散とする」


「終わった~!!剣音、外にサッカーしに行かね?」


「いいが、次の授業遅刻しないようにしろよ」


「莉子ちゃん!!またねぇぇ!!」


 定例会議が終わると、ぞろぞろと生徒会メンバーが帰っていく。放課後だったら、生徒会メンバーでファミレスに行って夕食を取ったりするのだが、今は昼休みなので、それぞれがそれぞれの場所へ帰っていく。


「甘田さん、手伝うよ」


 今回の会議の資料をまとめている甘田さんに声をかける。

 今回の会議は今月の反省と夏休みについて話し合った。甘田さんが整理しているのは夏休み中の部活の日程の書類であり、結構量が多く忙しそうだ。


「ありがとう。助かる」


「いえいえ。今日は霧島教室に帰るんですね」


「ああ見えても霧島先輩はクラスで人気ものだ。教室でトランプでもするんじゃないか?」


 霧島は甘田さんの事となると変態に化けるが、正直顔も結構可愛いし、性格も良く面白いので、一応二年生の中では人気ものなのだ。


 各クラスに一つずつトランプが配布されているので、運動場に遊びに行かない人や事情があって運動場に行けない人が主に使用する。

 一つというのが肝で、女子も男子も使いたいとき、一緒にやることになるので生徒からは男女の良い交流の場になると結構人気の遊びである。


 そんなことを考えながら甘田さんの方を見ると、少し顔が赤くなっている。

 というか、俺が生徒会室に来た時からすでにそんな感じだった気がする。


「今日なんかいつもより甘田さん顔赤くないですか?」


「ぶふぅ!!ソ、ソンナコトナイヨ?」


「わかりやす」


「......わるい?」


 書類に目を落とし、もじもじしながらそう答える。これはまぁお可愛いことで。


「いや、甘田さんも恋する可愛らしい女の子なんだなって」


「好きな人くらい誰でもいるでしょ」


 そういうものなのか?まぁ確かに高校生活という青春真っただ中で恋愛をしないのはもったいないのかもしれない。


「顔が赤いって言っただけで好きな人とは言ってないよ?」


「うっ......はぁ。これだから木戸先輩なんだよ」


 甘田さんはため息をついてそうこぼす。

 俺のこと自体を悪口みたいに言うのやめて頂けませんかね?


 俺は早めに書類をまとめ上げて恋バナを開始したが、どれだけ聞いても肝心の好きな人は言ってくれなかった。


 ■ ■ ■


「綾鷹くん、一緒に帰りませんか?」


「え」


 授業が一通り終わると、暖翔さんが俺に尋ねて来る。まぁ尋ねて来るって言っても席となりだけど。

 今日は普通に雄二がサッカー部の活動があるので、今ちょうど一人で帰ろうとしていたところだ。


「それいろいろとまずくないか?関係ばれたら面倒だし」


「仲良くしすぎたので、もう手遅れだと思います。関係について聞かれたら、昔会っていたと言っておいたので兄妹なのはバレてないと思いますが」


 転校して数日たつと暖翔さんは仲良くなったクラスメイトの女子と話すようになった。でも、俺と雄二と話すこともある。


 そのせいか、クラス、学年にまでわたって俺と暖翔さん派閥と雄二と暖翔さん派閥に分かれているとか。今のところは雄二派閥が有力らしい。


「じゃ、じゃあ帰るか」


 早めに帰れば、生徒たちの目も少ないだろうし、まぁいいだろうという結論になった。


 しかし、隣に立つのは絶品の美少女。この状況で何も意識しないやつは男ではなく。それに、義妹とは結婚できますからね?とかも言われたんだから意識しないわけない。

 三者面談が終わり、皆部活があるので、下校の道で知り合いとばったりというのはないと信じたい。


 俺と暖翔さんはあんまり目立たないように校門を出るとそのまま家へと向かった。 



「あ、足つりました」


「冷静過ぎない?」


 家までちょうど半分くらいのところで暖翔さんが冷静にそう声を上げる。どうやら足をつってしまったようだ。

 俺はあまりにも痛がる様子もないので不思議に思うが、多分本当なのだろう。


「日々の運動不足が原因ですね。はい、綾鷹くんおんぶしてください」


「なんで!?!?」


 急に意味不明で問題発言をしてくる。

 確かに周りに人はいるが、同級生は見当たらないし、さらには女性の緊急時を無視するのもやはり男ではないので、おんぶをするべきなのか。


 最近一緒に過ごして来て気づいたことがある。それは暖翔さんは清楚状態と痴女状態があるということだ。

 何言ってんだと思っただろう、俺も何言ってんだって思ってる。

 つまりは、暖翔さんはいつもは清楚な女性だが、俺と二人きりだったりするとたまに痴女になるのだ。今もその状態なのだろう。


「そうですよね、私見た目から重いですもんね......」


「そのスタイルで何を言うんだ」


「では......」


 了承もしていないが、暖翔さんは俺のバックを持ち、後ろに回る。

 俺はまぁいっか、と暖翔さんを背中に乗せた。


 正直この年で異性をおんぶなんて普通しないので、妙な恥ずかしさを感じる。

 それ以上に、暖翔さんのそれが俺の背中に著しく主張してくるので、そこに意識が行ってしまう。


「重くないですか?」


「それは全然大丈夫だよ、それは......」


?」


 それというのは、いわゆるアレだ。胸だ。


「汗掻いてますね、拭いてあげます」


「あ、ありがとう......」


 俺の頬に垂れる汗を暖翔さんは自分のハンカチで拭いてくれる。

 ふふっと微笑みかける暖翔さんの横顔が太陽に照らされきれいに輝く。


「やっぱり暑いですね。しかも密着した状態なので」


「じゃあ、自分で歩いてくれませんかね?」


「お姫様抱っこということですか?」


「歩きって知ってます?」


「はい、わかりません」


 はいって言ったのにわからないらしい。




「夏祭り楽しみですね......」


「まぁそうだな」


 少し間を空けて暖翔さんがおんぶされたままそう言う。 


 暖翔さんはつい数日前まで病院で入院していたんだ。それに親もいない。

 なにか深刻な理由があるだろうが、それに俺が何かいうつもりはない。

 余計なお世話かもしれないが、俺は兄として残酷で寂しい人生を歩んできた暖翔さんに、精一杯高校生らしい青春を送ってほしい。


「他にも海とか行きたいです!!旅行とかも......」


「父さんに頼んでみるか」


 楽しそうにこれからできるであろう思い出を想像している暖翔さんにそう提案する。


「......!!っはい!!」


 二人はご近所の人たちが周りで暖かい目で見ているのを気づかずに帰っていくのでした。

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