TeaCASE

飯島英作

プロローグ

 誰だって、ある日家に帰ってきて知らない郵便物が届いていると不審に思う。そして中身を開けたらそれが殺害予告だったなんていうことは、普通あり得ない。ましてその受取主が、高校に入学して間もない女の子ならなおさらだ。

 けれど実際、わたしの一人暮らししているアパートに届いていたのは紛れもない殺害予告だった。指示に従わなければわたしは殺される。指示に従えば、わたしの従兄が殺されることになる。そんな地獄のような手紙。

 あれから数か月経った今でもあの時の衝撃はまざまざと思い出される。──よく晴れた夏の夕方、学校からアパートに帰宅し郵便受けを開けて、おやと思った。封筒が入っていたのだ。

 親戚からだろうか?友人とは携帯電話で連絡は取れるから、郵便でわざわざやり取りする相手はいない。思わず首を傾げたのは、窓のついていないその手のひらサイズの封筒にはわたしの住所と名前だけが記載されてあって、送り主の情報が何も書かれていないことが不思議だったからだ。もちろん中の手紙に書いてあるかもしれないから、中身を開けるまでは特に気に留めなかった。

「一体誰から……」

 部屋に入って明かりを点けてから封筒を開けた。中にはタイプされた文字の並ぶ印刷紙が一枚と、地図が折り込んで入っていた。 文に目を通し始めたその瞬間、背筋がゾクッと震えた。目を見開き、じっと最初の一行目を凝視するけれど、なにも変化はなく、不気味な羅列は鎮座していた。

 冒頭は次の一文で始まっていた。


 ──指示に従え。さもなければ殺す。


 わたしは荷物をドサッと床に落とし、暗い部屋で呆然とした。差出人の心当たり?そんなものはない。けれど突然訪れた恐怖は、わたしを金縛りにして離さなかった。

 わずかに震える手で紙を掴み、続きを読んだ。


 ──紫冬菜。君にやってもらいたいことはごく簡単だ。次に出す指示にしたがってくれればいいのだ。従わなければ殺すとは、最初に書いておいた。誰かに相談するのも許さない。

 君の知る人物の中に、小岩井湊という男がいるはずだ。奴は今探偵などという職業をやっているが、私はぜひとも奴をこの世から抹消したいと考えている。そこで君を使う。

 小岩井に会いたいと言って、アポをとれ。久しぶりに顔が見たくなったとでも言えばよかろう。日は七月十三日の日曜日、時間は午後七時。場所はお茶の水のスカイニュービル二階の喫茶店だ。きっと奴は来る。そしてその後、家まで送り届けてもらうという体で、同封してある地図の道順に従って奴を連れ歩け。奴の住居は近いから徒歩で来る。車で来る心配はない。

 そこまでしたら十分だ。あとは成り行きに任せておけ。くれぐれも、奴本人や警察に助けを求めるようなことはしないように。われわれが君の住所を特定し、今日訪問したばかりだということを忘れるな。

 明後日も、ビルでの君たちは常に監視されている。下手な行動は取らない方が良い。当日は制服で来い。見分けやすいからな。


 六畳一間にひとりぼっち。

 だれも、わたしに説明をくれる人はいなかった。

 地図を見てみると、スカイニュービルから出ていって夜は人通りの少ない道へ入っていくルートが赤いインクでなぞられている。きっとここで彼を殺すんだ。私の目の前で。もしかしたらわたしも……。

 気づけば夜の十時をとうに過ぎていた。わたしはなんとか携帯電話を手に取り、メールの履歴を開いた。湊くんと出てくる。メッセージを打ち込み、もうどうしようもないと深い絶望感に見舞われながら、送信ボタンを押したのは十一時だった。つとめて冷静な文を書いたつもりだった。けれど、頭はずっと別のことを考えていた──。 

 明後日の日曜日。わたしにできることは、彼に会ってその場で一緒に逃げ出すことだけ──だけどきっと追いかけられる。それなら、一体どうすれば──。

 営業時間外だと思っていたのに、送信してから十分後に了承の返事が来た。わたしは布団に倒れ込んだ。 


 七月十一日 午後十一時一分

 「こんばんは、夜遅くにごめんなさい。今度、久しぶりにお話したいんだけどいいかな?今週の土曜日午後七時頃、スカイニュービル二階の喫茶『ハスキーベイ』で会いたい。よかったら来てほしい。」


 七月十一日 午後十一時十五分

 「ひさしぶり。今週日曜日、スカイニュービルの件、了解したよ。それじゃ、ご指定いただいた時間にまた。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る