第28話 王妃様自身も行ってみたかったんじゃないかな?

 ステージでは、咲織さおりちゃんとそのサックスの女の人がステージの奥のほうを向いたところだった。その見ている先にはとっても大きい弦楽器を持った女の人がいて、二人と目を合わせている。

 咲織ちゃんはちらっとその向こうのドラムの人のほうも見て、サックスの人とも息を合わせ、た、たん、たんとピアノを弾いて音を止めた。

 音がなくなる。

 いや、その大きい弦楽器が、ぶんぶんと低い音を立てる音だけが残る。

 太った女の人が、右手を激しく動かしながら、その弦楽器の弦を指で弾いている。

 この楽器、なんて言ったかな?

 いや、この曲、なんていう曲だった?

 なんか、英語がずらずらずらっと並ぶ、なんかそんな題名だったけど。

 「ねえ、知佳未ちかみ

 スカートのプリーツを右と左でぎゅっと握りしめて、へれんが言う。

 へれんもそのステージの様子を見ていた。

 ソーセージではなくて、ステージの。

 前のほうで、最初は隣どうしで何かしゃべっていた詩織しおりちゃんとたねも、いまはその咲織ちゃんのステージにじっと集中しているようだ。

 「あのさ」

 「うん?」

 へれんの声は張り詰めていて、わたしはふっとへれんの顔に目をやった。

 へれんはやっぱりステージにじっと目を向けている。

 「そのギリシャ神話のヘレンってさ」

 「うん」

 ギリシャ人の祖先の男の人ではない。あのスパルタの王妃のヘレンだ。

 「なんでそのトロイアって国に行っちゃったのかな?」

 「それはさ」

 自分で説明しておいて、忘れたのかな?

 「誘拐された、っていうのか、連れて行かれたんでしょ?」

 へれんはそう言っていたはず。

 うん。そう言ってたはずだ。

 へれんは軽く目を閉じる。

 「もしかして、さ」

 のどを詰まらせかけたような声で、へれんがつづける。

 「その王妃様自身も行ってみたかったんじゃないかな? その、トロイアってところに」

 「へえっ?」

 そんなことは考えもしなかった。

 だからへれんの横顔をじっと見る。

 どきっとした。目を細くして、じっとキラキラのステージを見ているんだけど。

 笑ってるんじゃない。

 泣きそう……。

 なんで?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る