第27話 ごめんね

 「よくわかったねー」

 座ってすぐ、わたしがへれんに言った。

 「ああ、ステージの下ってこと?」

 ここでへれんが「何が?」とか言わなくてよかったと思った。どうしてそう思ったかはわからない。

 「うん」

 「やっぱりソーセージの下ってへんだったもん」

 へれんは舞台のほうを見たまま説明する。

 サックスの女の人はますます熱をこめて吹いていて、咲織さおりちゃんはそのサックスのひとの様子をじっと見ながらピアノの鍵盤を押し続けている。

 「ソーセージの屋台に、だったら、せめてソーセージを売ってるところ、とか、ソーセージのところ、とかでしょ? 下、っていうのにはならないよ。だから、何か聞き間違えてるに違いないと思ってたんだ」

 「うん」

 それはわたしも思った。

 いや、どうかな?

 へんだとは思った。でも、聞き間違いだってこと、少しでも考えたっけ?

 「それで、詩織しおりちゃんがこのいまの曲をうちで聞いた、って言ったから。咲織ちゃん、音楽得意じゃない? だったら、これだって。この曲をうちで練習してたんだって」

 「うーん」

 わたしは、へれんの顔も咲織ちゃんのいるステージも見ないで、下のほうを向いて言う。

 そのへれんの目はステージの明かりを反射して輝いてるかな?

 わからない。

 「へれんはさ」

 短く言う。

 へれんが身動きしたのはわかったけれど、わたしはへれんの顔を見上げなかった。

 そのままつづける。

 「あの、馬淵まぶちさん、だっけ? おじいさんの知り合いの女の人と話してて、それでもそこまで考えてたのに、わたしは何も考えつかなかった」

 「ああ」

 へれんがためらった。

 目を伏せているので、へれんのスカートのところが見える。

 へれんは右と左の手でスカートのプリーツをつまむと、そこで指をくしぐさをした。

 そうだ。

 へれんは緊張したときにこんなことをする。小さいときからのくせだ。

 ふっ、と、小さく息をついてから、へれんはぽつっと言った。

 「ごめんね」

 「何が?」

 言って、わたしはさっと身を起こした。

 わざとじゃなかった。気がついたときには、そうやって背を伸ばしてへれんを見ていた。

 座ると、背の差があんまり気にならない。

 「知佳未ちかみといっしょに咲織ちゃん捜ししてたのに、一人だけ、おじいちゃんのところの研究室の人と話し込んじゃって」

 「うん……」

 どう言えばいいのだろう?

 さっきまで、それがいちばん言いたかった。へれん、こんなところでそんな話をしてる時間はないんだよ、って。

 いまはどうだろう?

 それに、さっきだって、ほんとうにそう言いたかったのかな?

 へれんの顔を見返すのには抵抗があった。

 それでステージに目をやる。

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