第25話 ……すご……い……

 はいっ?

 何がソーセージじゃなくって……?

 「だから、ステージの下に椅子用意して待ってる、って」

 「あーっ!」

 わたしが声を立てたのは、へれんの謎解きに感心したからではない。

 いや。

 謎なんかどうでもよくなった。

 ステージの音がまっすぐに体に飛び込んで来た。ちょうど屋台の角を過ぎてステージが見えるところだった。

 空は暗くて、ステージの上はライトで照らされてほかのところよりずっと明るく、そこだけ昼間みたいだ。そのなかでももっと明るいスポットライトっていうのが筋になってあたっている。

 左端のほうで、スポットライトを浴びて、立ったまま、体ぜんぶを揺らしながらそのピアノというのを弾いている。

 学校の音楽室にあるのとは違う、ずいぶん小さくて薄い楽器だけれど、でも音はピアノなのだし、ピアノなのだろう。

 いまは、薄い色に小さい模様の入ったシャツに、ベージュっていうのか、茶色っぽい色のパンツスーツを着ている。

 そして、長い素直な茶色っぽい髪を、後ろでしばって垂らしていて、それが体の動きにつれて、体の動きとはちょっとずれながら、軽やかに動く。

 たしかに大人っぽいけど、そのピアノを弾く横顔には詩織しおりちゃんとよく似た感じがあった。

 客席からざあっと拍手が起こる。

 といっても、お客さんは、ステージの前の二‐三列に、まばらにしか座っていない。あとは、こっちのほうで、ビールを飲みながら串に刺した焼き鳥っていうのを食べてるおじさんたち三人組がぱちぱちと拍手していた。

 でも、義理とかではなかった。

 みんな、ステージの上を見て、ステージのほうに両手を伸ばして拍手している。

 いや、このおじさんだけでない。屋台のこっちのほうで何か食べたり、何か買おうとしていたりする人たちの半分くらいが、じーっとステージの上を見ていた。

 そんなに弾いてだいじょうぶ、っていうくらい、速い速さでピアノを弾く。だいたいピアノっていうあの楽器がそんな速さで音を出せるってことに驚く。

 音はすごい勢いで上がったり下がったりを繰り返している。でもでたらめを弾いていたのではないらしい。

 そのまま、さっき詩織ちゃんが、ふん、ふん、ふん、ふん、とハミングしたとおりのメロディーに戻った。ひとしきり弾いたところで、ピアノから手を放し、笑顔で下を見渡す。

 「ピアノ、城崎じょうさき咲織さおりっ!」

 ステージのまんなかにいた、そのサックスというのを手に持った女の人が紹介する。

 拍手が湧いた。今度の拍手のほうがさっきより大きい。

 咲織ちゃんは、笑顔で、ピアノの前でお辞儀をする。お辞儀をしてすぐにまたピアノのほうを向き、演奏に戻る。

 もう客席は見ていない。

 屋台とかのところにいたらしい何組かのお客さんが、さささっとステージの前に出て、そこの椅子に座る。

 お客さんが増えた。

 「しおちゃんのお姉さん……すご……い……」

 放心した、って言うのかな。たねちゃんがぼーっと見て、言った。

 咲織ちゃんはそのまま伴奏に戻っている。

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