第20話 野見先生のところのへれんちゃんでしょ?

 「フランクフルトとは決まってないんじゃない? 途中に、ビールとかといっしょにソーセージを売ってるっていう屋台があったよ」

 へれんは口を結んだまま首をかしげている。

 そのまま、うん、うんとうなずいた。

 口を開かないのは、あの凍らせ焼きりんごがまだ口の中に入っているからだろう。

 味わって食べているのだ。

 わたしとおんなじように。

 あの黒と赤と明るい黄色のひらひらが出た屋台の場所は覚えている。わたしがへれんよりちょっと前に出て、あと三人を連れて歩く。

 さっきのフランクフルトの屋台を通り過ぎ、鮎とかヤマメとかの屋台を通り過ぎる。その黒と赤と明るい黄色の屋台にいたお客さんが、ビールの入った透明なコップを持って離れたところだ。

 白いシャツに、赤のラインで縁取りをした黒いベストを着て、髪には白い三角巾みたいなのを着けたお姉さんが「ありがとうございました」と歯切れのいい声をかけている。わりと小柄で、お化粧はしてるんだろうけど顔の色が白くて、元気なひとだ。

 こういう姿の女の人を見ると、やっぱりセーラー服を着てる自分たちってもっさりしてて、まだ子どもなんだな、と思ってしまう。

 「あの」

 やっぱりへれんが先に声をかける。そのヨーロッパ風の服のお姉さんがこっちを見て、ぱっと笑った。

 「あっ、へれんちゃん!」

 はい?

 へれんのほうはきょとんとしている。

 声をかけたお姉さん、澄ましているとヨーロッパ風美人なのだが、口を開けて話すといきなり親しみやすく一般人っぽくなる。歳もそんなに上ではないみたいだ。

 わたしたちはそのままそのビールとか謎の黒いビールとかの屋台の前まで来て、その女の人を扇形に囲む。

 屋台にはほかにも同じ服装の女の人がいる。

 ということは、これも制服か。

 なんか安心する。

 そのヨーロッパ風制服の一般人っぽいおねえさんが話しかける。

 「野見のみ先生のところのへれんちゃんでしょ? 久しぶり、って、覚えてないかな?」

 「ああ、はい」

 へれんはおねえさんの正面にいるけど、相手が思い出せないらしく、きょとん、としたままだ。

 さっきの凍らせ焼きりんごで湿ったのか、手を制服のスカートのプリーツのところでいている。

 王妃様お行儀が悪い。

 いや。

 へれんは緊張したときにこんなことをする。小さいときからのくせだ。

 「去年のお正月に、ドイツ語ドイツ文学研究室のみんなで野見先生のお祝いに行ったじゃない。傘寿さんじゅの」

 サンジュって何?

 それってドイツ語?

 「えっとあの……」

 へれんが、両手でスカートのプリーツをつまんだまま、動きを止める。

 「内丸うちまる先生がいらしたときですか?」

 「そう! わたしもいっしょに行ったの。覚えてない?」

 「あ、いや……」

 王妃様、けっこう追い詰められている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る