第19話 でも、来年の夏って

 たね詩織しおりがフランクフルトをにかじりついたのを見て、へれんはわたしに言った。

 「知らないって。ここの屋台では」

 その咲織さおりちゃんが詩織ちゃんに用意した椅子、というのを。

 「うん」

 それだけきくために、フランクフルトを二本も買ったのか。

 う、うむ……。

 王妃様は、カネ使いが荒い、というのではないけど、平気でおカネを使う。

 「さ、わたしたちも食べながら行こう。けちゃうから」

 へれんがわたしに言った。凍らせ焼きりんごの袋を開いている。

 いまは詩織ちゃんのお姉さんを捜すほうが先だろ? こんなの食べてていいのかな。

 そう思ったけど、その詩織ちゃんもたね子ちゃんも、へれんにもらったフランクフルトをかじりながらついてくる。二人で顔を合わせて、笑ったりしてる。だから、まあいいんだろうと思って、わたしも袋をぱふっと開けて凍らせ焼きりんごを端からかじった。

 もう融けかけていて、いちばん外側は湿ってぐじゃっとなっていたけど、そこを通り越してなかまで噛むとしゃりしゃりっと柔らかい氷の歯触りがある。冷たくて気もちいい。

 小学校のときのもこんなのだった。給食のご飯を食べているうちにこれぐらいは融けてしまうのだ。

 この小学生たちはいまもこの凍らせ焼きりんごを給食で食べているのかな?

 きいてもいいけど、やめておく。

 フランクフルトをかじりながら、詩織はときどき心細そうな顔をする。ときどきその様子をたね子がうかがっている。

 次は最初にベーコンの四角いかたまりを買ったところだった。またへれんが話をしに行く。

 屋台のおばさんに話しかけると、おばさんはテントで仕切ってある屋台の奥のほうに話しかけた。灰色の髪を短く刈ったおじさんが、箸におそばを引っかけたまま出てくる。白い紙の器に入っているおそばはどこか別の屋台で買ったものらしい。その灰色の髪のおじさんがまた奥に話しかける。今度は若い男の人が出て来た。その人にへれんが足を浮かせながら話しかけている。でも屋台の人たちは三人で顔を見合わせて首を振る。

 今度は何も買わないで戻って来た。

 「やっぱりここもわかんないって」

 まだフランクフルトを半分ほど残した詩織とたね子は、うん、とうなずいて顔を伏せる。でも、がっかりしているというより、そう言われて明るい顔をしているとへんだと思われるから顔を伏せた、という感じだ。

 暗い気もちになる必要なんかないんだ。

 最後には、このお祭り広場の「本部」というところに行って、「城崎じょうさき詩織さんという小学生のお子さんが迷子になっています」と呼び出しをしてもらう、という方法がある。WiSワイエスにはわたしの学校のクラスのグループがあるから、そこで咲織ちゃんのアドレスを調べてメッセージを送ってもいい。この子たちがスマホを持ってなくても、へれんもわたしも持ってる。

 「うん、っと」

 へれんが言う。

 「あといくつあるかな、ソーセージ売ってるところって」

 言って、いま話しに行っているあいだ食べてなかった凍らせ焼きりんごを口のところに持っていく。

 ぱさっとんで割って、もぐもぐもぐ。

 わたしも同じように食べる。後ろからは二人の小学生がフランクフルトを少しずつ食べながらついてくる。

 また来たほうへ戻って行く。

 わたしのほうが凍らせ焼きりんごを先に食べ終わった。

 せっかく小学校のとき以来だったのに、ほかのことをしながら、歩きながら食べたりしたくなかった。

 でも、その機会をじゃましたたね子と詩織が悪いなんて言うつもりもない。

 でも、これ、こんどいつめぐり会えるかな?

 そして、それをへれんといっしょに食べるなんて……。

 来年、夏祭りに来ればまた売っているだろう。

 でも、来年の夏って……。

 「あのさ」

 その考えを続けたくなくて、わたしが言った。

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