第13話 りんご飴とか食べない?

 手が脂のおかげでねちょねちょしている。

 スカートのポケットからウェットティッシュを取り出してく。

 へれんが戻って来たのでへれんにも

「はい」

とウェットティッシュを渡した。

 「わーありがとう!」

 ウェットティッシュごときでそんなに感心しなくてもよさそうだ。でも、手のねちょねちょはやっぱり気もち悪かったのだろう。

 絶世の美女で、王妃様で、スパルタで、でもあのびしびし鍛えるスパルタではなくて。

 神話の王妃様。

 それが、ちょんっと紙の先をつまんでウェットティッシュを取り出して、わたしに返してくれる。

 そういうしぐさが、王妃様らしくて神々こうごうしいというのか。

 いや。

 どこから見ても、普通の中学生の女の子だ。

 でも、たしかに、へれんの指って、白くて、気品がある……。

 二人でウェットティッシュを使ったので、また捨てに行くゴミができた。王妃様を二度も行かせるわけにもいかないので、わたしが行って捨ててくる。

 立って待っているへれんの白い制服が、夜の暗さのなかで引き立って見える。

 まあ、わたしもおんなじのを着ているのだけど。

 ゴミ箱は会場の端のところにあった。このまま行くと、屋台のところを抜けて、あのステージの前に出る。

 ステージからはいまは何も聞こえてこない。

 もうすこしへれんと歩いていたい。

 「あっち行こうか」

 ゴミ箱から戻って来た流れでわたしが言う。

 「うん」

と言ってへれんもいっしょに歩き出す。

 ステージとは逆の方向だ。さっきの屋台の列の隣の列を、来たほうへと戻る。

 ちょっと行くと別のフランクフルトの屋台があった。今度はベーコンはないみたいだけど、肉のものはいま食べたので通り過ぎる。鮎の塩焼きとか、ヤマメとか。ヤマメなんかなんか山奥の魚ってことだけど、どこで取れるんだろう? きっと、どこかの山のなかの川で、なんだろうな。ここ自然が豊かだし。まあ田舎なんだけど。でも肉の次に魚というのもどうかなと思って通り過ぎる。ビール、黒ビール、ソーセージ各種、ポテトと書いた屋台もある。屋台の屋根に黒と赤と明るい黄色のひらひらがついていて、ヨーロッパのお嬢さんっぽい服装の女の人たちが大きい透明のコップに入れたビールを運んでいる。中学生だからビールとかは飲んではいけないので通り過ぎる。射的……やってみるかなぁ。でも、いまやってる小学生ぐらいの子の後ろにまだ並んでる人がいるし、賞品もなんかよくわからないけどわたしたちが欲しがるようなものではなさそうだ。かま焼きピザ……窯焼きナンのカレー……? なんで窯焼きが続くの? いやどっちにしても太る。うん、太る。

 「ね?」

 屋台に目移りしていたわたしにへれんが声をかける。

 「りんごあめとか食べない?」

 「うんっ!」

 二つ返事っ!

 さすが王妃様だ。わたし自身が気づいてなかったわたしの願望を一発で引き出してくれた!

 口のなかの脂っぽいのをどかしてくれる、なんかそういうのを求めていたんだ。

 にこっと笑ってへれんを見る。そのへれんの向こうに、「りんごあめ」と書いた屋台が出ている。

 ああ、なんだ。わたしは左側の屋台を見て、そっちにはカロリー高めのとかビールとか射的とか魚とかが並んでいて、へれんは当然その反対側を見ていた。それでりんご飴が目に入った、というわけか。

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