第10話 女の子だと最後にEがつくの?
「で、その講習の先生さ」
もぐもぐとベーコンを食べ終わったへれんが言う。
「日本語だけじゃなくて、英語の百科事典とかも見せてくれて」
笑う。
いや、その……英語の百科事典って……。
読んだんだ、へれん。
それでへれんとのあいだの溝が広がったかというと、すごすぎて広がりもしない。
すごすぎるへれんが続ける。
「だいたい綴りが違うんだよね。ギリシャ人って意味のヘレンはH、E、L、L、E、Nでさ、王妃様のほうはH、E、L、E、N、Eでさ。王妃様のほうの最後のEは女の子だからついてるEってだけだけど、ギリシャ人のほうがLが一個多いんだよね」
「はあ」
女の子だと最後にEがつくの?
わたしは
もしかしてCHIKAMIじゃなくてCHIKAMIEって書いたほうがいいのかな?
ちかみー。
ちかみぃ?
……何それ?
「でさ」
わたしの迷いには気づきもせず、へれんは続ける。
「そのLが多いほうのヘレンっていうのは、ゼウスっていう偉い神様に逆らって人間に火を伝えたっていうプロメテウスって神様の孫で、男の人で、ギリシャ人はその子孫だって」
もう、どう反応していいか、わからない。
「けっきょく、おじいちゃんのギリシャ趣味って、古いんだよね」
へれんは串をもらったときの紙で串の脂をすっと拭く。きれいに畳んでなかに串をはさんで持つ。
わたしは、さっき
一口では食べきれなかった。
「でもさ」
わたしが一口では食べきれなかったベーコンを
冷めてきて、脂がぼとぼと落ちるようではなくなった。でも、冷めても赤身のぱさっとした歯触りや口の中触りが心地いい。肉食べてるな、って感じがする。
「それって、その講習の先生がまちがってる、っていうのはないの? だって、おじいちゃんって、専門の学者さんで、わたしたちが生まれるちょっと前まで大学の先生だったんでしょ?」
「ドイツ文学の、ね」
へれんが笑って見せる。余裕なのか、それとも寂しさを隠しているのかはわからない。
「だから、ギリシャ語も読めるんだけど、ギリシャについて知ってることは趣味なんだよね。知識っていうよりは。だから、時代遅れになってるんだよ」
「うん……」
へれんがそう言う以上、そうなんだろう?
いや、そうなのか?
へれんが必要以上に自信をなくしているだけじゃないのかな?
言ってみようとする。でも、言う前に、わたしも串を横に向けて残ったベーコンをずずずっとすべらせ、口に入れる。
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