第7話 へれんがあえて言う

 へれんからおカネをもらった屋台のおばさんは、その串に刺さった巨大なものを二本抜き取ると、焼き網の上でしばらくあぶってからへれんに渡している。

 串の根もとには紙をつけてくれた。それも、ティッシュより分厚い紙を、何枚かまとめて。

 わたしは屋台まで行かないで待っていたので、へれんがその二本の串を持って、小走りで戻って来た。

 「はい」

とわたしに串を紙にくるんだまま渡してくれる。

 「あ、いくら?」

 「二百五十円だけど、あとで精算しよっ」

 精算、ってことは、あとまだ何か食べるのか。

 それはそうだな。

 「気をつけて。ベーコンの脂が垂れるとなかなか取れないよ」

 それで、その赤くていまも表面から小さい泡を吹き出している四角いものがベーコンのかたまりだと気づく。それが串にどーんと刺さっているのだ。

 ううう……。

 すっごく、おいしそう。

 でも、太りそうだ。

 へれんが先にがぶっとかじる。

 こんな、かたまりみたいなベーコン、いや、ベーコンのかたまりそのものにかぶりつくなんてワイルド、と思って見ていると、脂身と赤身の境を咬んで、つるつるつるとはがして、その赤身の薄い層を口に送り込んでいる。

 器用だ。

 唇の内側が向こうの屋台の照明でつやつやに輝く。

 まねしてみる。

 ところが、わたしのベーコンキューブは上の赤身の部分が分厚い。同じように赤身の部分だけ歯で引っぱって取ろうとすると、唇に入りきらないほどのかたまりになった。

 がぶっとかじって引きちぎる。脂が唇から垂れて、あごまで垂れる。あわてて左手の甲でく。脂はこんどは甲から垂れて落ちた。

 足を止めて、何ごともなかったように、へれんの顔を見て笑う。

 へれんは、笑顔で鼻をふふんと鳴らすようにして、左手を自分の制服のポケットに突っ込んだ。もぞもぞもぞと手先を動かす。ポケットからティッシュが何枚かまとめて取り出す。

 ポケットの中で、ティッシュの袋から紙だけ取り出したらしい。

 やっぱり手先が器用だ。あきれるくらいに。

 「はい」

 へれんは左手でわたしにそのティッシュを差し出した。

 わたしが脂を垂らしたのをしっかり見ていた。それをごまかすために笑って見せたのだけど、ごまかされなかった。

 それで左手であごのところを拭く。

 右手はその脂の垂れる危険な大ベーコンを持っているのでティッシュは持てないから、左手は拭けない。左手は口でなめて脂をなめ取る。

 へれんは笑った。

 しようのない子だと思ったのか、それともさっき笑いかけたのにこたえたのかはわからない。

 「あえて言っとくけど」

と、へれんがあえて言う。

 「制服のおなかのまんなかに脂のしみがついてるよ」

 「うへっ?」

 反射的に目を下げて自分のおなかを見る。

 たしかにへれんの言うとおりだ。

 空はもう暗いけれど、お祭り広場の照明でも、おなかのまん中に色の変わったところがあるのがわかる。一センチ以上の縦長の楕円みたいだ。

 へれんにもらったティッシュでそこを拭こうとすると、へれんが

「ああ、いまこすったらかえって取れにくくなるからだめ。そのままにしとくのがきちだよ」

と言う。

 吉だというのだから、逆らわないことにする。

 それで、また、へへんと笑って見せて、がぶっとベーコンをかじる。

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