第6話 食べてみる?
「何か食べよっか」
へれんがいつもの声で言う。
へれんの声は、潤いがあるというのか、体のいろんなところで豊かに響いてから出て来たんだな、と感じる声だ。
さっきまで、この声を出していなかった。
コンビニの表で会ったときは何か遠慮しているようなくぐもった声だった、「えい!」とわたしの写真を撮ったときもその遠慮は取れていなかった。
いつもの声に戻った。だからわたしも遠慮せずに言い返す。いつもどおりに。
「また太るよ」
「そんなの
へれんの返事に二人で笑う。
毎年と同じやりとりだ。
「それに、おなかすいたし、ねえ」
へれんが前に顔を上げて、わたしを見ないで言う。
講習。
わたしとへれんのうち、へれんだけが受けている、高校受験のための講習。
それって、おなかがすくものなのだろうか。
へれんが講習を受けていた時間、わたしは、昼前まで寝て、それからお母さんがつくっておいてくれた昼ご飯を食べ、それからは八百ページもある増刊号のマンガを読んだりまた寝転んだりを繰り返していた。へれんとは正反対のナマケモノ生活だ。
また溝が一センチぐらい広がった。
「そうだね!」
言って、また二人で笑う。広がった溝をその笑ったので埋めようとする。
わたしはおなかがすくようなことは何もしていない。
でも、おなかはすいている。
へれんはどうなのだろう?
何もがんばらずにマンガを読んでいるだけでおなかがすくのなら、がんばったへれんは想像ができないくらいおなかがすいているのだろうか。
フランクフルトと書いた屋台があったので何気なく目をやると、「ベーコンキューブ」と書いた札が出ていた。その「ベーコンキューブ」の札の後ろに、巨大なさいころのような四角いかたちの赤っぽいものが串に刺して並べてある。さらにその向こうでは豚汁とかも売っているらしい。
わたしはわたしよりちょっと背の高いへれんを振り向いてきく。
「ベーコンキューブって、何かな?」
「ああ」
へれんの声はいつもの豊かな声のままだ。
「食べてみる?」
いや、何かな、ときいたのであって、まだ食べることにはしていないけど。
でも、へれんは、ささっとその屋台に近づいて、さっさとおカネを払ってしまった。こういう行動の速いところもへれんらしい。
小学校のまん中ぐらいまでは逆だったんだけど、いまはへれんがわたしよりずっと行動的だ。
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