第5話 「大好き。わたしも…」

 「大きらい」とか打っていませんように、と祈る。

 そんなことをしたら、遊びのつもりでも、あとでケンカになったときにそのことを思い出したりすると、二人の仲がこじれてしまう。

 でも、「大好き」に「大好き」と返すのは芸がないと思って、「大きらい」とか。

 小学生なら、そういうのも大喜びでやりそうだ。

 その運命の文字が扇形に沿って少しずつ上がってきた。さっきより字数が多そうだ。それに字が複雑。

 「詩織わたしも大好き」

 で、ハートのマークが二つ……。

 ハートのマーク二つが、くっついたり離れたりで戯れている。さっきよりも動きが複雑だ。

 「詩織」は「しおり」だろうか。

 「あぁ」

 力が抜ける。そのままへれんのほうを振り向く。

 へれんもうつむきかけて、わたしのほうに顔を向けた。

 笑いそうになっている。二人とも。

 でも、ここで笑うと、「大好き」メッセージを交換している小学生の女子たちに悪い。こっちは中学校の制服を着ているので、後ろで笑って雰囲気をぶちこわしたのがどこの中学校の女子生徒かまでわかってしまう。

 だから、足早にその屋台の前を離れる。

 「え? こんなのどうやるの? ね、どうやるの?」

 もどかしそうにきいているのはあの小学生の一人らしい。

 もう振り向かない。声は遠くなっていく。

 「四角いお好み焼き」の屋台を通り過ぎ、ヨーヨーすくいの屋台を通り過ぎ、焼きトウモロコシの屋台を通り過ぎ、「七味」の屋台を通り過ぎて、やっと早足をやめる。

 わたしがくすんと喉を鳴らして言う。

 「大好き、だって……」

 わたしよりすこし背が高いへれんも肩をすくめて笑った。

 「大好き。わたしも……」

 それで、わたしとへれんは互いの顔を見て笑った。笑ったままで歩道に上がる。そのすぐ先がお祭り広場の入り口だ。

 何の遠慮もない歳下の女の子たちのメッセージ交換のおかげで、へれんとわたしは気まずくもならずにお祭り広場に入ることができた。

 ここまでの広場の外も混んでいたけれど、広場のなかはその何倍も混んでいた。

 わたしたちよりずっと小さい子、高校生らしいお兄さんお姉さんたち、もっと大人の若い人たちからおじいさんおばあさんまで、浴衣を着た人たちからトレパンとトレシャツの人たちまで、いろんな人がいる。

 お祭りの山車だしで何かの役を担当したのか、顔までまっ白に塗って、赤や緑で目や口の輪郭を強調するような線を塗って、派手な衣裳を着た人たちもいる。

 制服の子たちもけっこういる。それもいろんな学校の制服の子が入り交じっている。ふだんこの近くでは見かけない制服の子もいた。

 屋台が何列も並び、食べ物を焼いた煙が漂い、それが赤や緑や白や電球色や、色とりどりの照明に照らされている。屋台の呼び込みの声や、走り回る子どもたちの金切り声、たまにそういう子を叱るお母さんか何かの声、そんな声があちこちから聞こえて、一つに混じって流れて行く。

 遠くから音楽が聞こえてくる。

 なんかキンキンする、懐かしいのかエキゾチックなのかわからないような音で、昔の曲らしい音楽を奏でている。

 どこかできいた曲だなとは思うけど、思い出せない。

 この屋台の並んだところの向こうにステージがあって、そこでやっている演奏だ。ときどきぱらぱらと拍手の音も聞こえてくる。

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