第4話 「大好き」

 へれんの向こうの屋台は、扇風機みたいにくるくると速く回る羽根に赤い光の文字を映し出すおもちゃを売っていた。

 羽根が回っているので字がちらちらと瞬く。

 いまは「お祭り」「バンザイ!」「おめでとう!」という字を交互に映している。「お祭り」だったら「バンザイ」より「わっしょい」とかじゃないかな、と思うけど、まあ、屋台で売ってるおもちゃなんだから、細かいことは気にしない。

 へれんはいまわたしからの写真を受け取ったまま動かない。

 それでその屋台の前の浴衣の女の子たちが目に入る。

 屋台のそのおもちゃのほうを向いて、肩がくっつくくらいに身を寄せて、腰をかがめている。

 二人とも小学校高学年くらいらしい。

 一人は、白地にオレンジ色で三角とか円とか線とかの模様が入った浴衣を着て、同じオレンジ色の帯を締めている。つるんつるんした髪を潔くおかっぱにしている。

 もう一人は、紺の地に、ガラス風鈴とか花火とかの絵を染め抜いた柄の浴衣で、まっ赤な帯を締めている。この子は、ウェーブのかかった髪を後ろに流し、左右の髪は頭の左右で留めて、これも後ろに流している。

 二人は屋台のおじさんに教えられながら何かやっていた。

 わたしがその子たちのほうをじっと見ていると、へれんもその子たちに気がついたらしく、そちらを見た。

 わたしは、そのへれんの横顔を見て、また屋台と女の子たちのほうに目を向ける。

 「よし、できた!」

 一人が、小さい、高い、小学生らしい声で言って、顔を上げた。

 何が始まるのだろう?

 「おめでとう」の文字のあと、しばらく何の文字も出ない。

 女の子のうちオレンジ色の帯の子が首を傾げた。

 「あれぇ?」

 屋台のおじさんは得意そうに笑って見ている。すると、右の斜め下から赤い光の文字が現れて扇形に沿って少しずつ上がって行き、まんなかで止まった。

 「たね子大好き」。

 続いて、ハートのマークがせり上がってきて、左右に揺れる。

 「はい?」

 わたしの頭には「?」が浮かんで、同じように揺れる。

 「たね子って?」

 それに「大好き」って!

 ……何それ?

 「あっ!」

 紺地の浴衣に赤い帯の子が小さく叫ぶと、オレンジ色の帯の子をお尻をぶつけて押しのけるようにして場所を取った。オレンジ色の帯の子はちょっとだけ場所を譲る。

 おもちゃの前にキーボードかパッドか何かあって、そこから文字を入力するらしい。

 そのあいだも、「たね子大好き」の文字とハートは、消えては右斜め下からせり上がってきて、ちらちらと点滅している。

 この字が出ているかぎり、「たね子」という名は、そこを通りかかるみんなに見えてしまう。

 うわ、はずかしっ!

 それに、こういうのは「個人情報」とか言って、ここを通る悪い人に見られては、何かよくないのではないだろうか。

 「できたっ!」

 紺地の子がぱっとおもちゃの前を離れる。「大好き」の文字が消え、また次の文字が出てくるまでにすこし時間がかかる。

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