第2話 小さくいたずらっぽく言って、へれんは
わたしは空を見上げる。
空は、高いところに青い色が残っているだけで、もう暗い。
お祭りが始まる前の日にへれんが送ってくれた写真を思い出した。
「雲の写真とかありがとう」
「雲の写真?」
へれんは何のことかわからないらしい。でもたいしてとまどってもいない。
わたしが言う。
「ほら。送ってくれたじゃない? 夕方の空を、きれいでしょ、って。
「ああ」
へれんが笑って、あらためて言う。
「きれいだったでしょ?」
「うん」
「あ、でも、きれいに見えた?」
へれんがきく。いちどは「きれいだったでしょ?」と言って、わたしも「うん」と言っているのに。
そういう子だ。
「わたしはもとの空を見てるからきれいだって思うけど、写真で伝わった?」
「うん、きれいだった」
わたしはうなずいた。
「いや、わたしはもとの空を見ても、たいしてきれいだなんて思わないと思うよ。けど、へれんが写真でそれを切り取って送ってくれたから、そのきれいなのに気がついた、って感じで」
へれんは、その日、「きれいだよ」というメッセージつきで夕暮れ空の写真を送ってくれた。
晴れ空の下に雲がたなびいている夕暮れの写真だった。雲は、白いところ、きれいに朱色に染まったところ、その中間で黄色や金色になって、その金色が輝いているところ、そしてもう黒くなった雲と、いろんな色といろんなグラデーションがあり、空も、上のほうと、夕日が暮れたあとの地面に近いほうとで明るさが違っていて、やっぱりグラデーションになっていた。
その雲の写真をもらって、わたしが「いいね」をしたのが最新のメッセージのやり取りだ。
お祭りが始まってからはメッセージはやり取りしていない。
やり取りすると、「お祭りに行く?」、「いや講習だから」と、その話題に触れなければいけなかったから。
写真の話を続けようと思う。
「いや、へれんの写真って、ほんものよりもきれいじゃない? どうやって撮ったの?」
「いや、普通に、スマホでがちゃって」
そう言って、制服のシャツのポケットからスマホを取り出して、ぱっと空に向ける。普通にシャッターを切る。
すばやい。
でもへれんはスマホの画面をちょっと見ただけで言った。
「あ、やっぱだめか」
「うん?」
のぞき込む。わたしの右肩とへれんの左肩が触れ、夏制服の布地が擦れる。
くすぐったい。
その写真は、空に向けて撮ったのだが、屋台の上の電球が映り込んでいて、その電球が明るすぎて、空は真っ暗にしか映っていない。
ほんとはまだ水色や紺色が残っているのに。
でも、へれんが撮ると、真っ白な電球の列も、何か意味ありげに、どこかさみしく見える。
それを言おうとすると、わたしの制服のくすぐったさに弾かれたように、へれんが屋台のほうにすすっと遠ざかった。
屋台に何か見つけたのだろうか。
いや。
へれんは屋台を後ろにして、足を止めてスマホを顔の前に構えている。そっちを振り向くと、そのタイミングを見計らったように
「えいっ」
小さくいたずらっぽく言って、へれんはシャッターを押した。
へれんはその場に立ってスマホの画面で指を弾いたり画面を押したりしている。顔を伏せて、頭の後ろにきれいにポニーテールをなびかせて。
指の一つひとつの動作が思い切りがいい。
へれんの指って白くてスレンダーでいいな。
へれんは指までスタイルいいな。
いい、っていうより、ちゃんとスタイルになってるな、と思って見ていると、わたしのスマホが振動した。
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