5-7
それからライブまでの五日間はあっという間に過ぎていった。
毎日放課後は四人で集まって、夜遅くまで練習に明け暮れた。
帰ったあとも自宅で個人練習に勤しみ、夢中でギターを弾いていると気付けば外が明るくなっていた。重たい眼を擦りながら学校へ行き、授業はほとんど寝て過ごした。
曲は一からアレンジをやり直し、それぞれが意見を出し合いながらブラッシュアップしていった。京香と相談して歌詞も一部書き直し、彼女が歌いやすいように修正を加えていく。
演奏面についても、遠慮抜きで気になった点はどんどんと指摘し合う。特に京香の歌については、その魅力を引き出せるようにかなり細かいところまでこだわって調整を行った。葵の厳しい指導と私の漠然とした希望にも京香は必死に食らいついてくれて、おかげでみるみる彼女の歌はよくなっていった。
その中で京香のギターには驚かされた。以前からこっそり練習していたとのことのことだったが、ギター歴数か月とか思えないほどの上達ぶりで、その練習量が窺えた。これには流石の葵も納得したようで、彼女のギターを生かすようなアドバイスを与えていた。
そうしてライブの前日になって、ようやく演奏をいい形まで持っていくことができた。時間いっぱい最後の演奏を終えて、確かな実感を掴めたような気がした。少なくとも、これが今の私たちにできる最高の演奏であることは間違いなかった。
練習を終えた後、私は興奮が抑えらなくてすぐに帰る気にはなれず、すっかり暗くなった公園のベンチに座って京香と二人で夜風を浴びていた。周りの木々は葉を落として寂しい姿をしていて、少し肌寒い空気が冬の訪れを感じさせた。
住宅街のど真ん中にあるこの公園は誰もおらずしんと静まり返っていた。疎らに並ぶ丸い電灯がぼんやりと公園の輪郭を映している。目の前の池は水面が凍っているみたいに動かなくて、まるでこの場所だけ時が止まっているようだった。
「もう明日か……」
私はプラスチックのように硬くなって変色した左手の指先を見つめながら、感慨深い想いが口から洩れる。
「トイレで京香に会ったのが遠い昔みたい」
実際はほんの半年しか経っていないはずなのに、色々なことがありすぎてあのときの出来事を懐かしんでいる自分がいた。
「最初に比べたら、灯里もずいぶん可愛くなったよね」
きっと京香も同じように感じているのだろう。少し遠くに目を向けながら言う。
「あのときは私が会いに行くと、露骨にめんどくさそうな顔してたもんねー。だから逆にぐいぐい行ってやろうって思ったんだけど」
「え、そんなこと思ってたの? 一応顔には出さないようにしてたのに……」
「いや、バレバレだって。でもちょっとずつ受け入れてくれる感じが嬉しかったなー。人を寄せ付けない野良猫を手懐けていく、みたいな?」
「野良猫……」
「目つきが完全に人を信用してない野良猫だった」
「怖かったんだから仕方ないじゃん。こっちの目が潰れちゃいそうなくらい陽のオーラを纏ってたし、どんな思惑があって私に近付いてくるんだろうって警戒してたよ」
「思惑って……。そんなんだから、全然友達ができないんだよ」
「それを言われると、ぐうの音も出ない……」
お互いに笑い合いながら、思い出話に浸る。その何でもない時間がとても心地よかった。
「でもさ、私は京香と出会えて本当によかった」
これまでのことを振り返って、改めてそう感じた。
京香がいなければきっともう音楽をやっていなかったし、当然『水彩のよすが』を組むこともなかった。休日に友達に行くことも、夏休みにバイトをすることも、文化祭で演奏することもなかっただろう。もう戻れないと思うくらい誰かと喧嘩することもなかったし、こうやって本音をぶつけ合って仲直りすることだっってなかった。
あの日京香と出会って、京香が強引に引っ張ってくれたおかげで、自分一人では絶対に辿り着くことができなかったところまでやってくることができた。
「私の方こそ、灯里との出会えてよかった。まさに運命ってやつだよね」
京香は恥ずかしげもなくそんなことを口にして、無邪気な笑みを見せる。私はその眩しさを照れ臭く感じながら頷いた。
「明日は見せつけてやろうよ。私たちの音楽はめっちゃいいってことを」
「京香っていちいち大袈裟だよね」
「大袈裟なんかじゃないよ! 灯里の、いや、私たちの曲はすごいんだから」
こういう京香の無根拠な自信が今は嬉しかった。
「じゃあ、また明日ー!」
「うん、また明日」
街灯の下でステップを踏むように歩く京香の後ろ姿をしばらく眺めたあと、私も少しだけ足取りが軽くなった気がして、その感覚を噛み締めながら帰路に着いた。
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