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 それから数日間、私は学校で京香を避け続けた。会ったらどんな顔をすればいいのかわからなかったし、何事もなかったかのように接するのも気持ち悪く、こそこそと逃げ回る日々が続いた。

 しかし、バンドの練習は一か月先まで予定を入れていたので、必然的にその日がやってきてしまう。いつもなら放課後に京香と待ち合わせをして二人でスタジオに向かうのだが、私は授業が終わるとすぐさま帰路に着く。

「……何してんだろ」

 普段と違う道で遠回りをしながら、自分で自分の幼稚さに呆れる。京香と会うのを避けたり、練習をサボったりしても、何の解決にもならないことはわかっていた。

 それでも今の私は到底音楽をやる気にはなれなかった。

 京香に誘われて『水彩のよすが』を始めてから、私はまだ一曲も新しい曲を作れていない。

今までは過去に作った曲を手直しして、バンド用に調整したものを出すことで、何とか誤魔化し続けていた。

 元々曲を作るのが得意ではないのだと思う。弥那がいた頃も書いては消してを繰り返し、辛うじて出来上がった曲にも一向に自信を持てなかった。

 そんな中で私が音楽を続けられていたのは、弥那に追いつきたい、彼女と同じ土俵に立ちたい、という憧れがあったからだ。

 あの頃はそれが如何に遠い目標かということが想像できていなかったし、どれだけ遠いとしても追いかけてみたいという前向きな気持ちがあった。

 でも今となっては、その憧れていた彼女もいなくなった。遥か先にいたはずの彼女の音楽さえ、ただ忘れ去られていくだけの虚しいものだと思い知らされた。

 だから今度は京香のことを私が音楽をやる理由にしようとした。音楽は楽しいものだと思い込んで、苦しい部分はなるべく見ないふりをした。ところが、それでは根本は何も解決していなくて、私は『水彩のよすが』のために曲を作ることができなかった。

 弥那が再三「ロックは自分自身のためにある」と言っていたのを思い出す。どうしたって自分のために音楽を作ることができない私は、そもそもロックなんて向いていないのだろう。

『もう私と結音ちゃんは準備できてるよー! 二人は何時くらいになりそう?』

 家のベッドで寝転んでいると、スマホの通知が鳴った。京香からメッセージとともに、ベースを携えて不満そうな顔をする結音の写真が送られてきていた。どうやら私だけでなく葵も今日の練習には来ていないようだった。

 ――本当はこんな時こそ曲を作るんだろうな。

 この感情を音楽にぶつけられたら、いい曲が作れるのかもしれない。けれど、まるで何も思いつかないし、ベッドから起き上がる気力すらなかった。

 やることもなく、手癖でSNSを開く。すると誰かが何かに怒っている投稿ばかりが目に付いて、ひどく辟易としてしまった。

 その中でパッと京香の顔が流れてきて、思わずそれをクリックする。どうやら彼女のクラスメイトがアップした動画のようだった。

 恥ずかしそうに笑う京香と、楽しげな笑い声を上げるカメラ裏の友人たち。そのやり取りが少しあった後、唐突に音楽が流れて、京香がそれに合わせて踊り始めた。

「この曲……」

 私は動画の内容よりも、その流れてきた曲に注意を引き付けられた。全く知らない男性アーティストの全く知らない曲だったが、そのメロディが明らかに聴いたことのあるものだった。

「どういうこと? これ、弥那の曲じゃないの……?」

 その曲は弥那が初期の頃に出した『夕景』という曲にそっくりだった。アップテンポで派手なシンセの音が効いたダンスチューンになっているが、そのメロディは『夕景』とあまりに似すぎている。

 詳しく調べてみると、その曲はどうやら最近SNS上で流行っている曲で、SNSでダンス動画を投稿している男性アイドル的な人が歌っているらしい。私は全く知らなかったが、本人のダンス動画はアップから一か月で一千万回以上再生されている。

 何度聴いても、私にはその曲が『夕景』にしか聴こえなかった。正直言って、偶然似てしまったというレベルではない。少しだけメロディを外したり、キーをメジャーにして雰囲気をがらりと変えている辺りが逆に嫌らしさを感じる。

 私は次第に怒りが込み上げてきた。何故この人は他人の曲を盗んで我が物顔で投稿しているのだろう。そしてそれが弥那の曲よりも世間に評価されているこの状況が許せなかった。

 盗作に気付いている人はほとんどおらず、動画に付いている数千件のコメントのうち、弥那について言及しているのはたった数件だった。その数少ないコメントは他の大量のコメントに埋もれて黙殺されている。

『この曲、明らかに村雲弥那のパクリでしょ』

 曲を絶賛するコメントを眺めているうちに、堪え切れなくなって、私は無駄とわかっていながらそんなコメントを投稿した。

『は? パクリなわけない、キモ。てか、誰それ』

 すぐに私のコメントにレスポンスが付く。

「やっぱり、音楽なんて、意味ないじゃん」

 その瞬間、私の中で何かが崩れる音がした。

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