トラック4 夕景

4-1

 あれは私が弥那の真似をして曲を作るようになってから、しばらく経った頃だった。

 何曲か作ってみても思うようにはいかず、少しずつ心が折れ始めていた。

 最初は自分にも特別な才能があるんじゃないかという希望を抱いていた。

 しかし、夜中に思い付いた傑作が朝になったらひどくつまらない曲に成り下がって、やっとの思いで作った曲は何かの二番煎じにもならないほどの駄作にしかならない。そんなことを幾度も経験するうちに、あっという間に淡い期待は打ち砕かれていった。

「ま、とにかく作るっきゃないわな」

 ギターを抱えながら隣でうじうじと悩む私に対し、弥那は決して慰めるようなことは言わなかった。きっとそんなつもりはなかったんだろうけれど、実際に作り続ける彼女からの「作るしかない」という言葉はあまりに重かった。

「どうしたら、弥那みたいにいい曲が書けるの?」

 私は半ば縋るような気持ちで弥那に尋ねた。

「うーん。正直そんなの考えたこともないわ」

「考えたことないって……」

「ほんと、ほんと。なんか、いい曲書こう、とか思ってないんだわ。いや、いい曲を書こうとはしてんだけど、それが目的じゃないってか……」

 わかっていたことだったが、感覚派で天才肌の弥那に聞く質問ではなかった。ぼんやりとした答えが返ってきて、私は「それはそうか」と呆れ混じりに納得してしまう。

「そうだなー……」

 そんな気持ちが表情に出ていたのか、弥那は困ったような顔をして、改めて違う答えを出そうとしているようだった。

「いい曲より、自分が好きになれる曲を書く方が大事なんじゃね? 好きになっちゃえば全部いい曲だし。結局ロックなんてのは、究極自分自身のために歌うもんなんだからさ。アタシは、アタシの曲がどれも好き」

「それは、弥那がいい曲書けるからでしょ。いい曲が書けなきゃ好きになれないよ。結局才能がなきゃダメってこと?」

 ほとんど当てつけのような口調で疑問をぶつける。私は自分に才能がないことを認められなくて、弥那の才能に憧れると同時に、どこか妬んでいる部分もあったのだと思う。

「才能ね。別にアタシだってそんなんないと思うけど。アンタが私の曲を好いてるからそう見えるだけで、世の中の大多数から見れば、よくわからん曲作ってるただのキモい派手女だよ」

 弥那はあえて目を逸らすように窓の外を向いて言った。彼女がそんな風に自分を卑下することは珍しかったので、私は少し驚いた。

 いつも自信満々に振る舞う彼女は、てっきり稀代の大天才であるくらいの自負があるのかと勝手に思っていた。しかし、そもそもそんな楽観主義者なら、音楽なんて選ばないだろう。心の中にあるはずの苦悩や葛藤を見せずに歌うからこそ、彼女は輝いて見えるのだということに気付いた。

「あ、でも一つだけ確かな才能は持ってるかもな」

 すぐにいつもの調子に戻ると、弥那はまるで悪巧みを思い付いた子どものような顔で笑う。ちょうど晴れた雲の隙間から陽の光が差し込んで、眩いくらいに彼女を照らしていた。

「自分を天才だって勘違いする才能。これだけは誰にも負けないね」

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