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メイドカフェの仕事というのは、思ったよりもハードだった。
お客さんにニコニコしながら可愛い仕草で接客するだけの仕事だと思っていたが、そもそも飲食店である時点で単純な仕事量は多い。
フロアでお客さんから注文を取り、それを厨房に伝え、出来上がった料理をテーブルに運び、帰るお客さんの会計をして、空いたテーブルを片付ける。加えてこの間ずっと愛想よく振る舞わなければならない。
しかも厄介なのが、メイドカフェらしくメニューが奇妙だったり、オプションでお客さんに対しての追加サービス(ケチャップで絵を描く、チェキを撮るなど)があったりと、覚えなければいけないことも多かった。
初日は平日の昼間でお客さんの少ない時間帯だというのに、それでもいっぱいいっぱいになってしまった。これが夜や休日だと三~四倍は忙しいとのことなので、全くやっていける気がしなかった。
加えて、わかっていたことではあったが、私は接客が得意ではなかった。何とか笑顔で明るく振る舞おうとしても、ぎこちない表情で棒読みのような喋り方になってしまう。
しかも、どうやら私はマルチタスクが苦手なようで、何か作業をしていると別のことに目がいかず、お客さんを放置してしまったり、他のメイドに迷惑をかけてしまうことも多かった。
一方で、京香は元来の根明とコミュ力によって、接客態度は完璧。一つ一つの作業をテキパキとこなすだけでなく、先回りして効率よく動くことができていた。
その新人とは思えない働きぶりで、るなっぺを始め、早くも先輩メイドたちから一目置かれる存在なっている。働き始めて数日経経つと、すでに彼女目当てで訪れる常連客も現れるほどだった。
そんなこんなで完全に私は心が折れていたわけだが、それでも何とか辛うじて出勤できているのは職場環境のおかげだった。
るなっぺを始め、先輩メイドは出来の悪い私にも丁寧に仕事を教えてくれる。失敗しても咎めることはなく、どうやったら失敗せずに済むかをアドバイスしてくれた。その懸命な教育の甲斐あって、私も牛歩ではあるが成長しつつあった。
「……やっぱり京香はすごいね」
ちょうど京香と休憩が重なり、賄いのチキンライスを食べながら、お互いの仕事の様子について話をする。
「色んなところに自分から飛び込んでいけて、その中で何でもそつなくこなして……。それに比べて私は言い訳ばっかで、何にもできないただの根暗。バンドだって、このバイトだって、京香がいなかったら絶対やってなかった」
溜め息混じりに上を見上げると、切れかかった蛍光灯がちかちかと点滅しているのが目に入った。薄暗くて狭いこのバックヤードにいると、自分の惨めさが際立つような気がした。
「そんなことないって! 私馬鹿だから勉強はできないし、灯里たちみたいに楽器も弾けない。人それぞれ長所と短所があるってこと。というか、たぶん私はちょっと外面がよくて無計画なだけだよ」
京香はいつの間にかチキンライスを食べ終えていて、スプーンを置いて「ごちそうさま」と手を合わせた。私のお皿にはまだ半分以上も残っている。
「私はさ、なんも考えてないんだよね。楽観的っていうか、何とかなるかーって思っちゃうの。だから灯里みたいに色んなことをじっくり考えて行動したりできないし、そのせいで失敗することもめっちゃあるよ」
「考えてるって言っても、あれこれ悩んで迷うだけで、結局何の解決にもならないんだよ。出口のない迷路を彷徨ってるだけで、意味がない」
音楽を辞めようとしていたこともそうだ。弥那のことを言い訳にして、ただ自分が一人で音楽をやる自身がなかっただけなのに。
「そんなことないよ。悩んだり迷ったりするってことは、それだけ真剣に生きてるってことでしょ? それに比べたら、私なんてただ適当に生きちゃってると思う」
「いや、京香の方がよっぽどちゃんと生きてるよ」
「そうかなあ……?」
京香は納得できない様子で首を傾げる。私はいつもこういう彼女の態度に違和感を覚えていた。
何故か彼女はいつも自分が褒められると、それを受け入れようとしなかった。謙遜しているわけでもなく、本気で言われている意味がわからないような顔をする。普段は自信がない素振りは見せないし、むしろ行動だけ見れば自己愛が強いように見えるのに、彼女はどこか自分自身を信じていないように感じられた。
本当は彼女の本心を知りたい。けれど、それに触れれば何かが壊れてしまうような気がした。
私が会話を止めてしまったことで、微妙な沈黙が生まれてしまう。部屋の隅に置かれた冷蔵庫が出す地鳴りのような音がひどく耳障りだった。
気まずい空気を誤魔化そうと、私は間を埋めるようにチキンライスを頬張る。そんな私のずるさが見透かされている気がして、京香の方を見られなかった。
チキンライスは時間が経ってすっかり冷めていたせいか、ケチャップと化学調味料の混ざった独特な甘さが口いっぱいに広がった。
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