トラック3 めいど・いん・ぷりんせす

3-1

 初ライブから一週間ほど経過し、再び練習に明け暮れる日々が続いていた。

 各々がライブでの反省生かして微調整を重ねていく。そのおかげで今までよりも明らかに練習の質が上がっているように感じた。

 曲のレパートリーを増やすために、再び昔に作った曲をアレンジし直して、今日の練習から合わせ始めた。慣れてきたこともあってか、葵と結音は前よりも曲に対して意見を出してくれるようになった。

 そうして私たちはバンドとして少しずつ前に進んでいた。

「この間出た箱のスタッフさんから、ブッキングライブの話が来てるけどどうする?」

 スタジオ練習を終えて帰ろうとしていたところで、葵が思い出したように言う。

「今度は学生イベントじゃなくて、ちゃんとした企画ライブみたい。ちょうど一か月後だから、時期的にもちょうどいいんじゃないかしら」

 どうやら前回のライブを見て、私たちが出られそうなライブがあるからと向こうから声をかけてくれたらしい。まだ駆け出しの私たちにとってはありがたい話だった。

「そうだね。いいと思う」

 特に京香と結音からも異論はなく、すぐに葵からライブハウスに連絡してもらうことになった。

「あ、今回はノルマ制だから、各自集客をよろしく」

「ノルマって……?」

「そう、京香には説明してなかったわね。ライブハウスに出る時は、基本的にライブハウスから一定金額分のチケットを購入して、それが出演料替わりになるの。今回は一枚千円のチケットが二十枚だから、一枚も売れなければ二万円分負担しなければいけないというわけ」

 疑問符を浮かべる京香に対し、葵が丁寧にノルマ制の説明をする。それを聞きながら、私も知識としては持っていたものの、ノルマの存在が完全に頭が抜けていたことに気付く。

 前回のライブは学生向けだったこともあり、かなり安価な出演費のみで出ることができた。しかし、それはある種の特別待遇であって、こうしてノルマが課されるのが普通なのだ。

「二万円ってことは、一人五千円だよね……?」

「まあ、そういうことになるかしら。均等に分配する方が後々揉めないでしょうし」

 その瞬間、私は頭の中で必死に電卓を弾き出す。

 そもそもお小遣いをたくさんもらっているわけでもない私は、すでに厳しい財政状況に陥っていた。週に二~三回のスタジオ練習も一回に千円程度はかかるわけで、加えて練習終わりにファミレスに立ち寄ればデザートが食べたくなってしまう。

 さらに、ちょうどライブ直後に興奮が冷めず、新しいエフェクターをネットで購入したばかりだった。そのせいで貯めてあったお年玉も心許なくなってきている。

 もちろんチケットが売れさえすれば、ノルマ代を支払う必要はなくなる。しかし、お金以上に人望のない私には、客を呼ぶなど荒唐無稽な夢物語だった。無料で見れるならまだしも、お金を払ってまで来てくれる知り合いなど候補も浮かばない。

「そういえば、みんなはお金大丈夫なの……?」

 まさかお金がないからライブに出られないとは言い出せず、少し回りくどい聞き方でジャブを打ってみる。

「私は親に言えばお金は出してもらえるから、特に問題ないわ」

「〝無問題!〟」

 まるで心配する素振りを見せずに答える葵と結音を見て、この二人がこの辺りでも有名なお嬢様学校に通っていることを思い出す。私たちのような貧民とは資本力が根本から違うのだった。

「うーん、私は正直結構キツいかもー……」

 落胆する私に救いの手を差し伸べるように、京香は共感の声を上げてくれた。

「そ、そうだよね。じゃあ、やっぱり……」

「うん! だから、一緒にバイトしようよ!」

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