2-5
十五分という短い出番はあっという間に終わってしまった。あまりのあっけなさに、楽屋に戻って楽器をケースの中にしまっていると、白昼夢でも見ていたのではないかという気持ちになってくる。ただ身体に残った熱だけが、私たちがステージに立っていたことを証明してくれていた。
ライブは成功と言って差し支えない結果だった。
観客は身内(と言ってもそのほとんどが京香の友達だが)が多かったこともあり、客席はそれなりの盛り上がりを見せていた。他の出演バンドの様子を見ても、かなり盛り上がっていた方だったと思う。
演奏自体も細かい粗を探し出せばキリがないが、初めてにしては上手くまとまっていた。葵と結音の二人は相変わらず安定していて、私もそれに何とかついていくことができた。一番の懸念だった京香の歌も、ライブの高揚感が後押ししたのか、元々持っていた抑揚のある歌声をかなり活かせていた。
「結構、いいバンドになれるかもね。今日のライブでそう思った」
ライブが終わった帰り道、私は心地よい疲労を感じながら、京香と二人で電車に揺られていた。
「そうだねー」
私の投げかけに対し、京香は気のない答えを返す。ライブが終わってから、彼女はずっとこの調子だった。表面上は笑って明るく振る舞っているが、そこにまるで中身がない。心ここにあらずといった様子で心配だったが、どうしたらよいかわからない私は話を続けずに、素知らぬふりをして窓の外に目を向けた。
「ねえ、灯里は今日のライブどうだった?」
しばらく沈黙が続いた後、唐突に京香が尋ねてきた。
「え、いや、さっきも言ったけど、結構よかったんじゃないかなって……」
「ああ、そうだったね。ごめんごめん」
京香は何かを誤魔化すように、わざとらしく笑う。
「京香は、どうだった……?」
どうしても聞かなければいけない気がして、私は詰まる言葉を何とか吐き出す。
「うーん……。正直言って、よくわかんなかった。三人についていくのに必死で、気付いたら何にもできないままライブが終わってた」
「まあ、最初なんだからそんなもんだよ」
京香らしくない答えが返ってきて、私はそんな風に当たり障りのないことを口にしてしまう。
「私だけへたくそで、三人に申し訳なかった。きっと私がもっと上手くできてれば、演奏は何倍もよくなったはずなのに。明らかに私がみんなの足を引っ張ってるよね」
どうやら京香はずっと引け目を感じていたようだった。バンドの経験もなく、楽器も弾けない状態で突然ボーカルをやらされているわけだから、不安があるのは当然だ。あるいは、言葉にはしていなかったが、私たちがぼんやり思っていたことが伝わっていたのかもしれない。
これまではそういう感情をなるべく出さずに、裏で努力をしていたのだろう。しかし、そうやって表面張力でギリギリ保っていたものが、ライブを経て溢れ出してしまった。
「友達がいっぱい見に来てくれて、そりゃ不安もあったけど、すごく楽しみだった。私たちの曲でみんなを驚かせてやろう、感動させてやろうって、そんなことを思ってた」
京香は前屈するような恰好で足を椅子の前に伸ばし、深く溜め息を吐く。
「みんな、終わった後は褒めてくれた。「めっちゃよかった」「感動した」って。でもさ、本当は全然そんなこと思ってないんだろうなって、すぐにわかっちゃった。そもそも演奏してるときに、客席でスマホをいじってるのが見えてたし。私たちの知らないお客さんなんか、私が歌い始めた途端に帰った人もいた」
「それは、そういうお客さんもいるかもしれないけど……」
音楽なんて往々にしてそういうものだ。どんなに人気のバンドだって、曲に感動する人よりも、興味のない人の方が圧倒的に多い。それでも聴いてくれるごく一部の人のために音楽は存在している。これは京香から教えてもらったことなのに、今の彼女にはそれが見えていないようだった。
「本当に京香の歌に感動した人だっていたはずだよ。もし今日あの場所にいなくても、必死にやってればきっとどこかでそういう人に出会うはずだよ。私にとっての京香がそうだったように」
「それは、そうかもしれないけど、私は灯里みたいに才能があるわけじゃないし……」
背中を丸めてもじもじと下を向く京香の姿を見て、私は何だか急におかしくなって、思わず噴き出してしまった。
「ちょっと、なんで笑うの!?」
「ごめん。なんかいつもと立場が逆だなと思ったら急に面白くなっちゃって」
「こっちは真剣に話してるのに……」
ひどく不服そうな京香の顔を見ると、さらに笑いそうになる。彼女にこういううじうじとした態度は似合わない。
「私もさ、まだまだへたくそだし、もっといい曲を書かないとなって思う。葵だって結音だって、もっと上手くなりたいって思ってるから、あんなに上手いのに毎日練習してるんだよ。だから京香も一緒に頑張って、これらか上手くなればいいよ。きっと京香ならそれができるし、私は他の誰でもない京香と一緒にやりたいと思ってバンドを組んだんだからさ」
京香がそんな風だからか、私は自然と素直な気持ちを伝えることができた。言った後になって、自分はこんなことを思っていたのかと少し驚く。
「……そうだね。とにかく頑張らないと」
京香はそう呟いて小さく頷いた。
私も彼女に追い越されないように頑張らないといけない。
「あ、やば、降りなきゃ。じゃあね」
ちょうど最寄り駅に着いて、私は重たいギターを背負って電車を降りる。ホームの中から京香を見ると、いつもと変わらない明るい笑顔で手を振っていた。
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