1-5

「よし、じゃあ次はボウリングに行こう!」

 怒涛のファッションショーが終わって一息つけるかと思いきや、勢い付いた京香はそう言って私の手をぐんぐんと引っ張っていった。

「そうだ! 駅の反対側に、美味しいバナナジュースの店があるの!」

「あ、今日新刊出てるの忘れてた! 本屋行かなきゃ!」

「わ! あのぬいぐるみ可愛いー!」

 そこから京香の勢いは衰えることなく、あちこち連れ回されているうちに、陽が落ち始めて辺りはすっかり薄暗くなり始めた。私は目が回りそうになりながらも何とか彼女の後を追いかけ、ようやくロータリーのベンチに戻ってきた頃には、風邪を引いたかと思うほど全身が熱を持っていて、今にもオーバーヒートして倒れてしまいそうだった。

「大丈夫……?」

 ふらふら揺れる私を心配して、京香は近くの自販機で水を買ってきてくれた。それを飢えた獣のように夢中で飲み干すと、身体に水分が染み渡り、朦朧とした意識が少し回復した。

「付き合わせちゃってごめんねー。でも今日はほんと楽しかった!」

 京香はそう言ってニカっと歯を見せて笑うと、疲労感とともに今日一日の出来事を全身で浴びるように、足をだらんと投げ出して大きく伸びをした。

「……私も、楽しかった、と思う」

 それは気遣いでも社交辞令でもなく、純粋に心から漏れ出た言葉だった。口にした後に、そんなことを言った自分に驚く。

「ほんとに!? よかったー。灯里はもしかしてこういうの苦手だったかなって、ちょっと心配してたんだ」

 ほっとした顔をする京香に、私はそんな風に気を遣わせてしまったことを申し訳なく思う。決してそんなつもりはなかったが、どこかで自然に嫌そうな態度が出てしまっていたのかもしれない。そうやって自分でも気付かぬうちに相手を不快にさせてしまうことこそ、私がコミュ障で友達のいない所以なのだろう。

「もう結構いい時間だね」

 時計を見ると時間はもう六時を過ぎていた。五時間近く街を歩き回っていたと思うと、この疲労感にも納得がいく。しかし、いつもなら暇を持て余している休日がこんなにもあっという間に過ぎてしまうとは、まるで別の世界に来てしまったようだ。

「あれ、京香じゃん」

「やっほー」

「わ! 由佳とちーちゃん! こんなとこで会うなんて偶然!」

 突然二人組のギャルが近付いてきたかと思うと、彼女たちに気付いた京香は驚いた様子で勢いよく立ち上がった。どうやら京香のクラスメイトらしく、買い物帰りに彼女の姿を見つけて声をかけて来たようだった。

「京香は何してんの?」

「ちょうどさっきまで友達と買い物してたとこ! 

「てかまた服買ってんじゃん、ウケる。こないだもう今年は服買わないとか言ってたのに」

「だってさー可愛すぎたからさー……。流石に不可避、って思っちゃったのよ」

 楽しそうに話す京香たちの輪に入れるわけもなく、私はベンチに浅く座ったまま、ただ黙ってなるべく気配を消そうと努めた。

 この居心地の悪さは、あの朝の騒がしい教室にいるときと同じだ。キラキラと輝く宝石の中に、土塗れの小石が混ざってしまったような場違いな空気に息が詰まる。

 いっそこの場から立ち去ってしまいたかったけれど、そんなことをしたらまた京香に気を遣わせてしまうと思い留まる。幸いなことに、京香以外の二人は私の存在を認識していない。このままいないものに徹してこの場を凌げばいい。

 俯いた視線の先には、夕日を遮る私の影が地面に長く伸びている。気まずさとともにその影が覆い被さってきて、呑み込まれてしまいそうな気がした。私はなるべく京香たちの声が聞こえないように、その奥にある駅前の雑踏に耳を澄ませる。

「いやーびっくりした。ってまあ、ここ学校の最寄りだしそんな珍しくもないか」

 会話を終えて戻ってきた京香が再び私の隣に座る。建付けの悪いベンチの座面を通じて振動が伝わってきて、私の身体がピクリと震えた。

「どうかした……?」

 意識を遠くに向けていた私は京香への反応が少し遅れた。それに気付いた彼女が訝しげな顔でこちらを覗き込む。

「もしかして、やきもち焼いてる?」

「別に、そんなんじゃ……」

 悪戯っぽく笑う京香に図星を突かれ、自分があまりに幼稚な嫉妬心を抱いてしまっていたことに気付き、急に恥ずかしさが襲ってきた。私は咄嗟に否定して、彼女から逃げるように顔を逸らす。

「薄々感じてたんだけどさ」

 京香はそんな私をあえて追い詰めるように、息がかかるほどの距離まで顔を近付けて言う。

「灯里って、結構めんどくさいよね」

 その言葉に私はぐうの音も出なかった。京香が友達と談笑していただけで、まるで恋人に浮気をされたかのように拗ねるなんて、独占欲と自意識が肥大化しすぎている。今までろくに友達がいなかったからこそ、自分がこんなに面倒な人間だということに気付かなかった。

「そしたらさ、もう一個行きたいところあるから、付き合ってくれる?」

「行きたいところ……?」

「うん。まあ付いてきたらわかるから」

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