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「さて、どうしよっか」

 早々に目的を果たして手持無沙汰になった私たちは、ロータリーのベンチに座ってのんびり食休みがてらこの後のことを話し合う。こういう無為な時間をともに過ごす感じが、友達らしくて少し嬉しかった。

「うーん……」

 後ろにのけぞるような格好でだらけていた京香は、唐突に唸るような声を上げたかと思うと、怪訝な顔で私の方を見つめてきた。

「な、なに……?」

「なんて言うかさ」

 京香は改めて私の全身を舐めるように見ると、小さく溜め息を吐きながら言う。

「灯里って、私服ダサいよね」

「へ?」

 一体何を言われるのかと身構えていたところに、思わぬ方向から矢が飛んできたので、驚きのあまり間の抜けた声が漏れた。

「服に興味がないのは別にいいと思うんだけど、それにしても「興味ないです」って空気が全面に出ちゃってるんだよねー。わざと自分を殺そうとしてる感じがするというか……。素材はいいのにもったいないよ」

 確かに私は京香の言う通り服に無頓着で、だからこそ変に「独自のファッションセンスを持っている」とも思われたくないので、とにかく無難な恰好を意識するようにしていた。傍から見れば完全に可もなく不可もない服装に擬態できていると思っていたが、どうやら彼女の目は誤魔化せなかったらしい。

「よし! せっかくだから一緒に服を見に行かない? 私が灯里に似合う服を選んであげる!」

 そう言って京香は勢いを付けてジャンプするように立ち上がると、首を傾げるようにして私の顔を覗き込む。

「南口の方に行けばお店はたくさんあるから、灯里が気に入る服も見つかると思う! 今日買わなくても、色々見ておけば今後買うときの参考になるし」

「まあ、見るだけなら……」

 正直気乗りはしなかったが、ノリノリになっている京香に水を差す気にはなれず、彼女の提案を受け入れることにした。

 普段は母親の買ってきた服がほとんどで、自分で服を買うときもネットでしか買わないため、リアルの洋服屋に行くのは初めてと言っても過言ではなかった。

通りがかる店はどれも私のような初心者を寄せ付けない洗練された雰囲気をまとっていて、その威圧感に圧倒されてたじろいでしまう。

 しかし、当然ながら京香は全く臆することなく、堂々とした様子で次から次へ店の中へと足を踏み入れていく。私はそんな彼女の背後に隠れるようにして後に続いた。

「いらっしゃいませ~」

「は、はい!」

 おしゃれオーラに当てられて視界がふらついてきたところで、突然後ろから店員に声をかけられて、声を上げて危うく飛び上がりそうになる。

「お探しのものがございましたら、お気軽におっしゃってくださいね」

 その店員は挙動不審な私に対しても嫌な顔一つせず、それどころか目を合わせて優しく微笑みかけると、そのまま流れるようにレジの方へと戻っていった。コミュ障への接客態度まで洗練されているとは恐ろしい。

 一気に跳ね上がった心拍数を落ち着けようと深呼吸をしていると、いつの間にか店の奥でラックを物色していた京香がこちらに手を振って呼びかけてきた。

「ちょっと来て! この辺とかよさそうかも!」

 京香は両手に持っていた服を交互に私にあてがう。

「こっちの方がいいかなー。これちょっと着てみて?」

 そう言って彼女が見繕った服を持たされると、そのまま背中を押されて試着室に押し込まれる。

「そっか、着るのか……。そりゃそうだよね……」

 洋服を買いに行く経験がなさすぎるゆえに、試着という当たり前の行為に思い至らなかった。この狭い直方体の中に入って、ようやくそれを認識する。

 私は右手に抱えた服を広げてそれを眺める。京香が用意したのは、フリルの付いた白いワンピースだった。ふんわりとした女性らしいデザインで、明らかに私のような根暗女が着る服ではない。

 今からこれに着替えて、しかもその恰好を見せるために自らカーテンを開けなければならない。友達と服を買うというのは、そんなモデル気取りの恥ずかしい行為が付随するということに気付いて愕然とした。

「どう? サイズとか大丈夫?」

「あ、うん。着替えに手間取ってるから、もうちょっと待って」

 外から京香の声が聞こえて、咄嗟にそれらしいことを言って誤魔化す。もはやここまで来たら引き返すことはできなかった。私は意を決してTシャツを脱ぎ捨てると、真新しい匂いのするワンピースを頭から被った。

「……お待たせ」

 恐る恐るカーテンを開けると、楽しげに談笑していた京香と店員が一斉にこちらを振り向く。

「めっちゃいいじゃん!」

 私の姿を見るなり、京香は目を輝かせながら言う。

「お似合いですね」

 そんな京香に続けて、隣にいる店員も落ち着いたトーンでそっと褒めてくれた。

「え、そう……?」

 あまりにストレートに褒められて、恥ずかしくて照れ笑いが漏れる。自分では絶対に似合っていないと思っていたけれど、ほんのちょっとだけ勘違いしてしまいそうだった。

「それじゃ、次はこれね! その次はこれと、これも着てみてほしい!」

 私が着替えている間に店内を見て回っていたらしく、追加でどっさりと服を渡される。

「どうかな……?」

「こっちもいい……!」

 私は次々と服を着替えていき、

「こんな感じ……?」

「うーん、これもまた捨てがたい……」

 京香は見る度にこれでもかと言うほど褒めてくれる。

「流石にこれはちょっと恥ずかしいかも……」

「大人っぽいのも似合うー!」

 ほとんど着せ替え人形状態になりながら、

「これは違うような……」

「いや、全然違くないよ! 灯里は何でも似合って羨ましい……」

 とにかく言われるがままに試着をし続けた。

「ほんと、色んな灯里を見れて眼福って感じだったわー」

 結局他の店も回ったりしながら、計十着以上は試着を繰り返した。終わった頃にはすっかりへとへとで、何を着たかもほとんど覚えていない。

「気に入ったのも見つかったみたいでよかったよ」

「うん、ありがとう」

 これだけ試着したのに何も買わないのも悪い気がして、京香が選んだ中から一番無難そうなシャツを買った。無難そうと言っても、袖にフリルの付いた少し可愛い系のデザインだったので、私からしてみればかなり挑戦的な服である。彼女はショートパンツを中心とした露出度の高いコーデを激押ししてきたが、流石に生足を露わにする勇気はなかった。

「ありがとうございました~」

 右手にシャツ一枚とは思えない重みを感じながら店を出る。これはファッションから逃げてきた私が初めて服に向き合ったことへの重みであり、そして私の懐に深刻なダメージを与えた金銭的打撃の重みでもあった。

 普通の女子高生は服にこんなにもお金を使っているということに驚かされる。私は来月のお小遣い支給日までの日数を数えながら会計をしているのに対し、京香は涼しい顔で私の倍近い金額を支払っていた。

 日常生活の大半は制服で過ごすのだから、私服にこだわる必要などないのではと思ってしまうが、むしろ京香たちのような人種はその限りある非日常にこそ価値を見出しているのだろう。休日を半日一緒に過ごしただけでもそのことがよくわかった。

 店を離れたところで、私はふと後ろを振り返る。そこには相変わらず洗練された空気をまとうガラス張りの店構えがこちらを向いている。そして今はその一部が自分の手元にあるのを思うと、何だか少しだけ誇らしい気持ちになった。

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