第33話半分こ


 校長と話を終えた後、その日は庭園でゆっくりする気分になれなくて、邸に直帰した。


 部屋に戻って着替えもせずにベッドに横たわって、今日の出来事を色々と思い出していた――――理事長がカリプソ先生と一緒にいるのを見るようになってから何日経っただろう。


 私との約束を守ろうとしているのは分かっているのだけど、一緒にいるのを見る度に胸が痛む。


 そんな私にダンティエス校長が想いを伝えてきてくれた。



 あれは私を好きって事?


 私の心に入りたいと言ってくれてチャンスがほしいと言われたけど……どう受け取れば良かったのだろう。



 真剣な表情に誤魔化す事も出来なかった。



 自分自身の為にも頑張りたいと言っていた校長の顔は、とても切実さを帯びていたのですぐに答えを出すのをやめたのだった。


 これで良かったのよね?



 私の気持ちは恐らく変わらないだろうけど……きちんと向き合わなくては。


 

 そんな事を悶々と考えていると、セリーヌがバタバタと走ってきてドアをノックし、私を呼びにきたのだった。


 「お嬢様!王太子殿下がいらっしゃいました!」


 「ジークが?」

 


 今一番会いたくて会いたくない人の訪問に思いの外動揺している自分がいる。


 私が悶々と考えている内に外は日が落ちていて、すっかり暗くなっていたので今日は庭園でお茶は無理ね。



 「ジーク!」


 「クラウディア……遅い時間にすまない。急ぎで君に伝えておかなければならない事があるんだ」


 「急ぎで?分かったわ、もう外は暗いし私の部屋でいい?」

 

 「え?あ、ああ……そうだな」



 ジークの顔が若干赤いような気がする……そう言えば寝込んでいる時以外で部屋に招待するのは転生してから初めてかもしれない。


 そう考えると途端に私も恥ずかしい気持ちになってきたのだった。


 変な意味はないんだし!屋敷には沢山使用人もいるし、何かあるわけじゃないから大丈夫よ。



 落ち着かない心臓を誤魔化すように心の中で言い訳をしながら、ジークを自室に連れて行ったのだった。



 ~・~・~・~・



 セリーヌがお茶を淹れてくれたので堪能しながら、さっそく彼に話を聞いてみる事にした。



 「私に急ぎの話って、何かあったの?」

 

 「ああ、今日もいつも通りカリプソ先生と話をしていたんだが……」

 


 いつも通り話を…………



 2人が話をしているところを思い出してまた胸が苦しくなってきてしまう。せっかく考えないようにしていたのに……


 彼からカリプソ先生の名前が出てくるだけで嫌な気持ちになるなんて重症だなと、自分自身に呆れてしまう。何の話をされてしまうのだろう……まさかカリプソ先生に好きだって言われたとか?


 本当にキスしてたの?


 ダメだ…………こんな事ばかり考えてしまう。



 「ちょ、ちょっと待って」


 

 カリプソ先生のお話をしようとするジークに待ったをかけておきながら、彼の顔を見る事が出来ない。


 私こそ校長との事をジークにどう説明すればいいんだろう。聞かれない限り言う必要もないのかもしれない。


 私たちの関係はあくまで幼馴染だし、職場の上司と部下ってだけなのに私だけが気にしている。婚約者なら伝えた方がいいのだろうけど……何の関係もない間柄という事に今更ながら傷ついているなんて、私って本当に面倒くさい人間だわ。


 恋ってもっと嬉しくてキラキラしたものかと思っていた。



 今まで運動ばかりでまともに恋もした事なかったから初めて知る気持ちに、自己嫌悪が増してしまう。


 運動だったら勝ち負けがハッキリしているので、勝ったら単純に嬉しいし負けたらまた練習して次につなげればいいって思えるのに。


 もう色んな事がキャパオーバーしてしまい、堰を切ったように涙が流れていた。



 「ディア!」


 「ご、ごめんなさい……」



 色んな事がありすぎて頭が追い付かないのか、感情のコントロールがきかない。


 泣くつもりなんてなかったのに――――――この世界に転生してから色んな事がありすぎて、自分の感情もジェットコースターのようだった。



 もういっそ気持ちを伝えた方が楽になるのではと思ったりもする。


 でもそれで彼との関係が壊れてしまう事が怖くて一歩踏み出せないでいる。運動部に所属していた自分が「そんな弱気でどうする!」と活を入れている気がするわね。



 それでも一向に涙が止まらない私の元へジークがやってきて、膝をついて私の顔を見上げてきた。



 「ディア……君が抱えているものを私にも分けてほしい」


 「分ける?」


 「以前君が私に言っただろう?責任を半分こしようと」



 マデリンの魔力暴走があった時だ…………あんな何気ない一言を覚えてくれていたのね。そんな他愛ない事に嬉しくなってしまう自分がいる。



 「こういう時こそ半分こするべきなのではないか?」



 そう言ってジークが私の涙を指で拭ってくれる。改めて思うけど、ジークってやっぱり王子様なのね……所作の1つ1つが洗練されている。


 でも私が惹かれたのはそんなところではなくて、私が何かあった時にすぐに気付いてくれたり、駆けつけてくれたり、不器用だけど本当に優しいところだ。



 転生して一人で心細かったから本当に助けられたし、この人を失いたくない。



 「…………じゃあお願いしようかな」



 私がそう言うと、満面の笑みで両手を広げるのでジークの腕の中に飛び込む事にしたのだった。


 私が小さな声で「ありがとう」と呟くと、私を落ち着かせるように頭をずっとなでていてくれて、ますます涙が溢れてきた。



 最後は泣き笑いみたいな感じで「もう大丈夫よ」と彼の顔を見て伝えると、目を細めたジークの顔がゆっくりと近づいてきたので、そっと目を閉じてキスを受け入れたのだった。


 これは慰めのキスなんだろうか…………でもそれでも嬉しくて体中が喜びで満たされていく。



 学園祭が終わったら、ちゃんと私の気持ちを伝えよう。そしてダンティエス校長にも私の気持ちを伝えなくちゃ。



 カリプソ先生とかダンティエス校長とか色んな事があったけど、私の答えは1つなのだから。



 落ち着いた後にジークが話したかった事が、カリプソ先生の中に瘴気が巣食っているかもしれないという話だったと知って、恥ずかしくて死にそうになるのだった……一人で考え過ぎてボロボロ泣いてしまうなんて、大人なのに情緒不安定にもほどがあるわ。


 もっと私も強くなって彼の抱えているものを半分こしてもらえる人間になりたい……強くそう思ったのだった。


 

 

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