第7話シグムントSide 2

 


 なんだったんだ…………昨日のロヴェーヌ先生は。全くの別人のようではないか。


 私は理事長室の椅子に座り、机に肘をつきながら昨日の出来事について頭を巡らせていた。自分が見てきたものがまるで現実のものとは思えず、これからどうやって彼女と接していけばいいのか頭を悩ませていた。



 本当にロヴェーヌ先生なのか?頭を打って別人に生まれ変わったとか?


 そのくらいの変化があったのは間違いない……しかし不思議とそれが不快なものではなく、むしろ喜んでいる自分がいる。


 今まで散々風紀を乱されて困っていたのだから、あのように素直で可憐なロヴェーヌ先生ならば好都合ではないか。


 あのようなロヴェーヌ先生ならば学園でもっと人気が出そうだな……今までも教職員や生徒たちからもとても人気のある先生だった。私は風紀を乱すので彼女の存在が悩みの種だったが。


 昨日のようなロヴェーヌ先生が人気者に…………その姿を想像してみると、何故だかそれはとても都合が悪い気がしてきたのだった。


 風紀を乱すわけではないのに都合が悪いとはなんなんだ?


 いまいち自分の考えがよく分からずにモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、彼女が学園に職場復帰する日がやってきた。


 理事長室には朝から弟のダンティエスとミシェル副校長が集まっている。



 「ようやくクラウディア先生が復帰するね。楽しみだ」


 「まったく、校長は何を企んでいるのです」


 「心外だな~~何も企んでいないよ。クラウディア先生がいないと刺激がなくてつまらないじゃないか。彼女はスパイスみたいな人だから」



 ダンティエスがまた軽口をきいて、ミシェル副校長に窘められていた。スパイス、か…………確かにそんな存在だった事は否めない。私には好ましくないスパイスだったが。


 そんな会話をしているのもバカバカしくなり、書類に目を通しながら彼女が来るのを皆で待つ事にした。


 するとすぐに扉がノックされ「失礼いたします」という声と共にロヴェーヌ先生が入ってきたのだった。



 礼儀正しく入ってきた彼女は、いつものような胸元ががら空きの服装ではなく、ハイカットの襟元にレースのクラヴァットを首元につけて、とても上品な服装でやってきた。


 あまりのイメージの変わりように驚くとともに、その美しさに息をのむ。


 ここにいるのは誰だ?まるで女神が降臨したかのような――――



 「長らく休みをいただいておりましたが、今日から復帰いたします。ご迷惑をおかけいたしました」



 そう言ってロヴェーヌ先生は丁寧に頭を下げてくる。彼女らしくない振る舞いに動揺しつつもその所作の美しさに、私はすっかり見惚れてしまっていた。



 「クラウディア先生は休んでいる間に随分印象が変わりましたね……君がいなくてとてもつまらなかった、待っていたよ」



 私が動揺している間にダンティエスが楽しそうに彼女に近づいていった。


 もともとロヴェーヌ先生に対して興味深々だったダンティエスは、彼女の変わりようにさらに興味を引かれたようだった。


 私は……その事が無性に気に入らなくて、彼女に触れているダンティエスの手を払い退けたい気持ちに駆られる。いや、ただの理事長の私がそんな行動に出るのはあまりにもおかしい。冷静になるんだ。



 「おい、ダンテ」



 私がダンティエスに一声かけると、私の呼びかけに振り返ったダンティエスは彼女から手を離し「なんでしょう、理事長」と意味深な笑みを私に向けてくる。ダンティエスは完全にこの状況を楽しんでいるな。


 弟が離れたので、ロヴェーヌ先生はスッとダンティエスから離れていった。


 その姿を見てホッと胸をなでおろしている自分がいる。ダンティエスの手が離れたからか?彼女が自ら離れたから?よく分からない自分の気持ちに混乱していると、ふと彼女と目が合い、ほんの少しはにかみながら私に対して頭を下げてきたのだった。


 な、なんだその可憐な反応は…………彼女の行動の1つ1つに動揺している自分がいる。


 ひとまずロヴェーヌ先生には誰かに狙われているから気を付けるようにと注意をして、自分のクラスに戻ってもらう事にしたのだった。


 一人になった理事長室で窓から外を眺めながら先ほどの出来事を思い返してみると、恥ずかしさでいたたまれない気持ちに襲われる。



 「あれでは私が彼女に独占欲を抱いているみたいではないか…………」


 独り言を呟いてみると、妙にその事実が腑に落ちたのか顔に熱が集まってくる――――



 「まさか……嘘だろう…………あんなに仲が悪かった相手に?」



 まさかと思いながらも心臓がドクドクと痛いくらいにうるさい。本当に?いや、まだ彼女のあの姿を信用しきれていない自分がいる。人間の本質がそう簡単に変わるとは思えないからだ。


 もう少し様子を見てから結論を出しても遅くはない。ひとまずしばらくは彼女の行動を注視してみよう。


 その日は仕事に集中し、あっという間に放課後になった事に気付く。


 朝から色々な事があって少し疲れ気味だった私は、気持ちを落ち着かせる為に学園の裏側にある庭園へと向かった。


 そこで休憩をするといつも癒される気がして、疲れた時はつい通ってしまうのだ。その日も癒されたくて庭園に向かったのだが、先約がいたようで理事長室に戻る事にしようと踵を返した瞬間、庭園からロヴェーヌ先生の声が聞こえてくる。



 「ねぇ、あなたはどこから来たの?お家は?」



 まさか先に来ていたのは彼女だったのか?覗き見は良くないと思いつつ、一体誰に話しかけているのだろうとこっそり校舎の陰から見てみると、奥の茂みで小さな生き物に話しかけていたのだった。


 なんだ、あの生き物は――――ロヴェーヌ先生は気付いていないようだが、あの生き物からは聖なる気が溢れている。


 聖なる気など、この世に存在するかどうかも眉唾物の力……そんな力を放つ得体の知れない生き物に楽しそうに話しかけている。



 「どこも帰る場所がないなら、私の家に来ない?ちょうど私もこの世界で一人なの、あなたがいてくれたら嬉しいなぁ」



 この世界で一人…………ロヴェーヌ先生は学園でも人気者だし、皆が彼女を受け入れていたと認識していたが、まさかそんな孤独を抱えていたとは思いもしなかった。


 風紀を乱す者としてとにかく疎ましく思っていた自分を少し反省すると共に、これからはロヴェーヌ先生と向き合うべきかもしれないと考えるようになる。


 それに、その生き物に話しかけている姿がまた可憐で、私の心臓はずっとうるさいままだった。



 「ふふふっ喜んでくれるの?じゃあ今日からあなたは私と一緒に暮らしましょう」



 一緒に暮らす、だと?あんな得体の知れない生き物と一緒に住むというのか……。


 聖なる気なので悪影響を及ぼす生き物ではないと思うが――――ロヴェーヌ先生はその生き物を愛おしそうに抱きかかえて馬車に向かって行った。


 ひとまずその日は、彼女が帰宅の馬車に乗る後ろ姿をそっと見守ったのだった。

 

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