第6話シグムントSide 1
ドロテア王国の第一王子として生まれ育った私は、ドロテア魔法学園を主席で卒業後、父上の跡を継いで学園の理事長に就任した。
父上も年齢を重ね、理事長職と国王としての職務を兼務する事が大変になってきた事もあり、私の社会経験の一環として早期に就任せよという話だった。
我が弟のダンティエスも同じような理由で卒業後に校長に就いたのだが、父上の思惑としては我々兄弟を競わせる意味もあったらしい。
今のところ私が王太子ではあるが、父上はダンティエスの能力が私より上回れば彼に王位を渡す事も考えていると仰っていた。
そこには無能な者に王位を渡す気はないという、国を想う国王としての断固とした考えがあると私は思っている。
だからこそ、この理事長という職をしっかりと全うしたいと常々考えていた。
しかし、そんな我が学園に職員として入ってきた公爵令嬢のクラウディア・ロヴェーヌ嬢は、学園の風紀を乱す存在として見過ごす事の出来ない人物だった。
彼女とは幼馴染で昔は仲よくしていた事もあったが……一時期から疎遠になり、どんどん見た目が派手になっていった。胸元を大きく開け、歩くだけで男を誘っていると言わんばかりの服装だ。
それとともに様々な良くない噂が私の耳をかすめていく。
男遊びが激しく、貴族令息を誘惑して回っているというものだ。見た目が見た目だけに誰もがその噂を信じていく。
私は昔の印象もあるので信じがたい気持ちだったが、学園の教職員として就任した彼女と話して愕然とした。昔の面影は全くなく、ねっとりとした話し方で誘うような言い方をしてくるので思わず拒否反応が出てしまったのだった。
それでも信じがたかったが、私の目の前で男性職員に密着している姿を見た時は、もう昔の彼女はいないのだなと悟った。
いずれにしても学園の風紀を乱す者は許し難い事なので、彼女に会う度に何度も注意をしたが全く聞き入れる気はなく、私を堅物で融通が利かない人間だと言い放つ。
口を開けば甘ったるい話し方でそれについても注意をしたが「理事長が意識しすぎなんですよ。生徒にも特に何も言われた事はありませんし」と言い始める始末――――生徒が先生に意見出来ないでいるかもしれないのにあまりに能天気過ぎる。
これ以上注意しても無駄だと放置してしまえば楽だっただろうが、理事長という立場上そうもいかないので様々な手を考えたのだが、ことごとく玉砕。
どうしたものかと頭を悩ませていたところに、あの事件が起きる。
私がエントランスホールに向かう廊下を歩いていると、突然悲鳴が聞こえたと同時にロヴェーヌ先生が階段から落ちてきたのだ。
「な……クラウディア!!大丈夫か?!」
「…………うっ……だれ、か……が…………っ」
「しっかりしろ!!」
だれかが?誰かに落とされたのか?!あまりの驚きに昔の呼び方になってしまったが、私が強く呼びかけてもすでに彼女は意識を失った状態で、どんどん顔色が青ざめていく。
ロヴェーヌ先生が落ちてきた階段の上を見上げても人がいる気配がない。誰かに落とされたとしてももういるわけはない、か――――
とにかく危険な状態だ、私の光魔法でひとまず回復させなければ。この状態だと最上級の回復魔法でなければ危ないかもしれない。
私は自分の中の魔力を最大限に高め、内側から溢れ出る光の力を解き放った。
「…………[治癒魔法]エンジェルブレス……」
私の体から放たれた光がロヴェーヌ先生の中に入っていき、彼女を包み込んでいく――――そして顔色がみるみる回復していき、すっかり青ざめていた頬に赤みが戻り、唇の血色も戻っていった。
「ふぅ……これで大丈夫だな」
しかしあれだけの衝撃だ、目覚めた時に頭痛や後遺症が残ってもおかしくはない。
それにエンジェルブレスは万能な治癒魔法とは言え精神に働きかけるものではないので、もしかしたら目覚めるまでに時間がかかるかもしれない……ロヴェーヌ先生を公爵邸に運び、公爵に事情を話すと随分ショックを受けて青ざめていた。
自分の娘が命を狙われたとなればやはりショックを受けるのだろうな。
公爵は厳しそうな見た目だが、実はかなりの親バカなのは知っていた……あの手この手で自ら犯人捜しを始めるだろう。
さすがに私にとっても衝撃的な出来事で、彼女を運ぶ際に少なからず動揺していた事は認めよう。
私が運んでから三日後に無事ロヴェーヌ先生が目覚めたとの知らせを受け取り、第一発見者である私はすぐに公爵邸に向かった。あくまでも第一発見者として状態を知っておくべきだと思ったからだ。
公爵邸に入り、彼女の部屋に案内されている最中に突然室内から悲鳴のような声が聞こえてくる。また何か起きたのか?!そう思った私は急いで部屋の扉を開いた。
「何事だ?何かあったのか?!」
部屋の中には侍女にもたれかかって今にも倒れそうになっているロヴェーヌ先生がいたのだった。
いつも彼女は強気で弱さなど見せなかったが、その時は儚げで消えてしまいそうな痛々しい姿で、思わず手を差し伸べてしまいそうになる。
しかし彼女は風魔法の先生でもあるのだ、自身を回復する事など造作もないだろう。
「君は仮にも風魔法の教師なのだからすぐに癒しの魔法を使えばいいのではないか?」
心の中では動揺しつつもいつものように嫌味まじりに言ってみる。さあ、いつものように強気に返してくればいい。
しかし今回は力なく笑い、やんわりと言葉を返してくるだけだった。
「王太子殿下、ご心配には及びません。後ほど癒しの魔法を使いますので私は大丈夫です。お引き取りくださっても構いませんか、ら――っ」
いつもは理事長と言うのに今日に限って王太子殿下と呼ぶ事に違和感を感じつつ、最後まで言い終わらない内に本当に倒れてしまったロヴェーヌ先生を何とか支えようと手を伸ばしたが、体勢が悪くて二人とも倒れ込んでしまったのだった。
しかし私が下になったおかげで彼女に怪我はなかったようだ…………内心ホッとしている自分がいる。
彼女は同じ職場の仲間だからな、何かあったら大変だ。
私がそんな事を考えていると、ロヴェーヌ先生が私の腕の中で随分戸惑っているような素振りを見せる。
これしきのスキンシップなど日常茶飯事のくせに少女のように恥じらっているとは――――そうして彼女に私の手を指摘してされて、ゆっくりと自分の手元に目線を動かしてみると、自分が何を触っているかにようやく気付く。
彼女の恥ずかしい箇所を思い切り鷲掴みしてしまっていたのだった。
「す、す、すまない…………そもそも君が早く癒しの魔法をかけないからっ」
自分で言っていて恥ずかしくなってくる――――明らかに触っている私が悪いのに咄嗟に彼女のせいにしてしまうとは。
しかしそんな私の態度に怒りを表すのでもなく、クスリと笑い始めたのだった。
「な、何がおかしいっ」
「ふふっだって殿下、ワザとじゃないのにそんなに動揺して……ふふふっ」
その時のロヴェーヌ先生は、誰がどう見ても可憐で、庭園に満開の花が咲いたかのような笑顔を見せていた。目の前の人物は本当にあのロヴェーヌ先生なのか?
私はコロコロと笑う彼女に釘付けだった。一人で立とうとする彼女を支えてあげると「ありがとうございます」と絶対に彼女が私に対して口にしないような言葉を照れながら伝えてくるではないか。
まるで別人だ……何かを企んでいるのか?
しかし弱々しくも頑張る彼女を見ると無性に離れがたい気持ちに駆られ「無礼を働いてしまったからな」とよく分からない言い訳をしながらベッドまで付き添った。
ロヴェーヌ先生もだが、私もどうかしてるな。
「また倒れられても困る、ロヴェーヌ先生には生徒が待っているので早く復帰してもらわなくてはならない」
何とかいつものように強気な言葉を言ってみたものの、私の言葉を受けて彼女が「そう、ですわね。生徒が待っていますものね、早く回復するように頑張ります」と健気な笑顔でそう言ってくるので、自分の言葉を全力で後悔した。
今日はもう帰った方がいいかもしれない…………ここにいたら、自分が何を言い出すか分からない。それほどまでにロヴェーヌ先生の様子に動揺している自分がいる。
「今日はもう帰る。まずはゆっくり休むんだ、体力が回復するまでは休むといい」
少々ぶっきらぼうな言い方だったが、そう伝えるだけで精一杯だった。そして彼女の掛け布団かけてあげると、目を合わせる事も出来ずにその場を後にしたのだった。
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