第5話養護教諭とラクーとの出会い



 理事長室を後にして廊下を歩きながらさっきの王太子殿下からの話を思い出し、考えを巡らせていた。


 記憶を改ざん?そんな事を出来るのは特殊な魔法を使える人だけのはず…………この学園にそんな人物っていたかしら。


 生徒はまだそういう魔法は使えないし、もしいるとしたら職員の誰かって事になる。それとも外部から来た人間に狙われている?


 色々考え事をしながら歩いていると、目の前に突然現れた誰かとぶつかった衝撃で書類が散らばってしまうのだった。



 「ご、ごめんなさい!考え事をしていたものだから……」



 私が書類を拾いながら謝ると、ぶつかってしまった相手は女性で、散らばった書類たちを一緒に拾ってくれていた。


 優しい人だなと顔を上げると、ルビーピンクのウェーブがかった髪をゆるく結い上げた美しい大人の女性がニッコリと笑ってこちらを見ていた。


 すっごく素敵――――大人の余裕すら感じる。肌も綺麗だし、唇もプルンとしていて魅惑的だわ。


 こんな女性、ゲームの中にいたかしら……



 「焦らなくて大丈夫ですわ、クラウディア先生」


 「あの、あなたは…………」


 「まぁ!私を忘れてしまったのです?養護教諭のカリプソですわ、やっぱり頭を強打したという話は本当でしたのね…………」



 カリプソ?うーーん、ゲームに出てきたかな…………何回考えても思い出せない。きっと頭を打ったから記憶が混乱しているのね。こんな美人、一度見たら忘れるはずないもの。



 「ごめんなさい、ちょっとまだ混乱してるみたい」



 カリプソ先生は全ての書類を一緒に拾ってくれて、最後の一枚を私に渡してくれると、誰もが魅了されてしまいそうな笑顔で私を気遣ってくれた。



 「まだ復帰されたばかりですし、無理しないでくださいね。もし具合が悪くなったら保健室に来ていただければベッドもありますし」



 「カリプソ先生……ありがとうございます!」



 なんて素敵な先生なの――――今日はそれだけでとってもいい一日になりそうな気がした。ひとまずその場はカリプソ先生に別れを告げ、颯爽と自分のクラスへと向かったのだった。



 ――――放課後――――



 「初日からなかなかハードだったわね…………」



 魔法学園は13歳から入学で1~4年生まであり、1学年に4クラス編成で火、水、風、土のクラスに分けられていた。


 私が受け持つクラスは4年生の風クラス。時々1年生のクラスに教えに行ったりはするけど基本的には4年生の風クラスを主に教えている。


 最上学年なだけあって皆色々な魔法を使えるし、人間的にも一筋縄ではいかない曲者が揃っていた。


 伯爵令息のバリス・レガーテ君は自身の魔力に自信があるのか、皆でウィンドエッジ(中級風魔法)の練習をしていたのにジェットストームという周りを弾き飛ばす上級魔法を使い始め、何人か吹き飛ばされそうになってしまう。


 咄嗟に私は召喚魔法でエキムを召喚し、ジェットストームを無効化してもらったのだった…………召喚魔法なんてゲームでは使った事はあったけど、実際に使うのは初めてでドキドキしちゃったわ。


 エキムは巨大な鬼のような姿――――だと思っていたのに実際に召喚してみると可愛らしいマスコットみたいな姿で、足元は竜巻になっていてジェットストームもしっかり吸収してくれたのだった。


 お腹いっぱいになって満足したように消えていく姿が可愛すぎて……しかも有能なんて素晴らしいわ!


 そんなハプニングもあり、召喚魔法も使ったりでぐったりと疲れてしまった私は、学園の裏側にある庭園で少し癒しの時間を過ごしていた。



 「ここはゲームでも魔力回復に使われる憩いの場なのよね。空気もいいし、とっても癒されるわ」



 手入れされた庭園の花たちを愛でながら奥の方へ入っていくと、茂みの中からガサガサと何かが動く音がする。


 何?何かがいるの?下の方がガサガサしていたので大きな生き物ではなさそうだけど…………警戒して動けずにいると、茂みから突然可愛らしい生き物が飛び出してきたのだった。



 「きゃっ」



 私は驚きのあまりその場で尻もちをついてしまう――――地面に肘をついて転んでいる私にその生き物がやってきて「クゥゥーー」と少し高めの鳴き声をして近寄ってきた。


 私は目の前の生き物をジッと見つめてみる。目はクリッとしていて大きく、鷲のような体に羽は孔雀かしら?足は犬の足のようだけど歩く時の動きがとても可愛い。


 まだ幼くて手の平に乗れるくらいの小さな幼鳥だった。ふわふわしていて触り心地も素晴らしいわ。



 「ねぇ、あなたはどこから来たの?お家は?」



 私の問いかけに首をかしげ「クゥゥー」と楽し気に答えるだけだった。



 「どこも帰る場所がないなら、私の家に来ない?ちょうど私もこの世界で一人なの、あなたがいてくれたら嬉しいなぁ」



 そう言って手の平に乗せて笑いかけると、その幼鳥はとても嬉しそうに羽を広げて「クゥクゥ」と可愛らしく鳴いたのだった。



 「ふふふっ喜んでくれるの?じゃあ今日からあなたは私と一緒に暮らしましょう」



 どの道こんな小さな幼鳥をここに置き去りにしていく事なんて出来ないし、この世界には動物を保護してくれる施設などないだろうから連れて帰るか置いていくかの二択しかなさそう。


 小さなペットを見つけたような気持ちで我が家で保護する事に決めた私は、一旦帰りの馬車に乗るまで幼鳥には鞄の中に入っていてもらい、すぐに馬車へと向かった。


 そして馬車では名前を付けたり戯れたりしてすっかり仲良しになったのだった。


 ちなみに名前は鳴き声が”クゥー”なので「ラクー」に決めた。短い方が呼びやすいし、実際に呼んでみたらラクーも喜んでくれたから。


 私はラクーと出会って仲良くなれたことが嬉し過ぎて、この庭園でのやり取りをシグムント王太子殿下に見られていたとは夢にも思っていなかったのだった。


 

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