Episode 15 異変

 

「おいおい、意外と歯ごたえ無いなてめぇ」


「お兄ちゃん!!!!!!!」


 智咲が龍夜の元へ走ろうとするが、ひなに止められる


「ひな!!離して!!お兄ちゃんを助けないと!!」


「冷静になって智咲!今行っても私達もすぐ殺されちゃうだけ!!」


 ここまで取り乱す智咲を初めて見たひなは、逆に冷静だった

 柿澤のスキルの情報を整理し、龍夜を助ける手段を考える


「おいおい!上村の野郎はやられたか!?ったく何やってやがる!!!」


「あいつは逃げたわ。あんたを置いてね」


 少しでも時間を稼ごうと、柿澤との会話を試みるひな

 上村が逃げたと知った柿澤は以外にも冷静に答える


「あの野郎やっぱりか。あいつは俺に近づいてきた時からなんか怪しかったんだ

 考えが全く読めないやつでなぁ!」


 上村に対して多少の苛立ちを見せている柿澤は、視線を龍夜からひな達に移す


「てめぇらのせいで俺のギルドは全壊。計画がパァになっちまったじゃねぇか。

 どうしてくれるんだ!?あ!?

 ムカつくからよぉ、落とし前にこいつをてめぇらの前で殺してやる」


 そう言うと、柿澤は再び龍夜に視線を向ける

 柿澤の動きに反応して、智咲は龍夜にバリアを張る


「ちっ!!こんなへなちょこバリアがよぉ!!

 俺に効くとでも思ってんのかぁ!?」


 そう叫び、バリアを殴り始める柿澤

 智咲は必死にバリアを維持しようとしているが、柿澤の拳のラッシュに耐えきれず破壊されてしまった

 初めて智咲のバリアが破壊された

 柿澤の《剛力》はそれほど強力だったのだ


 柿澤の叫びと、バリアの割れる音で龍夜は意識を取り戻す


「智...咲?無事で...良かった。

 ひな、智咲を連れて...逃げろ。」


 意識が朦朧としながらも、ひなに指示を出す龍夜

 ひなは「逃げるなんて出来るわけないじゃない!」

 と、龍夜の方を見て涙を流す


「お兄ちゃん、絶対守るから...!」


 そう言い、再び龍夜にバリアを張る

 だが、それは直ぐに破壊されてしまう

 破壊されてはまたバリアを張るということを続けた智咲は遂にスキルが使えなくなるまで疲労してしまった


「やっと目障りなバリアが消えたかぁ!!

 さあ、ようやくてめぇの死ぬ時だ!!」


「逃...げろっ!!」


 柿澤の拳は、叫ぶ龍夜の腹を突き破る

 その光景に、智咲とひなは絶望し、膝から崩れ落ちる


「お兄...ちゃん? お兄ちゃん!!!!

 いや!いや!いやぁぁぁ!!!!」


 泣き叫ぶ智咲の声が意識が遠のく龍夜の頭の中に響く


「(ごめん、智咲、ひな。お前たちを守れなかった、早く逃げてくれ...)」


 視界に映っている、泣いて手を伸ばす智咲がどんどん暗闇に消えていく


「(死ぬんだな...もっとみんなと一緒に生きていたかった、智咲を守りたかった)」


 諦めて目を閉じる龍夜の頭の中に、声が響く


『まだ、諦めちゃダメだよ、龍夜


 今はまだ、龍夜は全然私の事を理解していないだけ


 今回は力を貸してあげるね


 そして、早く私を』


 そこで声は途切れ、龍夜は意識を取り戻す


 龍夜の体から強烈な風が巻き起こり、柿澤を飛ばす


 倒れた先で、龍夜を見つめる柿澤


「おいおい!!なんだよそれは!!!」


 龍夜は眩しい光に包まれていた

 その体は柿澤から食らった傷も全て塞がっていた

 手を見つめながら、自分自身も驚いている龍夜に柿澤は言う


「これ...は?」


 自分の身体に何が起こっているのか分からない龍夜は、自分の体を見ながら戸惑っている

 それを見ていた智咲たちも龍夜の異変に困惑している


「智咲...なに、あれ」


「分かんない。けど、お兄ちゃんのスキルってことだけは分かる。

 だって、あの光からお兄ちゃんの暖かさを感じるもん!」


 立ち上がり、怪我も完治していた龍夜を見て、智咲とひなは安堵し涙が止まらない


「なんなんだてめぇはぁ!!!」


 柿澤は、拳に装着していた鉄のグローブを合わせる

 すると、そのグローブは変形し、鎧になり、柿澤の体を包む

 これが凪の言っていた柿澤が隠していたもの

 そして、柿澤はそのまま龍夜に向かって拳を突き出し走る


『龍夜、そのまま右手を前に出して』


 再び頭の中に声がする

 龍夜は驚きつつも、分かったと言い、言われた通りに右手を柿澤に向けるように出す


『《変幻蓮万(フィグラジオーネフィオーレ)》』


 その言葉と共に、龍夜の右手に蓮の花が現れる

 蓮から無数の光の玉が、柿澤を囲むように飛び出す

 一呼吸置いた後に、無数の光の玉から棘のようなものが飛び出し、一瞬で柿澤を串刺しにする


 柿澤は避けることすら出来ず、全身で無数の棘を受け止めるが、その棘は鉄の鎧すら貫通する

 柿澤は叫ぶ暇も与えられぬまま、全身から大量の血を吹き出し、その場に崩れ落ちた


「綺麗...」


 龍夜から放たれる無数の光を見た智咲は、無意識のうちにその言葉を口にしていた

 その光は、前まで過ごしていた世界では一生に一度すら見ることは出来ないくらいの、この世のものとは思えない美しい光だった


「やった...のか?」


 先程の技に一気に力を持っていかれた龍夜は、疲労でそのまま意識を失う

 倒れ落ちる龍夜の頭の中に、最後に声が聞こえた


『待ってるからね、龍夜』


「(そうか...スキルを得た時に初めて聞いた声は君だったんだね)」


 微かに脳裏に映る悲しげな顔をする少女に、感謝を伝えながら、意識を手放す




「お兄ちゃん!!!」

「龍夜!!!」


 瞬く間に柿澤を倒したと思った矢先、龍夜はすぐに気を失った

 すぐに、倒れた龍夜に駆け寄る智咲とひな

 龍夜がゆっくりと息をして寝ているだけということが確認できて、安心する


「助けてくれてありがとうね、お兄ちゃん」


 寝息を立てている龍夜の頭を撫でながら、智咲は静かに涙を流す

 その横で、「よかったよぉ」と、ひなはわんわんと泣き喚いていた


「く、くそぉ、がはっ!!

 こんな奴に、こんな奴に俺がぁ!!!」


 まだ息のあった柿澤は、必死に逃げようと地を這う

 しかし、龍夜から受けた傷はしを避けられない程の致命傷で、柿澤自身も、自分の死を待つだけと理解していた

 諦めず逃げようとする柿澤に、智咲がバリアを張る


「あんたは絶対に逃がさない」


 智咲は、自分を助けるためにみんなが傷つき、人を殺し、ここまで来たことに対して責任を感じていた

 こんな世界にならなければ、普通の高校生や、一般人として幸せに過ごしていたであろう、優しい仲間達が、自分のせいで汚い道へ行かせてしまったことに

 だから、逃げる柿澤を見た瞬間、智咲は決心したのだ

 自分もみんなの後をついて行く、ここで柿澤に自らとどめを刺すと


「く、そがぁ。」


 柿澤は智咲のバリアに少しだけ抵抗をしたが、そのまま息を引き取った

 死んだ柿澤を見て、智咲は俯きながらバリアを解除する


「智咲...大丈夫?」


「大丈夫、帰ろう、ひな、お兄ちゃん。みんなの所に」




 ひなと智咲は、2人で龍夜を担ぎ、路地裏を出た

 すると、前から、みんなが乗っている車が走ってきた


「智咲ちゃーーん!!ひなちゃーーん!!」


 車の上から手を振る鈴音に、笑顔を向けて手を振る


 車が目の前に止まると、中からみんなが飛び出してきて3人に集まる


「鈴音さん、お兄ちゃんの治癒をお願いします、」


「治癒って言っても、龍夜くん怪我してないみたいだけど...?」


 それが...と柿澤と龍夜の戦いのことをみんなに話す

 みんな、信じられないという顔をしていたが、事実であることを伝えると、変わらず戸惑っている


「それに、龍夜なんか独り言言ってたよね?」


「うん、独り言っていうか、誰かと話してるみたいだった」


「まあ、考えるのは後だあと!早く車に乗れ、このまま大阪まで移動するぞ」


 《赤の象》は壊滅させたが、逃亡した上村がいつ現れるか分からなかったので、予定通り、すぐに大阪への移動を始める


「とりあえず、荷台の中に鈴音と龍夜、広樹と鈴音の親父さんが乗ってくれ


 じじいが運転、鈴音の母ちゃんは助手席

 残りは上だ」


 荷台の上には、龍夜が予めスキルで作っていた椅子が何脚かと、風よけの壁まで付いていた

 車の側面に梯子が付いていて、それを上って荷台の上に行く


「モンスターが出ないとは限らねぇ、疲れてると思うが、全員大阪着くまでは油断するな!」


 聡がそう言うと、車が走り出す

 蓮見の運転は中々上手だった


「智咲ちゃん、大丈夫?きつくなったらすぐ言いなさいね」


 智咲を心配し、隣に座りながら話しかける雅

 智咲、雅、聡の並びで座っていて、対面にはひなと英美里がお互いにもたれて座りながら寝ている


「英美里、あいつも頑張ってたぞ」


 と話し始める聡

 その流れで智咲と雅も、この戦いを振り返っていた



 初めての人間との戦闘

 改めて、辛い戦いだったこと

 初めて人に殺意を向けられ、それに応えるように殺したこと

 信之が死んだこと

 智咲を救えたこと

 そして、龍夜のスキルの異常な力のこと


 2人と話していると、智咲はいつの間にか涙を零していた

 感じていた責任の重さを改めて理解する


「ごめんなさい...私を助けるために...」


「なーに言ってんだ!お前を助けるために全員が自分で決めて、自分で戦った結果だ!

 他になにかいい方法があったかも知れないが、今の俺達にはこれ以上の結果を出せる程の力は無かった!

 これが今の俺達の最善だったんだ、これで良かったと思うしかねぇ


 じゃなきゃ、心が保たねぇからな、割り切るしかねぇ」


 聡は真剣な顔付きをした後、優しく微笑み、智咲を撫でる

 智咲は聡のその行動に、俯きながら頷く


「ちょっと、聡さん?」


 智咲と、智咲を撫でる聡の間に挟まれていた雅がプルプルと震えながら聡を呼ぶ


「どこ触ってんのよ!!!このエロ神父!!!」


 撫でていた聡の腕は、雅の胸に思い切り当たっていた

 雅に思い切りビンタを打たれた聡は、そのまま床に転がる

 最悪と言って怒っている雅と、床に倒れている聡をみて、智咲から笑い声が出る


「ふふっ!私、本当に帰って来れて良かったです」


 そう笑顔で言う智咲に、雅と聡にも自然と笑みが溢れる

 ようやく暗い雰囲気から、明るい雰囲気に変わった車内

 しかし、突然ブレーキがかかり、車が止まる

 寝ていたひなたちは椅子から転げ落ちてしまい、目を覚ます


「おい!!ジジイ!!何があった!?」


「車の前に人がいます!!」


 蓮見の言葉に荷台の上に乗っていた全員が顔を出す

 そこには、黒い渦から出てきた上村と、20匹近くのゴブリン達がいた


「面倒臭いが...やはり、バリアのスキル持ちの女は渡してもらう」


「あんた!!!逃げたくせに今更なに!?」


 上村に向かってひなが叫ぶ

 それを見ている聡は焦っていた

 なぜなら、先程の戦闘で、英美里、聡、雅、智咲はスキルが使えない程の疲労を負い、まだ回復しきっていない

 まだ余力があるであろうひなも、一度上村と戦っているため、手の内がバレている

 なにより、非戦闘員が多すぎる

 あの数のモンスター相手に、スキルを使えないまま戦うのは圧倒的に不利だったからだ


「くそっ!!やべぇぞ!!」


「あの女だけは無傷で捕らえろ、あとは殺しても構わない」


 そう言い、ゴブリンたちに指示を出す上村

 どういう理屈か、上村の指示をしっかりと聞き動き出すゴブリンたち

 智咲達が覚悟を決め、戦闘を始めようとしたその時


「にゃーーー」


 いつの間にかケージを抜け出し、車の運転席の上に座っているだいずがいた


「だいずさん!!危ない!!戻って!!」


 智咲がだいずに向けて叫ぶ、するとだいずは智咲の方を振り向き、一鳴きした後に、威嚇するような大きな声で鳴く


 その瞬間、目の前に竜巻が現れ、ゴブリンたちと上村を包む


「な、なんだこれは!?」


「だいずさん...?」


 上村とゴブリンたちは、突然現れた竜巻に対処出来ず、もろに食らい、ゴブリンたちは切り刻まれ、上村も、右足を切断された


「最悪だ...こんな強力なスキル持ちがいるなんて聞いてない。」


 ゴブリンたちは倒され、右足を失った上村は、再び黒い渦を起こし、その場を立ち去った

 何が起こったか分からない智咲達

 そんな智咲たちを見ながら、にゃーとだけ鳴くだいず


「まさか、だいずさんのスキルなの??」


「にゃーー!」


 智咲のその問いかけに、そうだよと言わんばかりに返事をするだいず

 状況が飲み込めていないひなたちは口が開いたままだ


 そう、いつの間にかだいずもスキルを獲得していたのである


 ――――――――――――――――――――


【だいず】

(年齢)4歳

(好きな食べ物)○ゅーる(ササミ味)

(特技)毛繕い、爪とぎ


 加藤家で飼われている鯖とら柄の猫

 子猫の時に雨の日に元の飼い主に捨てられ、電柱の近くで雨に濡れているところを、龍夜と智咲に拾われる

 それから加藤家で飼われ、のんびりと生活していた

 スキルは《風(ヴェント)》

 風や、空気を自在に操ることが出来る能力


 実は龍夜と智咲のことは自分の子供だと思っている


 ――――――――――――――――――――


「おいおい、猫がスキルを使うって、そんなこともあるのか!?」


「でも、私たちが使えるスキルの中には今のような風を扱えるスキルは無かった

 だいずさんの行動を見る限りそうとしか...」


 疑う聡と考える雅

 だいずが何を話しているか理解できない以上、真偽は分からない


「あれはだいずさんのスキルだよ、だいずさん、そう言ってるもん」


 智咲は昔から一緒にいる家族だからか、だいずの言っていることがある程度分かるみたいで、先程の竜巻はだいずのスキルだとみんなに伝える

 また智咲の言葉に答えるように、にゃーと鳴くだいずをみて、2人は仕方なく理解することにした


「まあ、何はともあれ!!だいずさんのおかげで助かったんだし、良かったということで!!」


「大阪に向かいましょ〜!!」


 だいずを膝の上に乗せ、撫でて癒されているひなと英美里

 その声を聞き、蓮見が再び車を走らせる


「はぁ、ふざけた世界になったもんだ...」


「まったくね」


 簡単に理解することが出来ない聡と雅は、椅子に座り項垂れていた


 龍夜はまだ目を覚まさない



 そして、それからは何事も無く、龍夜たちは高速道路に入り、無事に大阪へと入るインターチェンジを抜けようとしていた



「そこの車ぁ!!!ちょい待てやーー!!!」


 敵か味方か、新たな影が龍夜たちに近づく


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