Episode 3 スキル

智咲side


「お兄ちゃん、大丈夫かな」


 心配だ、やっぱり着いていけばよかったと心の中で後悔する

 あんな化け物に1人で立ち回るなんて無謀だ


「助けてもらった立場で、こんなことを言いたくは無いけど、あのゴブリン相手に本当に逃げ切れるのかしら...」


 智咲がボソッと呟いた言葉に対して、雅が答える

 雅の言っていることは、正しい

 それは智咲自身も分かっているし、この場にいる全員が理解しているだろう

 しかし、自分たちが行ってどうにかなるとも誰も思うことが出来なかった

 もう龍夜を信じるしかないのだと


「何言ってるの!雅!龍夜くんなら絶対逃げ切れる!!私たちが信じなきゃ!」


 鈴音は自分の不安がみんなに伝染しないようにと、力強く言ったが、言葉で言っても、現実はそう上手くはいかないだろう


「ごめん、鈴音。でも、」


「大丈夫ですよ!鈴音さん雅さん!

 龍夜は普段やる気は無いけど、やる時はやる男ですから!」


 龍夜は普段はだらけきっていて、やる気の無さが目立つが、学習能力も運動能力も、平均以上をキープしていて、未だに、本気の実力を出したことはない

 それは、幼い頃から一緒にいる、智咲とひながよく分かっていた

 だがしかし、心配なものは心配で、不安は徐々に大きくなっていく

 自分自身も含めて全員を安心させるために、笑顔で返すが、ひなの顔は引きつっていて、今にも泣き出しそうな顔だった


「ひなのいうとおりです。私のお兄ちゃんですよ

 そう簡単に死んだりしません」


 智咲も、込み上げてきそうな涙を堪えて、大丈夫だ、心配ない、と自分に言い聞かせながら、2人に笑顔を向ける


 やっと裏口が見えてきた、

 3階からそのまま下に階段を下るだけなのに、ゴブリンのプレッシャーからか、とても長い道のりのように感じた


 智咲たちが、周囲を警戒しながら裏口へと向かっているその時に、今の重苦しい重圧を感じている雰囲気とは全く逆の音が鳴った


 ピコンッ


 それは、龍夜がその音を聞いたタイミングと同じだった

 つまり、智咲とひなにもアナウンスが聞こえたのだ


 智咲が足を止めて、音の原因を考えようとすると

 同じタイミングで、ひなも足を止めた

 ひなの行動に気づいた智咲は、他の2人を見るが、鈴音と雅はこの音が聞こえていないのか、反応を示していない

 どうやら、智咲とひなにだけ聞こえているようだ


「智咲、今なんか聞こえた?」


「うん、まさかひなも?」


 ひなも、智咲の動きに不自然さを感じ、智咲の元に駆け寄り、何が起こっているのかと言いたいような目で話しかける


「どうしたの?2人とも!早く行くよ!」


「急がないとゴブリンがきてしまう!」


 智咲たちが感じている不思議な出来事に気づいていない鈴音と雅は、歩いている足を止め、2人を急かす

 しかし、智咲たちはその場に立ち止まり、自分たちにしか聞こえていない音について、前の2人に問いかける


「あの、今なにかゲームみたいな音が聞こえませんでした?」


 こんな非常事態に、ゲームの話をするなんて、頭がおかしくなったのだと思われるかもしれない

 しかし、ひなは今のが幻聴なのか、それとも本当なのか確かめずにはいられなかった


「ゲームみたいな音?いや、何も聞こえなかったけど」


 ひなの問いかけに2人は、ひなの期待している反応をしてはくれなかった

 これで、智咲とひなにだけしか聞こえていなかったことが確定する

 さっきの音はなんだったのだろうと考え込んでいると、


 《異世界モンスター討伐おめでとうございます》


 今度は音だけでなく、しっかりとした言葉を話している機械音が頭の中に流れてくる

 智咲もひなも同時に反応して、2人で顔を見合わせる

 鈴音と雅はなにをしているのかと、心配になり2人を見つめている

 そんな鈴音たちを置いてけぼりにして、智咲とひなは話し出す


「智咲...なにこれ?」


「私にも分からない」


 ハッキリと聞こえたその声のおかげで、先程の効果音らしき音は幻聴では無いことだけが分かった

 だが、この非現実的な現象について分からないことは変わらない


 《プレイヤー【加藤龍夜】が異世界モンスターを討伐したため、パーティーメンバー【加藤智咲】に

 スキルを提供します》


 龍夜に流れていた声とは、別の内容が智咲とひなに流れる

 パーティーメンバー、つまり、龍夜と行動を共にしている仲間、ということだろう

 この、訳の分からない機械音にはそう捉えられていたらしい

 それに加えて、龍夜の時と同じようにスキルの提供が行われる

 何も分からずに立ちすくむ智咲たちは、再び聞こえた声について、お互いに確認し合う


「ひな、またなんか聞こえた?」


「う、うん、スキルがなんとかって」


 戸惑っているひなを見ながら、智咲はこの声が言っていることについて考え始める


 雅さんと鈴音さんを助けることが目標で、そのためにお兄ちゃんたちと動いていたから、パーティーメンバーって言われてるのかな

 でも、じゃあ、スキルは?

 漫画やゲームなら、スキルとは何かしらの能力のこと

 それに、提供ってことは、私とひなにスキルを与えるということ?

 そんなの現実に有り得る?でも、ゴブリンもいるんだし...


 考え込んでいる智咲を更に悩ませようとしているかのように、再び頭の中に声が聞こえる


 《こちらの3つからお選びください。なお、スキルはランダムで表示されます》


 龍夜の時と一言一句違わない声が流れ、智咲の前にウインドウが表示される

 同じタイミングなら、ひなのところにもウインドウが出ているはずだ、とひなを見るが、彼女の前にはなにも表示されていない

 まだ、声が聞こえていないのか、あるいは、自分だけにしか見えない、か


 そんなことを考えつつ、再び自分の目の前にあるウインドウに目を移す

 そこには、声が言っていた通りに3つのスキル名が書かれていた


 ┌──────────────────┐

  氷ギ(アッチョ)

  飛行(ボラーレ)

  守護(コッレット)

 └──────────────────┘


 氷、守護、飛行、と書かれているだけだった

 説明なんて1つもない

 でも何故か、読み方だけ頭の中に流れてくるような感じだ

 簡素な文字で浮かび上がるそれらを見つめていると


「氷、飛行、守護?」


 いつの間にか、頭の中で考えていた疑問が、口に出てしまっていた

 言葉を発した智咲に気づいて、ひながこちらに話しかけてくる


「ね、ねぇ、智咲?なんか、目の前に画面みたいなのが出てきたんだけど...」


 やっぱりひなも同じだったんだ、と、先程考えていた、ウインドウは自分にしか見えていないという疑問が核心へと変わる

 ひなの様子からすると、ひなにもちゃんと3つのスキルが表示されているみたいだ


「私も。どれが1つ選ばないといけないみたい」


「ふ、2人ともなにの話をしてるの?」


 急に立ち止まって、よく分からないことを話し出している2人に我慢ができず、鈴音が会話に入ってくる

 どう説明したらいいものか、2人には声も音も聞こえていないのだし、説明したところで理解はできないであろう

 なぜなら、当事者の智咲とひなでさえ、今、目の前にある、このウインドウのことは理解ができていないのだから


「ちょっと、おかしな現象が起きてて、」


 ひなが鈴音たちに今の自分たちに起こっていることを説明しているうちに、智咲は自分のスキルについて考える


 氷...は、普通の氷かな?漫画で例えると、結構強いイメージ

 飛行は、そのままだね。空を飛べるようになるって考えていいかも

 守護。文字のまんまだと守りに特化したスキルなのかな、逃げている今の状況からしても、ピッタリだし、危険度はすごい下がるかも

 それに、私がお兄ちゃんもみんなも守りたいっ!


 智咲は、龍夜もひな、鈴音と雅を守らなければという決意をし、守護のスキルを選ぶ

 智咲がウインドウの守護を触った途端に、頭の中に簡単な守護の使い方のイメージが流れ込んでくる


 守護は、智咲の読み通り守りに特化したスキルだ

 手を祈るように繋ぐと、自分の周囲、半径3mにバリアを張る。手を解くと解除される


 突然流れ込んできた情報に戸惑いつつも、智咲は冷静に周りを見回す

 これといって、自分自身の見た目などは変わったこともない、ただスキルを得たというだけで、見た目に変化がある訳では無いと知り安心する

 そして、鈴音たちに説明をしていて、未だにスキルを決めきれていない、ひなに、自分は決めたのだと報告をする


「ひな、私は選んだよ」


「え!?もう!?私どうしたらいい!?」


 智咲が、鈴音たちに説明をしていた自分を置いて、先にスキルを選んでいたことに驚く

 普段優柔不断のひなは、こういう3つから選べ、などのことに関しては、本当に決め切ることができない

 自分では決めることが出来ないと分かっているので、智咲に決めてもらおうと頼むと言わんばかりの目をやる


「ひなのスキルはなに?」


「えっと、」


 ┌──────────────────┐

  雷(トォオーノ)

  速度(アジル)

  力(ヴィゴーレ)

 └──────────────────┘


「雷と、速度?と、力ってやつがあるけど」


「その中で自分が身につけたいスキルを選んだらいいよ」


 智咲に決めてもらおうと思っていたひなは、まさかの返事で頭を抱える、だがしかし、やはり決めきれない


「え、えーーー、そんなこと言われても」


「急いだ方がいい、まだ外には出れてないんだし

 近くにゴブリンがいるかも」


 全く決める気配のないひなに、智咲が焦らせるように言葉をかける

 プルプルと震えながら智咲を睨みつけるひなは、自らの目の前に表示されているであろうウインドウに、ヤケクソ気味に触れた


「あーーーもう!じゃあ、1番上!!雷!!」


 ひなは、雷を選んだ。

 その瞬間、ひなの頭の中にも、雷の使い方が流れ込んでくる

 突如、自分の頭の中に訳の分からない情報が流れ込んできて、ひなの頭はパニックになっていた


「え!?なにこれ!!!なに!?なに?!」


 雷は、自分の親指、人差し指、中指で逆三角形を作り、逆三角形を向けた位置に上から雷を落とすという能力だ

 連発すると威力が落ちていく


 ひなは、流れ込んでくる情報を整理しつつ、智咲のスキルについて聞く


「智咲は何を選んだの?」


「私は」


 ギィエェェ!!!


 智咲が自分のスキルを伝えようとした瞬間

 上の階からゴブリンの声が聞こえた

 急いでここから脱出しようと走り出したが、もう遅い

 ゴブリンが2階から、智咲たちを目掛けて大きく飛んできていた


「お兄ちゃん...!」

 ────────────────────


 龍夜side


「射撃、変化、炎」


 智咲たちがスキルについて話している時と同じ頃

 龍夜も、この訳の分からない状況に頭を悩ませていた


 龍夜に表示されたスキルは、射撃、変化、炎である

 ゴブリンの返り血で血まみれになったので、家庭科室の水道で血を落としながら、この3つのスキルについて考えている


 うーん

 射撃は銃の扱いが上手くなるとかか?それなら銃が無いと、あんまり効果は無いだろうな

 変化、はよく分からない。何かを変化させるってことなら、とんでもなく便利じゃないか?

 炎は、まあ、そのまんまだろうな


「こんな馬鹿げた画面まで表示して、一体何が起こってるんだよ」


 文字しか表示されていない、簡単に作られたように見えるウインドウを見ながら、ため息をつく


 龍夜は、再びスキルの選択に思考を戻す


 誰もが憧れて、1番選びたがるであろう、炎のスキル

 俺だって、かっこよく炎を使えたら...なんて思うけど、自分が使っているのを想像するとイマイチぴんとこないな


 自分にはこのぐらいが丁度いいと、《変化》のスキルに触れる

 頭の中に、変化のスキルの使い方が流れてくる


 変化のスキルは、自分の指が触れている物の形を変えることが出来る能力だった

 しかし、触れた物の体積を変えることはできない

 例えば、野球ボールを変化させるとなると、伸ばしたり固めたりは出来るが、野球ボールの体積を超えたものには変えることは出来ないということだ


「ゔぅっ!!!」


 スキルの使い方を理解した時に、頭に強烈な痛みが走る

 スキルとは違う何かが頭の中に流れ込んでくる


『たす...けて...』


 ノイズのかかった声だったが、確かに女の子の声で助けを求めているような声だった

 頭痛が激しくなっていき、その場に蹲る

 その声が聞こえてから、ほんの数秒で頭痛が引いていく

 息を整えながら、状況を整理する


 なんだったんだ?今のは

 今の声の主が誰かも分からない、でも、とても苦しんでいるような、悲しんでいるような声でそう言っていた

 スキルを得た影響で俺の体がおかしくなったか?


 そう考えながら、だいぶ時間が経ってしまっていると思い、時計を確認する

 1時55分、そろそろ智咲たちとの合流の時間だ

 無事でいてくれるといいが、

 重い腰を上げ立ち上がり、この惨劇の原因である目の前に倒れているゴブリンの死体を見る

 すると、ゴブリンがポリゴン状にボロボロと消えていっている


「本当にゲームだってのかよ、なんなんだよ、お前らは。」


 いま、自分の目の前で起こっている現象に

 理解が追いつかない。

 ファンタジーの中のモンスターが襲ってきた、しかも、そいつらは倒したらゲームのように消える

 自分が得たスキルのこと

 そして、顔見知りの友人、先生たちを含めて沢山の人が死んだこと


「なにが...起きてるんだ...」


 理解しようにも理解し難い。

 考えても考えても答えの出ない疑問は1度置いておこう、と心を落ち着かせながら、

 智咲たちは無事逃げれただろうかと考える


 ギィエェェ!!!!


 家庭科室から出た途端に、廊下にゴブリンの声が響き渡る

 この学校に侵入したゴブリンは2体いた、

 逃げている間に見かけなかったが、多分残っていた生徒を殺していたんだろう

 そして、耳を澄ますが、他に逃げている生徒の気配は無い。みんな殺されたのか?

 くそっ!ということは智咲たちの可能性が高い!


「間に合ってくれよ...!」


 俺は、声の聞こえた裏口の方まで走る

 声が遠くならないってことは、移動していないのか?

 またどっかに隠れているのかも


 ギィエェェ!!!ギィエェェ!!!


 息を切らしながら、階段を降りると

 そこには、眩しい円形の光のバリアのようなものの中にいる智咲たち4人と、それを壊さんと引っ掻いているゴブリンが居た


「智咲!!みんな!!大丈夫か!!」


 なぜ、あんなバリアがあるのか疑問に思ったが、智咲たちを守っていることには変わらない


「お兄ちゃん...逃げて!」


 泣きそうな声で智咲が俺に言う

 後ろのみんなもゴブリンに対して恐怖しているのか、叫び声も出ていない


 もしかして、バリアを張っているのは智咲なのか?

 手を握りしめながら、とても苦しそうな顔をしているし、長くは持たなそうだ


「逃げるわけないだろ!おい!ゴブリン!!」


 智咲がなんでバリアなんか出せてるのか分からないけど、このままじゃ、すぐに破られてしまう


 俺はいまさっき得たスキルを使うために、階段の横にある壁を指で触れる


「ウォーミングアップも無しに使うのはちょっと怖いが...」


 龍夜が「変われ」と念じると、触れていた壁の一部がドロドロになる

 そこから、小さい球体を数個作る


「よし、多分上手くいってる!」


 右手で小さい球体をゴブリンをおびき寄せるために、思い切り投げる

 そして、左手で再び壁を変化させていく


「こっちだ!!こっちに来い!!」


 投げた球体の1つがゴブリンの体に当たり、こちらを睨みつけてきた

 そして、目の前の智咲たちから目を離し、龍夜のいる2階へと階段を使って走ってくる


 こっちに来てくれたおかげで

 智咲たちには当たらない距離が出来た

 そして、左手で触れていた壁を2m程の分厚い長方形の塊に変えて、階段を数段飛ばして飛んでくるゴブリン目掛けて、それを思い切り落とす


「くぅらぁえー!!!」


 大きな塊が勢いよく落ちる

 それに気づいたゴブリンは逃げようとしているがもう遅い。

 そのまま塊と共に地面に落ち、下敷きになり、塊から大量の血が溢れる


「上手くいったぁ〜」


 俺はみんなを守れたことと、生きているということの安心感から、その場に座り込む

 スキルの反動か、少し体が重い気がする

 バリアを解いたのか、智咲たちが俺の名前を呼んで駆け寄ってくる


「龍夜くん!!無事でよかったよぉーーうわーーん!」


「龍夜!!無茶をしすぎよ!!死んだらどうするの!」


「そうよーーーー本当に生きててよかったー!!」


 鈴音が凄まじい勢いで、俺に抱きついてくる

 う、む、胸が、胸が当たってますよ鈴音さん

 そんなことを考えていると雅に怒られると思い、雅の方を見るが、目に涙を浮かべて、こちらを見ている、心配してくれてたようだ

 ひなは、さっきまでの怯えようも見る影もなく、元気に泣きながらみんなを見ている


 みんなも俺も無事で本当に良かった。

 ん?


 少し遠くで、俯きながら、心配そうにこちらを見ている智咲がいた

 こういう時の智咲は分かりやすい

 なにか言いたいけど我慢しているんだ


「智咲、こっちおいで、よくみんなを守ってくれたなぁ、本当にありがとう」


 智咲のバリアのお陰で、みんなが怪我なく、俺も間に合って助けられた

 自分も怖かっただろうに本当によく頑張ったと思う

 そう言葉を掛けると、目に溜まった涙が溢れて

 俺の胸に飛び込んできた


「お兄ちゃん...!!お兄ちゃん...!!」


 智咲は、ゴブリンへの恐怖と、みんなを守らないといけないという責任感、全員怪我もせず、龍夜が無事で帰ってきてくれたという安心感との感情がぐちゃぐちゃに混ざって抑えきれず、ぼろぼろに泣き崩れていた


「よしよし、怖かったな、無事でよかった」


「本当は、お兄ちゃんを行かせたくなくて、

 でも、2人を助けたくて、でも、お兄ちゃんが死んじゃうって思って、」


 泣きながら、自分の思っていた気持ちを説明しようとしてくれるが、全然言葉にならない

 でも、智咲の思いは確かにみんなに伝わっていた


「うわぁーーん智咲ー!!!」

「ありがとうね、3人とも」

「怖い思いさせてごめんねぇ!!うわぁーーん!」


 皆が泣き止むまで少し待って、俺たちは学校を出た

 裏から見ても学校の窓には血が沢山こびり付いていて、とてももう一度中に入ろうとは思えなかった

 学校の外は、不気味なくらいに静かで、外にいた山岸たちももう居なかった

 多分、俺たちが鈴音たちを救出に向かったあと、すぐ逃げたのだろう


「お兄ちゃん、もしかしたら外も危険かもしれない」


「おお、妹よ、俺も同じことを考えてた」


 泣きすぎて目が少し赤い智咲が言う

 たしかに、最初に見た時はゴブリンたちは、正門の前にいた

 どこからやってきたのかは、分からないが、学校の外から来たのは間違いない

 ということは、街にもまだゴブリンたちがいるかもしれない

 学校だけで、あんな状態だ

 外にゴブリンたちがいるのなら、それこそたくさんの人が危険に晒される


「外にもゴブリンがいるかもしれない。周りをみて、警戒して帰ろう」


 俺の言葉で、みんなに緊張が走る

 ひなは、さっきまでの笑顔は無く、また怯えた表情をしている


「他にもゴブリンがいるってこと?」


 周りをキョロキョロしながら鈴音がいう


「どうだろう、でも、私たちのとこだけってことは考えにくいと思うわ」


 そう、奴らの狙いがピンポイントで、うちの学校だけってことはありえないだろう。

 まず、奴らは目的があると言うよりも、目の前の餌を狩るために行動していたように見えた

 だから、うちの学校だけが特別と考えるのは安直だろう

 考えたくない最悪のパターンは、奴らは沢山いて

 もうこの街に潜んでいるかもしれないってこと。


「まあ、今のところは奴らがいる気配はないから

 気をつけながらみんなで家に帰ろう」


「スキルを使える私とお兄ちゃんがみんなを送っていく」


 そうだ、スキルが何なのかはまだ分からないけど

 使った経験のある俺たちがみんなを送った方が

 安全に帰れる可能性を大幅に上げるだろう

 と、普通に話していたが、忘れかけていた疑問を智咲にぶつける


「って、そういえば、なんで智咲はスキルが使えるんだ?」


 スキルが使える私とお兄ちゃんがと言っていたんだ

 さっきのバリアはやっぱり智咲が出していたんだろう


「お兄ちゃんがゴブリンを倒したんでしょ?

 私とひなはパーティーメンバー扱いだったみたいで、多分そのおかげで」


 ん?ってことは


「ひなもスキルが使えるのか?」


 と、智咲の言ったパーティーメンバーというのも引っかかったが、ひなも使えることに驚いて聞く


「いや!私はスキル貰ったけど、全然使い方わかんない!!てか、2人ともどうやって使ってるのよ!」


 少し逆ギレ気味に俺と智咲に問いかけるひなに、智咲が、「スキル選んだ時に使い方頭の中に流れてきたでしょ」

 っと、呆れた眼差しで見つめながら言う


「私は《守護》ってスキル。手をお祈りする感じで繋ぐと周りにバリアを張れる。お兄ちゃんは?」


「俺は《変化》のスキルだから変われーーって念じたら色々変わるらしい。さっき初めて使ったから、全然まだ分かってないけど」


「そうなんだ...なんか、指をこう、逆三角にしたらーってことは覚えてるんだけど」


 ドゴーーーン


 ひながそう言って、指を出した途端に近くの電柱に小さな雷が落ちた

 空は晴れているのに。


「あ、あっはは、つ、使えちゃったわ」


 いきなり雷を落としたひなにみんなドン引きしている

 おいおい、一歩間違えたら俺たち丸焦げになってたぞ


「さっきも思ったけど、3人のその、超能力?

 どういうこと?」


 俺たちが話している内容と、ひなが落とした雷について、ずっとぽかんとした顔で聞いていた鈴音が言う


「ゴブリンが出てくる前もスキルを提供とかなんとか言ってたわよね?あのゴブリンと何か関係があるの?」


 智咲たちがスキルを得たときにもそんな会話をしていたみたいだ

 鈴音と雅からしたら、ゴブリンでも訳が分からないのに、俺たちがいきなり超能力を使いだしたんだ

 もう、頭の中ごちゃごちゃだろうな


「あーー、これについては俺達も全く分からないんだよ」


「突然ゴブリンが出てきて、倒したらスキルを貰った、まるで漫画の世界」


 鈴音と雅に、今の俺たちの状態を軽く説明する

 話している途中で、雅の表情がどんどん暗くなっていく


「学校でもたくさんの人が死んだ。先生も友達も。私は生徒会長なのに、みんなを守れなかった。

 それに、スキルってなによ...もうわけわかんない。」


 雅も雅で責任を感じていた

 もっと自分に出来ることは無かったのだろうか

 なぜ、ゴブリンに立ち向かっていけなかったのか

 みんなをもっと早く避難させていれば

 生徒会長でみんなのリーダーであった彼女しか分からない責任の重さが、彼女自身を苦しめていた


「雅...」


 俺はそんな雅にかける言葉が見つからなかった

 ここで俺がなんて言ったって意味は無いと思う

 後悔も悔しさも沢山あるけど、今の現状を飲み込むしかない


「雅!!雅は悪くない!!悪いのはいきなり襲ってきたあのゴブリンたちだよ!

 先生も仲の良かったお友達も、沢山殺されちゃった...けど、私も雅も生きてる。私は雅が生きていてくれて嬉しいよ。

 雅に責任があるなら、私にも。いや、私たちみんなにも責任がある!だから、雅一人のせいじゃない!」


 拳を握り締めて俯いて泣いている雅を、真っ直ぐに見つめて、鈴音は言った

 鈴音の裏表ない性格だからこそ、この言葉が本心に思えるし、とても心に響く

 雅は、鈴音に抱きしめられながら静かに泣いている


 俺たちも静かに2人を見つめていたが、その視線に気付いて、鈴音が顔を赤くして、恥ずかしさを誤魔化すように言う


「そ、そういえばさ、先に裏口から脱出してた人たちがいたんだよね?その人たちも逃げたのにさ、なんで学校に警察とか、救急車とか来てないんだろう?

 先生もいたなら、絶対に呼んでるはずだよね?」


 確かに、ここまで死人が出て

 俺たち意外にも逃げ延びた人が居るはずなのに

 学校に誰も来ないのはおかしい

 ゴブリンが現れた時間から、俺たちが逃げ切った今までで、もう1時間以上は経っているのに...


「それって、私たちが思ってる以上に事態が深刻ってことなんじゃ」


「やめろぉぉおお!!あっちにいけぇ!!!」


 突然、前の交差点から叫び声が聞こえた

 俺たちが体を強ばらせていると

 目の前から先に逃げていた山岸が飛び出してきた


「まて、まって!!ほら、あそこにもいるだろう!!やめろっ!やめろぉ!!!」


 グシャァ


 俺たちを指さして、ゴブリンに差し出そうとしていた山岸は、そのまま頭を潰されて死んだ


「ゴ、ゴブリン!!」


「やっぱり、まだいるんだ」


「なにやってんだ!!逃げるぞ!!」


 山岸のせいで、俺達もゴブリンに気づかれてしまった

「もういや...」と座り込むひなを智咲と一緒に起こして

 みんなに急ぐように声をかけて走り出す


「はぁ、はぁ、ほんとに、何が起こっているのよ」


「分からない、でも、今は逃げないと」


 急いで走り出したが、みんな、さっきまでの疲労が溜まっていて、どんどん迫ってきている


 ギィエェェ!!!!


「くそ!!このままじゃ追いつかれる!!」


「もう、いや!!なんで追ってくるのよ!!」


 泣きながら走っているひなの手を引っ張りながら、後ろを確認しつつ走る

 俺の反対側にいる智咲が息切れしながらも、話しかけてくる


「お兄ちゃん、作戦の時の集合場所の教会にいこう、あそこなら逃げられるかも」


 冷静そうにいう智咲の声は震えていた

 無理をして、怖いのを抑えて、みんなを守ろうとしているんだ

 智咲の言う通り、協会ならある程度身を隠せるかもしれない

 ゴブリンも迫ってきているし、それしか選択肢はないか...


「そうだな、みんな!教会にいくぞ!」


 俺の前を走っている鈴音と雅、横にいるひなに教会へ行くことを伝える

 3人はわかったとだけ返事をして再び前を見て走り出す


「ねぇ!!龍夜!!はぁ、まだあいつ着いてくるよ!!」


 後ろを振り返ったひなが言う

 教会はすぐ近くに見えてきているが、ゴブリンが全然振り切れない


「このまま教会に入っても、確実にアイツも入ってくる!」


 このまま追われた状態で入られても、まともに戦えないだろうが、逃げ切れるわけもないと悩んでいる時に、教会の中の方から、その声は聞こえた


「みなさん!!こちらです!!」


 いつも、登校の時に見かける教会の神父さんが、俺たちを呼んだのだ


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