Episode 2 壊れた日常

「ゴブ....リン....?」


 なんだあれは?映画の撮影?

 にしても、リアルすぎるし、正門なんか歪んでるぞ

 異世界漫画でよく見る、ゴブリンにしか見えない。

 それに、あのゴブリンの服に着いているのって...


「血...か?」


「ねぇ!!龍夜!!ゴブリンって!?」


 ひなが大声で視界の奥にいる存在について俺に聞くが、見た目はゴブリンそのものだが、俺にだってあれが本物なのかすらわからないし、答えようがない


「ゴブリンは、異世界漫画によくいる雑魚モンスター」


 ひなの必死の質問に答えられずにいると、智咲が、小さい声で動揺を隠すようにひなに答える


「だ、だとしても、漫画の話だろう?

 なにかの衣装とかじゃないの?」


 雅が信じられないと言う顔で話す

 そりゃそうだ、ゴブリンなんてファンタジーの生き物だ。あんな醜悪でおぞましい化け物が現実にいてたまるか


「で、でも、学校からは何の話もなかったよね?

 じゃあ、不審者ってこと?」


 目に涙を溜めながら鈴音が答える

 無理もない、ゴブリンは正門を歪めるほどの力でこちらに入ってこようとしているのだから怖いに決まっている


「ねぇ!誰か近づいてったよ!?やばくない!?」


 運動場にいたであろう、3年生らしき人達が、正門にいるゴブリンに向かって歩いている

 頭おかしいのか?信じられないのは分かるが、あそこまで凶暴に暴れ回っている生き物に近づいていくなんて、正気の沙汰じゃない


「うわぁぁぁ!!!!!腕が!!!!腕がぁ!!」

「おい!!こいつマサシの腕ちぎりやがった!!」

「やべーぞおい!!!逃げろぉぉ!!!」


 ゴブリンに近寄った3年生から叫び声が上がった

 遠くからでもわかるほどの血飛沫が上がっている

 ゴブリンに腕をちぎられ泣き叫ぶ人

 叫びながら逃げる人

 その場で気絶する人

 みんなの視線が最初に不思議がっていたものから、恐怖へと変わっていったことがすぐわかった

 俺たちは屋上からただ呆然とその光景を見ているしか無かった。


「ねぇ!!龍夜!!ねぇってば!!」


 ひなが大声を出して俺を呼ぶ

 余程動揺しているみたいだ、声が震えている


「これ、やばいわよ。見た限りあんなの人の力じゃない。早くみんなに知らせないと」


 そう言って雅が屋上から出ていく雅を止める

 知らせるのも大事だが、あれが本物でも偽物でも、こちら側に殺意を持っていることは確かだ

 まだ学校全体がこの異変に気づいた訳では無い

 学校内に人を襲う化け物が入ってきていると言っても信じない人も多いだろう

 それに、ただでさえ、生徒が多い学校なのだから、学校中がパニックになって逃げられなくなってしまうかもしれない


「お、おい!雅!!今離れるのは危ないぞ!!」


「アイツらが入ってきたらみんなも危ないじゃない!!逃げなくちゃ大変なことになる!!」


 さすが生徒会長と言わんばかりか、自分の身より生徒の身を按じている

 自分の身の安全ばかり考えている俺とは大違いだ

 だが、大事な友達が自ら危険に飛び込もうとしているのは見過ごせないし、止めたくもなる


「まって!雅!私もいく!」


「おい!鈴音まで!!」


 俺の静止を振り切り、雅と鈴音は屋上から出ていった

 こんな場面で迷わず人を助けるという方向に行動するなんて、俺にはできない

 2人を追いたいが、恐怖で足が止まってしまった

 だってそうだろう?人の腕をちぎる化け物だぞ?怖くないわけが無いじゃないか


 正門前では、腕をちぎられた3年生の上にゴブリンが乗って殴っている

 殴られている先輩は、もう死んでしまっているのか、血が飛び散るだけで、動かなくなっている


「お、お兄ちゃん...」


 今にも消えそうな声で智咲が話しかけてくる

 それもそうだ、こんなの怖いに決まっている

 雅と鈴音のことも心配だが、今ここには、智咲とひながいる。2人のことはなにがあっても絶対に守らないといけない


「龍夜、私達も逃げなきゃ」


「そうだな、とりあえず正門から離れた所に移動しよう」


 あのゴブリンから少しでも離れながら行動しないといけないな

 もしあれが本当のモンスターなら、人間が敵うわけがない、すぐに捕まって殺されて終わりだ

 校舎の裏側に、教職員用の出入口がある。

 そこからなら、どうにか奴らに遭遇せずに、学校の外に出られるかもしれない

 智咲とひなにそのことを説明して、2人を連れて屋上から出た


 キーンコーンカーンコーン


 俺たちが屋上から出てすぐ、校内放送が鳴った


「生徒会長の伊集院雅です。正門前に不審な生き物を発見!怪我人が出ています!目撃している人も多いはずです!

 全員いますぐ、落ち着いて避難通路から逃げてください!」


 やはり雅か、さすがに仕事が早いな

 放送室を使えているということは、先生たちには、もう今の状況が説明されているはずだ

 放送の音に反応して、ゴブリンたちの動きが止まっている今がチャンスだ


「俺達も避難通路から逃げるぞ!!」


「う、うん」

「うん!」


 雅の放送から学校中がバタバタと騒ぎ始めた

 正門前の死体でも見たのだろう、これがドッキリなどではなく、本当に起こってしまっている出来事なんだと気づく人が増えて、想像していた最悪のパターンだ。

 学校中がパニックになって、避難が遅れている


「おい!!なんだよあれ!!」


「誰か襲われてるぞ!!先生たちは!?」


「今向かってる!!!ほらあそこ!!」


「きゃーーーー!!!先生の頭が!!!」


「ばけもの!!!ばけものだわ!!!」


「おい!!!こっちに向かってきてるぞ!!」


「いやぁ!!いやぁ!!」


「どけよ!!お前ぇ!!」


 ゴブリンが近づいてきていることに気づき、みんなは更に慌て出す

 雅が落ち着いてと釘をさしていたが、あんな化け物なんてみたら、落ち着けるわけが無い

 俺たちも避難通路側に合流したが、これじゃあ、学校から出る前に奴らが来てしまう


「龍夜!!このままじゃアイツらが来ちゃう!!」


「わかってる!!智咲!ひな!こっちだ!」


 避難通路側の反対にある階段から下へと向かうことにした

 アイツらは正門から真っ直ぐこちらに向かってい

 るから、上手くいけば鉢合わせることは無いだろう


 そう思った時


 パリーーーーンッ パリーーーーンッ


 避難通路側から、ガラスの割れる音がした


「お兄ちゃん...ゴブリン...飛んできた...」


 少し距離が離れていたが、視力の高い智咲が後ろを確認したあとに、小さくそう言った

 避難通路側に人が沢山居たから、そこを狙って

 来たのだろう。


「ゴブリンってあんなにジャンプ力あったのかよ」


 ゴブリンなんて、漫画の世界では初級モンスター、

 つまり雑魚ってことだ

 チュートリアルで戦って、あとはレベル上げの経験値の為に倒される存在だってのに

 現実で対峙すると、ここまで価値観を狂わされるのか


 避難通路の方を見ると、生徒や先生の泣き叫ぶ声が聞こえる


「おい!!おい!!やめてくれ!!やめろぉ!!」


「痛い!!!お母さん!!お母さん!!」


「だれかぁ!!!たすけてくれぇ!!!」


 今日まで顔見知りだった同級生、先輩後輩たちが

 叫びながらゴブリンに殺されていく

 腕をもがれ、腹を引き裂かれ、首を噛みちぎられ

 頭を潰され、まるで地獄だ。

 当たり前だった平穏な日々が壊れていく音が聞こえる


「おおぇぇ」


 その光景に我慢できず、ひなが吐いた


「無理...なんでこんな事に...龍夜ぁ...」


「ひな!!止まるな!走るぞ!!」


 智咲と一緒に、ひなを抱えて走り出す

 後ろから聞こえる断末魔が少しずつ遠くなっていく

 俺たちは振り返らずに、ひたすら校舎の裏口まで走った。


 何とか無事に、ゴブリンに遭遇せずに裏口まで辿り着いた

 裏口を抜けると学校の外に俺たちより先に他に数人の生徒と、3年生の担任をしている山岸が待機していた

 俺たちがそこに合流すると、「大丈夫か!」と、山岸が駆け寄ってきた

 先生がこいつしかいないところを見ると、1人だけ逃げ出してここにいるみたいだ

 他の先生たちは生徒の誘導をしているはず...

 先生の風上にも置けないな、こいつは


 他にいた生徒たちは、まだ友達が出てきていないから、と心配で待っているみたいだ

 その人たちは、放送が鳴った時に裏口の近くにいたから、すぐに逃げ出せたらしい

 鈴音と雅のことを聞いたが、まだここを通っていないはずだと言っていた

 2人がまだあの地獄の中にいると思うと、もしものことを考えて、体が震える


「鈴音、雅、早く出てこい...」


 あの時一緒に行くことが出来なかった自分への悔しさが今になって襲いかかってくる

 何も出来ない歯がゆさで、拳に力が入る

 頼むから、無事でいてくれ


 キーンコーンカーンコーン


 2人の無事を祈りながら、校舎をじっと見つめていると、また放送がなった


「みんな!!ゴブリンは今校舎内にいる!!

 早く逃げてぇ!!」

「鈴音!まずい!ドアが壊れそうだ!このままじゃ!」


 鈴音と雅の声が聞こえた

 2人が無事だと分かったことで安堵したが、声とともに聞こえる、ドアを強く叩いている音に恐怖が込み上げてくる


「龍夜...まさかあの2人!」


「くそ!!放送室にまでゴブリンが来ていたのか!!」


 まずい。

 あの二人は放送室から出れてなかったんだ。

 しかも、雅が言っていることからして、もうドアが破られてもおかしくない状況だ

 どうしたらいい!どうしたら!!


 2人が死ぬかもしれない恐怖と焦りで冷や汗が出て、手が震える

 パニックになりかけていた俺の服を智咲が掴んだ。


「お兄ちゃん、鈴音さんと雅さん、助けなきゃ」


「智...咲?」


「智咲!?何言ってんの!?あんなやつからどうやって助けるのよ!!」


 ひなが言っていることが正しい、人をひきちぎる程の力のモンスターだぞ?

 俺たちが助けに行ったってなんの抵抗もできずに殺される


「私が引きつけるから、お兄ちゃんたちが

 2人を助けて」


 まさかの言葉だった

 智咲だってさっきまで震えていて、逃げるのがやっとだったのに、引きつけるなんて、できるわけが無い

 そんなの殺されに行くようなものだ

 言いたくはないが、鈴音たちと智咲は、今日知り合ったばかりだ

 それなのに、なんで智咲はこんなことが言えるんだ


「そんなの死ぬに決まってるじゃない!!」


 ひなが大きな声で智咲に掴み掛った

 ひなの声に驚いたのか、体をビクッとさせて、目をそらす


「そうだ智咲!!いくらお前の運動神経が良くたって、無理に決まってる!」


 智咲は昔から勉強も運動もなんでも出来た

 だが、今回ばかりはさすがの智咲でも無理だ

 あんな化け物相手に、運動神経がいいからというだけで逃げ切れるわけがない

 校舎まで飛んでくるほどの跳躍力

 人間の腕を引きちぎるほどの腕力

 鋭い爪、鋭い牙、どれをとっても殺される未来しか見えない


「でも、今日お友達になった。それにお兄ちゃんの友達」


 智咲のその言葉を聞いて、俺は固まった

 そうか、俺が仲良くしてる友達だから...

 智咲にとっては、今日知り合ったばかりなのにとかそんな考えは無かったんだ

 ここまで言わせてしまった自分が恥ずかしい

 そうだな、智咲。2人を助けるために覚悟を決めなきゃな


 すぅーーーーーはぁーーーーー


 深呼吸をして恐怖と焦り落ち着かせる

 雅は、いつも口うるさいが、俺が凹んでる時は、心から心配してくれて、沢山話を聞いてもらった

 鈴音は、隣の席でいつも俺のことを気遣ってくれて、優しくしてくれる

 そんな2人がいるから、俺は今が楽しいんだ

 なんで助けることに迷ってたんだよ、馬鹿野郎

 覚悟を決めろ、加藤龍夜。


「分かったよ、智咲。2人を助けにいこう」


「ちょっ!龍夜!!何言って」


 ひながそう言うのも仕方がない

 でも、この救出作戦には重大な変更がある

 智咲を危険な目には合わせられない、だから


「囮役は俺がやる。智咲とひなで2人を助けてくれ」


「え、お兄ちゃ」


「これが絶対条件だ。智咲が囮役なら行かせない」


 そう、やるなら俺だ。

 智咲やひなを危険に晒す訳にはいかない。

 それに、俺の大事な友達を助けることに、2人を巻き込むんだ

 男の俺が身体を張らないでどうする


「わかった」


 お兄ちゃんが危なくなるのは嫌だ、でも、2人のことを助けたい、の葛藤から少し考えた後に智咲が静かに頷いた


「2人とも何考えてるの!?死にに行くわけ!?」


「死なない。でも、ひなも危ないから、無理にとは言わない」


 怖くて震えているひなを気遣って、智咲が言う

 でも、ひなからしたら、その一言は、あまりにも悲しくて


 パチンッ


 俺の頬に痛みが走る


「え? え?」


 何故か俺がひなにビンタを打たれていた

 俺何かしたか?いや、馬鹿なことをしようとしてはいるんだけど


「ばかじゃないの!?2人とも!!私も行く!!

 2人が命懸けで行くのに、私だけ逃げてらんないよ!!

 ていうか、智咲!!あんたは私の親友でしょ!?

 一緒に来てって言ってよ...」


 涙を流しながら、そう言ったひなは

 智咲にも、そーーっと軽くビンタをしていた


 え、なんで俺だけ本気のビンタだったの?

 ということは言わずに、早速2人を助けるための作戦を考える

 まあ、作戦といっても、俺が誘き寄せて、その隙に2人を放送室から助け出すという、何の考えもないプランなんだけど


「放送室は3階の右側、お兄ちゃんは、なるべく距離を取れるように左側の階段からゴブリンを誘き寄せて」


「分かった。智咲たちはゴブリン側の階段で大丈夫なのか?」


 智咲たちが見つかったら元も子もない

 この作戦は如何にゴブリンから逃げきれるかが重要だ

 戦うなんてできっこないんだから


「私とひなは2階の教室の中で待機してるから、ゴブリンが追ってきたら叫んで教えて」


 なんとも原始的な報告の仕方だ、と思うが逃げてる状態だとこの方法しか無理だな

 ひなも何かいい案が無いかと必死に考えているがあの子は頭悪いからな〜


 と、思っているとひなが、閃いたと言わんばかりの顔で


「2階には家庭科室があるから、そこで包丁取ったらいいんじゃない?一応武器にはなるでしょ?」


 その発言に俺は呆れて、智咲なんてポカンとしている

 いいかい?ひな君よ、相手は異世界のモンスターだ、ファンタジーの大きな剣や、鋭い槍ならまだしも、現代日本人が使う包丁なんか、刺さるわけがないだろう


「じゃ、そんな感じでいこ」


 智咲がひなの意見を無視して話を進め出した

 そりゃそうだよな、久しぶりに智咲があんなにポカンってしてる顔見たよ

 それより早く急がないとな


「その後は、ここで合流でいいな?」


「ゴブリンが追って来ている可能性も考えた方がいいんじゃない?」


 上手く2人を助け出せても、俺が逃げ切れるとは限らない、むしろ殺される可能性の方が高いんだ。

 もしも逃げきれなくて、みんなを巻き込むくらいなら、俺一人で...


 急に智咲が手を握ってきて、首を横に振る

 考えていることがバレたのか、ごめんな

 可愛い妹にこんなお願いされちゃ、絶対に死ねないな...


「じゃあ、逃げ切れてたら2時までにここに来る!2時を過ぎたら、みんなは学校近くの教会にいてくれ!」


 今は1時30分、校舎は広いが、走って移動するならそんなに時間はかからない

 みんなを長く裏口で待たせても、俺がすぐ殺されて、そこにゴブリンが行ったらおしまいだ


「わかった、お兄ちゃん」


 智咲はそう言って、俺の手を強く握る

 少し震えている手から、本当は智咲だって怖いんだと伝わってくる


「絶対に絶対に帰ってきてね。」


 目に涙を溜めながら言う智咲を見て、再び覚悟を決める

 まさか、この歳で妹に生死が分からない別れを告げるなんてな


「あぁ、絶対帰ってくる。そっちは頼んだぞ

 自慢の妹よ」


「うん、まかせて」


 そう言葉を交わし、校舎の裏口まで向かう

 必ず無事に帰ってくる、そう心に決めて


「じゃあ、作戦通りで」


「2人とも気をつけろよ!!」


「龍夜こそ!!絶対帰ってきなさいよ!」


 お互いの無事を祈りながら、二手に別れる


 俺は真っ直ぐに放送室へ

 2人は反対側から放送室下の教室へ

 無事でいてくれよ、2人とも。


 階段を上がって3階に着いた

 壁に背を向けながら廊下側を見て、放送室の前を確認しながら息を整える


「はぁ、はぁ、放送室の前にまだ居るな」


「もう!!お願いだからどっかいってよ!」


 鈴音の泣き声が廊下中に響き渡る


「鈴音!!私がこいつに襲われたら、

 すぐここから逃げるのよ!!」


 ドアを抑えている雅は自分を生贄に鈴音だけでも生き延びろと告げるが、鈴音がそんなことができるわけが無い


「嫌だよ雅!!!そんなの嫌!!」


 お互いを助けようとする2人だが、徐々に徐々にゴブリンが迫ってきている

 2人掛りでドアを抑えているが、ゴブリン力が強すぎて、押されてしまう


「くそっ!!もう、だめだ!」


 もうそこまでゴブリンの手が伸びてきて、諦めていたその時、廊下から声が聞こえる


「うおぉぉぉぉぉ!!」


 ゴブリンが放送室に入るのに夢中で、俺の事には気づいていない

 俺は思い切り助走をつけて、勢いよくゴブリンにぶつかっていった

 さすがに全力疾走でぶつかってくる人間の体重は衝撃はあるのか、ゴブリンがその場から少し飛んでいき、廊下の床に倒れた


「おい!クソゴブリン!!こっちだ!!」


 起き上がろうとしているゴブリンから距離を取り

 言葉が通じるか分からないが、とりあえずクソを付けて罵倒し、注意を引きつける


 こちらを睨むゴブリンから、とてつもない殺気を感じる

 今までで初めて味わう感覚だ、普通に生活していたら感じることの無い、自分が餌だと思い込まされるような視線。

 さっきまでは、遠くからしか見ていなかったゴブリンがここまで近くにいるというだけで、足が震える


 こわいこわいこわいこわいこわいこわい


 一気に恐怖心が蘇ってきた

 横目で鈴音たちの安否を確認すると同時に、その恐ろしい目から逃れるように、その場から走り出す。

 後ろを見ると、作戦通りに、放送室から離れて俺を追ってきている


「智咲ぁ!!ひなぁ!!今だ!!早く2人を!!」


 ゴブリンは引き付けたぞっと言う意味を込めて2階まで届くような声量で叫ぶ

 すぐ後ろにいるであろう、化け物のことを考えるだけで、転びそうになる


「りゅ、龍夜くん!?なんで!?」


「あいつ、まさか私たちを助けにきたの!?」


 走り去っていく、龍夜とゴブリンに気が付き、

 鈴音と雅が顔を出す。

 もう助からないと思っていた矢先に、龍夜が助けに来てくれたのだ

 助かったという安堵感と、龍夜のことが心配という不安感が一気に押し寄せてくる

 そんな2人の前に、ひょこっと顔を出し合流する智咲とひな


「鈴音さん、雅さん、こっち」


「智咲ちゃん!?ひなちゃん!?」


「あなたたちもなんでここに!?」


 龍夜だけでなく、智咲とひなも来ていたことに驚きを隠せない鈴音と雅

 雅は生徒会長として生徒を守る側の立場だったのに、自分が助けられたことに申し訳なさが込み上げてきていた

 鈴音は、危険を犯して3人が助けに来てくれたことに涙を流して謝っていた

 そんな2人を見て、ひなは顔を俯かせながら話す


「智咲が2人を助けに行こうって言ったんです。

 私は...すみません。2人を見殺しにしようとしてました。本当にごめんなさい」


 ひな自身にも、鈴音と雅を簡単に見捨てることも出来なければ、智咲と龍夜が命をかけて助けに行くことも怖くて止めたかったという、葛藤があったのだ

 結果論で智咲と龍夜に押し切られ、助ける方向になっただけで、ひな自身は2人を見捨てることを選択しようとしていたということを言葉足らずで伝える


 そんな俯いているひなを鈴音が優しく抱きしめる


「謝らないで、ひなちゃん。こんな状態だったし

 仕方ないことだよ、誰だって怖いもん。でも、ひなちゃんだって、助けに来てくれたでしょ?」


 鈴音は、自身を責めるひなを励ます

 考えていたことはそうであっても、結果的に助けに動いてくれたひなはすごい人だと、抱きしめながらお礼を言う


「そうよ。本当にありがとう。でも、その前に

 ちゃんとここから脱出しないとね」


 雅も、ひなのことを責めるなんてことはしない

 龍夜、智咲、ひなの3人の命懸けの行動で、今自分たちは無事でいるのだと深く思っているからである

 寧ろ、ここから先は自分が守って、みんなを外に連れていかないと、と考えていた


 早くここから移動しなければ、龍夜の引きつけが無駄になってしまうと智咲が言い出し、4人は裏口へと向かっていった

 ――――――――――――――――――――


 龍夜side


「はぁ!はぁ!くっそ!しつこい!!

 あのゴブリン!」


 やはり、普通の人間では絶対に振り切れない

 どんどんどんどん近くなってきてる

 やばいやばいやばいやばい

 このままじゃ、殺される


「はぁ、はぁ、どこか、隠れれるところ、」


 全力で走りながら、周囲を見回す

 その時に、ひなが言った一言を思い出す


『2階には家庭科室があるから、そこで包丁取ったらいいんじゃない?一応武器にはなるでしょ?』


 その瞬間、偶然にも目の前に家庭科室が見える


 間に合ってくれ!


「ギィエェェ!!!」


 家庭科室のドアに手を伸ばしたと同時にゴブリンの叫び声が背中から聞こえる

 家庭科室に勢いよく入り、飛びかかってきていたゴブリンを避ける


「はぁ、はぁ、間に合った...」


 家庭科室は調理実習の途中だったのか、食材や調理器具がそのままに置いてあった

 ドアの鍵を閉めて、俺はあるものを探す

 あった。ゴブリンがドアを開けようと勢いよく殴ったり蹴ったりしているので、役に立つか分からないが、包丁を手に持つ

 まさか、ひなの言ってたとおりに、包丁を武器にするなんてな


 ガタガタ パリーーーーンッ


 ガラスを割ってゴブリンが中に入ってきた。

 家庭科室の部屋の作りだと、隠れるところがどこにも見当たらないので、まったく逃げ場がない

 まずい状況だ


「くそっ、くそっ、くそっ!!」


「ギィエェェェェェ」


 ヨダレを垂らし、餌を見るような目でこちらをじっと見つめるゴブリンがジリジリと近づいてくる


「来るな!!!来るな!!!」


 俺は目の前にいるゴブリンに恐怖し、腰が抜けて、その場に座り込んだ

 大きな声を上げたゴブリンが飛びかかったと同時に、自分の命の終わりを感じ、目を瞑った


 ピシャッ


 顔に生暖かい物がかかる

 なんだ?これは

 痛みはない、ゴブリンは?

 自分の状態が気になり目を開けると

 目の前には、腹に包丁が突き刺さって、

 内臓がはみ出し、呻き声を上げているゴブリンの姿があった。


「うっ!!!」


 目の前の光景と、自分の顔にかかった物を理解してしまい、急激に吐き気が襲ってくる


 こ、殺した?死んだのか?本当に?

 もう襲ってこない?助かった?


 目の前のグロテスクな光景と、鼻が曲がりそうになるほどの血の匂いにあたまがおかしくなりそうになる

 そんな俺を笑うかのように、それは聞こえた


 ピコンッ


「ん?」


 なんだ今の音は、ゲーム音みたいな


 《異世界モンスター討伐おめでとうございます》


 それは、突然聞こえたゲーム内アナウンスのような声

 まるでチュートリアルをクリアしたかのような褒め言葉に、思考が働かない


 は?

 異世界モンスター?

 討伐?

 それになんだよ、この画面


 目の前にあるそれは、まるで自分が昔やっていたRPGゲームのウインドウのようなものだった


 《これにより、プレイヤー【加藤龍夜】に

 スキルを提供します》


 スキルを提供?

 何を言ってるんだ?


 まだ続く、頭に流れ込んでくる声に、ついに頭がおかしくなったか?と自分を疑い始める


 《こちらの3つからお選びください

 なお、スキルはランダムで表示されます》


 ┌──────────────────┐

  射撃(ティーロ)

  変化(カンビアーレ)

  炎(フィアマ)

 └──────────────────┘


  next

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る