一五章 白葉の告白1
「それで、唄ってるつもり⁉ 調子をつけて話してるとしか聞こえないわ」
「そんな弱々しい声でステージに立つつもりなの 観客の声でかき消されちゃうわよ。もっと肚の底から声を出しなさい!」
「それがダンス? 手も、脚も、胴体もふにゃふにゃじゃないの。タコじゃないのよ。もっとビシッと形を決めなさい!」
「笑顔を忘れてどうするの⁉ アイドルは笑顔が命。唄っていようと、踊っていようと、常に笑顔でいなさい!」
……あたしの予感は当たった。
もう、のっけからこの調子。ひとつ動けば悪口、ふたつ動けば悪口、みっつ動けば悪口……。
悪口、
悪口、
悪口!
もう悪口ばっかりで
これには、本気で腹が立った。
学校のダンス部でも顧問の先生はたしかに厳しかった。悪く言われることだってしょっちゅうだ。それでも、ダンス部の先生は悪口を言う分、
もうほんと、体のなかには血液じゃなくて、悪口だけが流れてるんじゃないの?
そう思うレベル。
いや、そりゃあね。あたしだってわかってるわよ。中学校のダンス部と、プロを目指そうっていう身では厳しさも、要求される水準も全然ちがうってことぐらい。だからって、悪口ばっかりでいいってことはないでしょ!
腹が立って、腹が立って仕方がない。
もう、やめてやる。
こんなところ、絶対にやめてやる。
誰があんな意地悪おばさんのもとでなんかレッスンしてやるもんか!
悪口のヴァリエーションを一万種類くらい教えられて、ようやくの休憩時間。あたしはスポドリとタオルをもってきた
意外なことに
「これを読んでみて。
「
あたしは
『レッスンはつらく、厳しいばかりでした。
あたしは
先生の指導は厳しくて、容赦のないものでした。ちょっとでもうまく行かないとすぐに怒鳴られる。それがこわくて必死で練習しました。泣き出すことも、吐いてしまうこともしょっちゅうでした。でも、泣いても、吐いても、先生は許してくれません。
『泣いてもいいからやりなさい』
『吐いてもいいからやりなさい』
そう言うばかり。
なにがあろうと、許してはくれないんです。
さすがに、限界でした。
もう死んだ方がマシだ!
そうとも思いました。
そんなとき、ある人に言われたんです。
「あのトレーナー、こう言っていたぞ。『若い子は自分を限界まで追い詰めた経験がない。だから、自分がどこまでできるかを知らない。とくにアイドルになろうなんていう子はみんな、小さい頃からかわいいから世間に優しくされてきている。その分、自分になにができるか、どこまでできるかを全然、知らずに育ってきている。
女の子の場合はとくにそう。普通に指導していては限界のはるか手前でやめてしまう。それではもったいないでしょう。本当はもっとできるのに。本当はもっとずっとすごい存在になれるのに。そのことに気付かせるためには、
「……悪く言うのはあたしのため。そういうことですか?」
「本人はそう言っている。おれは、それが本当かどうかは知らないし、正しい手法かどうかもわからない。しかし、むこうは何十年もアイドルたちを鍛えてきたプロだ。そのプロのたどり着いた結論を
「それに?」
「あのトレーナーのもとから、何人もの有名アイドルが
「なりたいです! あたしは人生で一度でもいいから輝きたいんです! かわいくもなければ、素質も、才能もない。そんなあたしが輝けるのは一〇代の間だけ。だから、何がなんでもアイドルになってステージに立ちたいんです!」
「だったら、しがみついてみろ。事実として、お前は泣こうが、吐こうが、レッスンをつづけているだろう。怪我をしたこともないし、逃げ出したこともない。だったら、お前の限界はまだまだ先のはずだぞ」
そう言われて、あたしは覚悟を決めたんです。
どんなに泣いても、どんなに吐いても、やってやる。泣きながらでも、吐きながらでも、とにかく、しがみついてやり遂げてやるって。人生で一度でもいい。アイドルになって輝くために。
そうして、がむしゃらにやっていたら……。
実際にできたんです!
できるわけない。
やる前はそう思っていたことが、本当にできるようになったんです!
自分ではわからない力って、このことか。
そう思いました。
嬉しかったし、自信にもなった。
泣きながらでも、とにかくやり遂げた自分が誇らしく思えました。生まれてはじめて、自分に誇りをもてたんです。
そして、あたしは
いよいよデビューっていう前日、先生はあたしのところに来て言ってくれました。
「おめでとう。よくがんばったわ」
「……先生」
「アイドル候補生にレッスンをつけているといつも思うのよ。まだ一〇代はじめのほんの子どもなのに、わたしたちおとなから怒鳴られ、怒られ、泣き出して、どんなにつらいだろうとかわいそうになるわ。でも、あなたたちは逃げ出さない。泣きながらでもしがみつき、ステージを目指す。一〇代の頃のあたしにはそんなこと、とてもできなかった。それができるあなたたちは本当にすごい。心から尊敬しているわ」
先生のその言葉がどんなに嬉しかったか、あたしにはとても言葉にはできません。でも、その言葉はいまでもあたしの誇りであり、支えなんです』
あたしはグッと力を込めてスマホを握りしめた。画面に浮かぶ文章をにらみつけた。
『アイドルになろうなんていう子はみんな、小さい頃からかわいいから世間に優しくされてきている。その分、自分になにができるか、どこまでできるかを全然、知らずに育ってきている』
たしかに――。
たしかに、あたしも小さい頃からまわりからずっと優しくされてきた。ちょっと、弱音を吐けば、まわりがよってたかって手伝ってくれた。かわりにやってくれることだって普通だった。歯を食いしばってなにかに挑戦し、やり遂げたことなんて一度もない。
アイドルなんてみんな、そうだと思ってた。生まれた頃から特別で、キラキラしてて、世間からチヤホヤされて、なんの苦労もなしにかわいさを振りまいているものだと思った。それなのにみんな、怒鳴られて、怒られて、泣きながらレッスンに励んで、そうしてやっとステージに立っていたなんて。そんなことはチラとも見せずにいつも笑顔を見せていたなんて……。
「……いいわ」
あたしは言った。
「いいわよ、やってやるわよ! 他の子たちはともかく、
そして、あたしはレッスンに戻っていった。
「がんばって」
っていう、やけに優しい
このときのあたしは知らなかった。
『その人からはこうも言われました。
「人それぞれ、世間に与えるものはちがう。一流の人間の与えるものは夢だ。人間はここまで凄くなれる。そのことを証明し、見るものすべてに人間という存在そのものに対する夢を与えることだ。
二流の人間の与えるものは希望だ。一流の人間は夢を与える存在であると同時に絶望を与える存在でもなる。
自分は決して、あんな凄い存在にはなれない。
そう、見るものを絶望させる存在でもある。
そこで、二流の人間が必要になる。
自分だって、がんばればあれぐらいにはなれる。
そんな希望を人々に与えるのが二流の人間の役割だ」
あたしは
二流以下のあたしでさえ、必死にがんばったおかげでアイドルになれた。ステージに立てた。そのあたしを見て『自分だって……』って思い、より良い人生を送ってくれる人がひとりでも増えてくれれば。
そのために、あたしはアイドルとしてステージに立つんです』
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