一〇章 またもデート⁉

 そして、あたしはやってきた。野々村ののむらさんに誘われるままに。小田原おだわらソーラーシステムへと。

 一目見た途端、あたしはその規模の大きさに圧倒された。

 「お、おっきい……」

 思わず、目を丸くして呟いていた。

 プロジェクト・太陽ソラドル。

 アイドルに課金されたお金で太陽電池を買って、世界を照らす。

 そう聞いていたから、なんとなくこじんまりとした発電所みたいな所を想像していたんだけど……これがまあ、大違いもいいところ!

 目の前に広がるのは某夢の国もびっくりの一大テーマパークだった!

 東京ドーム何個分、なんていう言い方をよくするけど、まさにそんな感じ。戦国時代のお城もかくやって言う感じのおっきなお城がデン! という感じで建っていて、そのまわりにカフェやら、グッズショップやら、色々なお店が並んでいる。そのお店の数ときたら、すべて巡ろうと思ったらとても一日では足りないぐらい。

 野々村ののむらさんが言うにはお城のなかには大きな劇場があって毎日、なにかしらの公演をしているそうだ。アイドルのライブはもちろん、演劇にオペラ、バレエ、太鼓、それこそ、なんでもありの世界らしい。

 他にも映画館、レストラン、温泉、ホテルまで完全整備されていて、その気になったら一生、このお城のなかだけで様々な公演を見ながら生活していけちゃうぐらいらしい。まあ、それだけのお金があれば、の話だけど。

 お城のまわりには一面、見渡すばかりの畑が広がっている。畑の上には太陽電池の屋根が並び、その下で緑色の野菜が大地を埋め尽くす海みたいに一面に育っている。大きな池もあって水草が生え、おっきな魚が泳いでいる。ウシやヒツジまでいて、のんびりと草を食んでいる。畑のなかには野外型の農家カフェまである。そして、なにより――。

 太陽電池。

 ソーラーシステムで使われているのは有機系の太陽電池で色をかえられるとかで、ふぁいからりーふ五人の姿がくっきりと描かれている。そして、あちこちからふぁいからりーふの曲が聞こえてくる。

 これが、ソーラーシステム。

 いやもう、ほんとにすごい。大きさといい、派手さといい、想像の一万倍ぐらい上を行っていた。

 えっ、道中?

 なんにもなかった。ほんっと~に、なんにもなかった。

 野々村ののむらさんたら自分から女の子を誘っておいて、それっぽいことはなんにもなし。電車とバスを乗り継いで長い時間かけてやってきたのにその間、野々村ののむらさんは窓から景色を眺めてはしゃいでいたり、嬉しそうに小田原おだわらソーラーシステムの説明をしたり……そんなことばっかり。それっぽい雰囲気なんて欠片もなかったわ。なんだかもう、小学生のお出かけに付き合うおばさん、みたいな気がしてきたわ。ほんと。でも――。

 小田原おだわらソーラーシステムを一目見た途端、それも納得。こんなすごいところならそりゃあ、あれこれ説明したくもなるってもんでしょ。

 「……すごい。メチャクチャすごい場所ね」

 「うん、そうでしょう? 僕も最初、見たときは圧倒されたよ」

 そりゃそうでしょ。こんなおっきなテーマパークだもん。驚かない方がどうかしてるわ。

 「こんなおっきなテーマパークを、ふぁいからりーふへの課金だけで作っちゃったわけ?」

 どれだけ売れたら、こんな大きなテーマパークを作れちゃうのよ。

 「まさか」

 って、野々村ののむらさんはメガネの奥の目で笑って見せた。地味で、目立たなくて、平凡以下の顔立ちだけど、中身小学生のせいかこうやって無邪気に笑うとちょっとかわいい。

 「ここはソーラーシステムとは言っても、巨大テーマパークでもあるからね。ふぁいからりーふの他にも色々なアイドルが活動拠点にしてるし、その他にも演劇やバレエ、オペラ、なんでもやってる。ホテルやレストランもあるからそっちの収入もある。ふぁいからりーふだけでこんな大きなテーマパークを作れるわけじゃないよ」

 あっ、そうか。そうよね。そう聞いてちょっと安心したわ。

 「でも、こんな大きなテーマパーク、岐阜の山奥に作れないでしょ」

 って言うか、そんなことができるほど自分が売れるとはとても思えない。

 野々村ののむらさんはまた笑って見せた。陰キャとしか思ってなかったけど、笑うと意外と優しい笑顔で、いい感じに見えてくる。

 「ここを真似る必要はないよ。ここは全国のソーラーシステムのなかでも特別だからね。なにしろ、小田原おだわら城って言えば戦国時代でも屈指の大きなお城。その小田原おだわら城を模した場所だからこそこんな、なんでもありの一大テーマパークになってるんだ。僕たちは小大名である内ヶ島うちがしま太陽ソラドルなんだから、ソーラーシステムもそれに見合った小規模なものでいいんだよ」

 あっ、なるほど。

 そう聞いてちょっと安心した。

 「とにかく、いろいろ見てまわってみようよ。と言っても全部、見ようと思ったら一日では終わらないから今日、見ていけるのはほんの一部だけどね」

 野々村ののむらさんはそう言ってお城に近づいていく。

 「えっ? まさか、お城にはいるの? あたしはその……」

 中学生の懐具合でお城に入ろうとか、ビビるなって方が無理ってもんでしょう。

 野々村ののむらさんは笑いながら言った。

 「だいじょうぶだよ。お城に入るだけならタダだから」

 あっ、そうなんだ。よかった。安心した。

 タダとわかれば不安はない。こんなおっきなお城に入れるって言うだけでなんだかワクワクしてくる。ちょっとした冒険みたい。

 そして、あたしは野々村ののむらさんとふたり、お城のなかに入った。お城のなかは見た目におとらず立派なものだった。どこもかしこもガッシリした木製で、通路は天井も高いし、幅も広い。なんだか、本当に戦国時代のお城のなかをあるいているみたい。実際には、本物のお城の何倍もあるらしいけど。

 なかには本当にいくつもの劇場や映画館、カフェ、レストラン、グッズショップ、なんでもあった。

 「グッズはグッズでやっぱり、売ってるのね。グッズを買うかわりに課金するシステムだから、グッズは売ってないのかと思ってた」

 「グッズはグッズでやっぱり、欲しがる人は多いからね。ただ、応援のために必要以上に買い込む必要がないっていうことだよ」

 「なるほどね。わあっ、ブティックまである。えっ、なにこれ? ステージ衣装? 実際にアイドルが着てた本物まで売ってるの⁉」

 「アイドル事務所そのものが運営してるからこそだよね。目玉商品として人気だそうだよ」

 「うわっ、高! さすが、本物。いくら、実際にアイドルが着てた本物だからって、こんなに高い服を買う人なんているの?」

 「推しのためならお金に糸目はつけない。それが、ドルヲタの心意気だよ」

 「なるほどねえ。って、あれ? こっちは同じ服に見えるけどずいぶんと安いんだけど?」

 「ああ、それは一般向けのレプリカ。いくら、お金に糸目はつけないって言ってもやっぱり、それだけのお金を払える人は限られているからね。一般向けに安いレプリカも売ってるんだよ」

 「なるほど。この値段ならなんとか……でも、さすがにこんな衣装を着るのは恥ずかしいかなあ」

 ステージ衣装だけあってやたらと露出のはげしいその衣装を見ながら、あたしは呟いた。

 すると、野々村ののむらさんが拳を握りしめながら力説してきた。

 「なに言ってるの。内ヶ島うちがしまさんはかわいいし、スタイルもいいんだから絶対、似合うよ」

 だから、そういうことを真顔で言うんじゃない!

 赤くなっちゃう……。

 「あ、内ヶ島うちがしまさん。こっちの劇場で生ライブやってるよ。見ていこうよ」

 「えっ? でも、その、お金が……」

 「だいじょうぶ。ここは駆け出しのタレントが自分の存在を知ってもらうための劇場だからね。全部、タダで見られるんだ」

 なるほど。そう言うものか。それで、名前が売れたら有料のステージに移って稼げるようになるってわけね。

 無料で見られるせいか、ひとりあたりの出演時間はごく短いものだった。その分、色々な人の、色々なステージを見ることができた。駆け出しのタレントって言うからみんな、若い人ばっかりなんだろうと思っていたけど意外と年配の人もいてびっくりした。

 「プロを目指している人ばっかりじゃないらからね。プロになる気はないけど趣味で演劇や唄をやっていてみんなに見てもらいたい。そういう人たちもここで無料公演しているんだよ。だから、年齢もバラバラなわけ」

 なるほど。そういうことね、納得。

 言われてみれば正直、素人芸丸出しって感じでどのライブも大して面白くはなかった。それでもみんな、一所懸命にやっていて、その点は微笑ましかった。

 ――みんな、夢を目指して必死なんだなあ。

 そんな姿を見ていると、『よし、自分もがんばろう!』って言う気になってくる。

 「そう言えば、お客さんのなかには外国の人もけっこう、いるよね?」

 あたりを見回せば黒髪ばかりじゃなくて金髪や赤毛、茶髪やプラチナブロンドなんかもあってカラフルそのもの。見ていて目がチカチカしてくるぐらい。

 「日本のアイドルは外国でも人気だから。本場を見にわざわざやってくるんだよ」

 「ああ。聖地巡礼ってやつね」

 「そういうこと」

 そっかあ。日本のアイドルは外国でも人気なのか。マンガやアニメが人気だっていうのは聞いていたけど、アイドルまで人気なのね。

 いや、でも、ちょっとまって。ということは、あたしがもし、太陽ソラドルとして売れたら、あたしがステージに立って唄って踊る姿が世界中に放送されるってわけよね?

 ……それは、さすがにちょっと怖いかも。

 でも、やっぱり、ドキドキもする……。

 「そ、そういえばさ! スタッフの人たちってきれいなお姉さんや、カッコいいお兄さんがやけに多いけど……」

 「ああ。みんな、タレントの卵だよ」

 「タレントの?」

 「そう。タレントの卵に仕事を与えてるのもソーラーシステムの役割のひとつだからね。みんな、ここで働いて生活費を稼ぎながらプロを目指しているわけ。それも、バイトとかじゃなくてれっきとした正社員として働いているんだよ」

 なるほどねえ。どうりで、美形ばっかりやけに多いわけだわ。でも『正社員として働いている』かあ。たしかに、それなら将来の心配もないし、思いきり夢に向かって打ち込めるわけよね。

 「よし、内ヶ島うちがしまさん。今度は外を見てみよう。野外型のカフェやレストランも幾つもあるからお茶もできるし、ご飯も食べられるよ」

 「あっ、まってよ。野々村ののむらさん」

 あたしは駆け出した野々村ののむらさんを追いかけ、自分も走りながら外に出た。あたしと野々村ののむらさんのふたりの一日は――。

 まだまだ終わらない。

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