二章 とあるドルヲタかく語りき1
「はああああっ~」
あたしは大きく息をつくと、レオタード姿のまま部室の長椅子の上にへたり込んだ。
――さすがに、バテた。
うちのダンス部は全国に出場したことがあるような名門じゃないし、全国制覇を目指さない部員をぶん投げるような、いき過ぎたガチ勢がいるわけでもない。日本全国、どこにでもあるようなごくごくありふれたダンス部。それでも、あたしは一応、そのダンス部のエースだし、次期キャプテン候補でもある。と言うわけで、顧問の先生から目をかけられていて、居残り特訓させられることもよくある。
この日もまさにそうだった。他の部員がみんな帰ったあともたっぷり一時間、先生とマンツーマンでダンスの特訓。
……つらい。
――スクールカーストの立場を維持するためにやっているだけで、別にダンスが好きなわけでもないのになんで、ここまでやらされなくちゃいけないの⁉
そう思う。
「……でも、とにかく、早く着替えて帰らないとね」
あんまり遅くなるとパパがやたらと心配して大騒ぎする。数年前の感染症騒ぎの頃から一貫してリモート勤務だからいつも家にいる。だから、ちょっと遅れるともう大変。
「事故にでも遭ったんじゃないか、誘拐されたんじゃないか⁉」
って、もう大騒ぎ。
友だちとカラオケに行っていて遅くなっただけなのに、警察に通報されちゃったこともあるし……。
「……また、そんなことになったらたまらないものね。家に連絡だけはしておくか」
あたしはバッグのなかからスマホを取りだした。そこで、思い出した。今日の昼休み、『のび太』こと
「僕と一緒にプロジェクト・
『のび太』はそう言ったのだ。
「プロジェクト・
「アイドル業界と連携して、エネルギー無料! の世界を作ろうっていうプロジェクトだよ。くわしくはこれを見て」
って、『のび太』はあたしのスマホに長文のメールを送りつけてきた。その業界では有名な女性ドルヲタのブログらしい。
「……せっかくだし、ちょっと見ておこうか」
あたしは何気なく、送られたメールを見た。そこには――。
あたし(一般人)の知らない世界があった……。
「北条、上杉、武田、織田、徳川……戦国乱世を走り抜けた英傑たちの戦いがいま! アイドルたちに受け継がれる!
新たなる戦国を勝ち抜き、乱世を平定するのはいったい、誰か⁉ それはもちろん、我らが北条家アイドルふぁいからりーふ!
バレエ仕込みの切れ味、燃え盛る炎のアイドル、
歌唱力№1、清らかなる森の歌姫、
超絶美形、魅惑のクールピューティー、
天然癒やし系、みんなのおっとりお母さん、
みんな、みんな、かわいいけど、なんと言っても一番かわいいのはやっぱり、穢れなき純白、純粋純情ピュアっ子、
かの
そして! 今回ついに、ふぁいからりーふが
プロジェクト・
考えてくれた人、ほんと神!
日本各地に戦国時代のお城を模したソーラーシステムを作りあげ、あたしたちの貢いだお金で各アイドル印の太陽光発電システムを購入する。あたしたちの貢いだお金で買うんだから、ソーラーシステムが払うお金はゼロ。燃料代のかからない太陽電池。設備の購入費もかからないとなれば、エネルギーも無料になる!
ソーラーシステムはそのタダのエネルギーを使ってお店を開いたり、企業を誘致したり、アパートを経営したりしてお金を稼ぐ。エネルギーがタダなんだから当然、そのエネルギーを使って生産される製品も安くなる。
ソーラーシステムは無料! のエネルギーを使ってガンガン稼げるし、消費者は無料! のエネルギーを使って作った安い製品を買うことができる。
そして、あたしたちドルヲタは!
課金することで自分の推しアイドルを応援できる!
課金額がパーセンテージが一定以上になればそのお城は自分の推しのものとなる! 特定のアイドルが日本中のお城を制覇すれば文字通りの全国制覇。あたしたちの貢いだお金で推しが全国制覇できるのだからやるしかない!
それも、このアプリ。日本地図の上にすべてのお城が表示され、どのアイドルがどれだけの城を手にしているか一目でわかるんだからなおさら燃える。
しかも、この太陽光発電システム、アイドルたちの唄って踊る映像付き。一日に数回、不定期に流される。あたしたちがどんどん課金して、どんどん制覇すれば、それだけ多くの場所で推したちの唄って踊る姿が放映される! 全国制覇すれば文字通り、日本中で愛する推しの映像が流されるのよおっ!
これはもう、何がなんでもやるしかないってもんでしょうが!
……いや、まあ、もちろん、それだけお金はかかるんだけどね。でも! そうすることで再生可能エネルギーが普及して、温暖化対策になるんだから、いくら課金したって文句は言われない。大威張りで課金できる!
ああ、思い出す。プロジェクト・
ときには食費さえなくなって、お弁当を作ろうとしたところを母親に見つかり、『食費さえないくせに、なにやってんの! 骨の髄までしゃぶられちゃうわよ!』って、メチャクチャに怒られた。
結婚した妹からも『アイドルなんかにお金、使ったってなんにも残らないわよ。将来のために貯金しなさい!』って、さんざん説教された。
会社の同僚からも『遊ぶわけでもないのになににお金、使ってるの?』なんて聞かれて、返事に困った。
そりゃあね。あたしだってわかっていたのよ。応援のためとは言え、同じようなグッズをいくつも買い込むなんてとんだ無駄だって。どんなに好きでも使ったり、飾ったりできる数には限りがある。その他のものは結局、床に積んだまま、やがて朽ちてゴミになる。
なんて無駄なことをしているんだろう。
何度となくそう思った。
使いもしない(と言うか、使えもしない)グッズの山を前に罪悪感に押しつぶされ、死にたくなったことが何度あることか。
なによりつらかったのは、大好きな推しの顔が描かれたグッズが使われもしないままに朽ち果て、捨てる羽目になること!
でも!
それでも!
グッズを買わなきゃ人気がないと思われちゃうじゃない!
そう思うと買うのをやめられなかった。
でも! プロジェクト・
プロジェクト・
いまや、アイドル業界の市場規模は年間二〇〇〇億円以上。それも毎年、順調に成長している。そのうち半分がプロジェクト・
こんな安い太陽光発電システムでも、四つの部屋の照明とラジオと白黒テレビを付けることのできる電力を得られる。それだけの電力があれば地下水を汲みあげて清潔な飲料水を手に入れることだってできるし、畑に水を引くこともできる。収穫した作物を高値の付く時期まで保存しておくことも、加工して売ることもできる。そうなれば収入も増えて、よりよい暮らしが送れるようになる。あたしたちが課金すればするほど、世界中の貧しい人たちの暮らしがよくなっていく。
もう、いくらお金を注ぎ込んでも罪悪感の虜となって落ち込む必要なんてない。大威張りで課金できる。
母さんには『あたしの出したお金が世界を救うのよ!』と言えるようになった。
妹にだって『太陽電池が残る!』と胸を張って言える。
会社の同僚にも『地球環境のために太陽電池の普及に募金しているの』と言える!
そして、なにより!
プロジェクト・
ああ、幸せだあ~!
プロジェクト・
あたし、仕事がんばる! ガンガン稼いで、ガンガン課金して、片っ端からお城を落としてみせる!
目指すはひとつ、ふぁいからりーふの、ふぁいからりーふによる、ふぁいからりーふのための全国制覇!
そして、いずれはグラミー賞を!
力を合わせて達成しようねえっ~!」
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